第一話 虎の異名を持つ傭兵


第一話 虎の異名を持つ傭兵

ドイツ郊外の田舎道に停車したおんぼろのトラックから降り立ち、あたりを見渡す男が一人。 その男は鋼鉄の巨人を駆り、契約に則り己の腕を振るう一人の傭兵だった。 ……男の名を、クロス=ヴァインニヒツといった。 「出稼ぎお疲れさん、クロス」 荷台から飛び降りたその男、クロスに運転手の初老の男性がそう挨拶をくれる。 テンガロンハットを傾け男性と視線を合わせたクロスも手を上げて、 顔見知りのそれに応じると 「Danke、助かったよ、爺さん」 「こないだ村の雑貨屋で沢山の子供達の買い物してる奥さん見たよ。   もう少しちょくちょく帰ってやんな」 「何かとね、出稼ぎで先方住み込みだとどうにも。 まあ、気にしておくよ」 今や世界は共用語が定められたがわざわざ自国語の独逸語で"ありがとう"の意を込めて そう言い放つと、運転手の初老の男も手を振り、"どういたしまして"と答えてくれ、 気さくに笑みを返してその場を去っていった。 一ヶ月前クロスが参加した戦い……それは 世界に平穏が訪れてから、人々の心からも徐々に不安が取り除かれている。 勿論経済状況による各地の貧困、内紛内乱の類はまだまだ残っている。 だが、それでも強く明日を生きようとする力は、脈々と各地で息づいている。 ヴァールハイトのメンバーとして戦ってきて、クロスもそれをひしひしと感じていた。 そんなクロスが降り立ったのは、地球連邦傘下の欧州連合に属する祖国ドイツ。 その郊外にある小さな村……そしてその村にある孤児院へと続く道の入り口だった。 慎ましやかな門には「Ein kleines Kinderhaus」……直訳すれば「小さな子供達の家」 そう書いてあるその門をくぐり、未舗装の道を歩いていくと平屋建ての赤い屋根の家が見えた。 昼前のこの時間帯、家の周りにはいくつかの遊具と子供達の姿が見え、 その中に一人の大人の姿…穏やかな表情のブロンドの女性が、子供たちに笑顔を見せて相手をしている。 そんな彼女がふと顔を上げた表紙にクロスに気づき、 クロスもまた建物に近づくと、子供たちと共にクロスの前にやってきた女性が 優しい笑みでこうつぶやいた。 「おかえりなさい。 クロス」 「ああ、たっだいまラシェル。 お前達も元気だったか?」 半年振りの我が家。 背負った荷物を地面に降ろしてクロスは妻、ラシェルの肩を叩いて再会を喜び そして周りに群がる子供たちの頭を撫でてやった。 すると子供達は彼女の言う呼び名を真似してか 「クロスー!今度はどこいってたのー?」 「クロスー!ママとっちゃ駄目ー」 と騒ぎ立てる。 ラシェルはママで、自分はクロスと呼び捨て。 出稼ぎの身の実情をひしひしと感じながら、子供達……正確には、 先の戦争や各地の紛争等で、家や家族を失った所謂戦災孤児達の頭をなでる。 ここはそんな彼らを受け入れ、共に喜び共に怒り、共に哀しみ共に楽しむそういう場所として クロスとラシェルの夫妻により作られた家だ。 だから自分の事もパパと呼んでもらいたいものだが、そこは純粋な子供の事、 なかなか家にいない自分は、久しぶりに戻ってきたところで せいぜいラシェルが言う呼び名の"クロス"以上でも以下でもないのだ。 とはいえ、クロスも帰ってきたばかりだし、ラシェルと話もあるのでそこは苦笑いを浮かべながら 「お仕事に行ってたんだよ。   ママと俺少しお話があるから。 すまないがちょっとの間良い子にしててくれな」 「みんな、ママはパパとお話してくるから。  それまでリュンお姉ちゃんと遊んでて?  お話終わったらお昼にするから」 クロスが言っただけでは俄かに騒がしかった子供たちだったが、 ラシェルも子供たちに言い聞かせると、子供達は揃って「はーい」と答え 庭の方へと向かっていく。 それを見て、自分は子供達へのカリスマ性がないものだなぁと苦笑し肩をすくめるが、 ふとさっきの話が気になったクロスはラシェルにたずねた。 「リュン?」 「一昨昨日かな、撮影旅行をしててこの村には宿が無いから泊めて欲しいって言ってきた女の子なんだけど、  子供たちもすっかり気に入っちゃって」 「そう、あの娘?」 ふと庭の方を見ると、肩ぐらいまでの髪にアクティブな格好、 すこし吊り目で尖り気味の犬歯がチャームポイントといった所だろうか。 初めて見るはずだが、その屈託のないたたずまいや笑顔はどこかで知ったような、 安心感にも近いものを覚えた。 その問いにラシェルは頷いて 「子供が好きなんだって。 とっても良い娘」 「みたい、だな」 5つや6つの子供達に囲まれて、笑顔で追いかけっこをはじめるその娘を見ながら 二人は建物へと入る。 久方ぶりの我が家、リビングにあるダイニングテーブルにつくと、 ラシェルはクロスの専用マグカップにコーヒーを注いでくれた。 それを一口飲み、クロスは旅行バッグから取り出した金庫を机の上において それを開く。 それは、ある程度揃えてはいるものの使用済みのものやそうでないもの含め 多額の現金が詰め込んだものだがそれを目の前に、ラシェルは別段驚いた様子はなかった。 「肉体労働でキャッシュの取っ払いだったからさ、明細みたいなのはもらえなかった」 ヴァールハイトも別に会社組織ではなく、また正式な軍というわけでもない。 代表である所の美食家の方曰く、ダミーの企業…つまり、月の鳴海エレクトロニクス等の 所属扱いにすれば、ちゃんとした企業としての保証、給与振込みなどが行えるそうだが 勤め人というのもなんとなく柄ではないし、傭兵という肩書きにもそれなりの誇りがある。 もっとも、ラシェルにはそのことはいずれも伏せてはいるのだが。それというのも…… 「ご苦労様。いつも助かるわ。……今度は何の仕事だったんだっけ?」 出稼ぎをしている夫にねぎらいの言葉をかけるラシェル。 穏やかな笑みを浮かべながらそう言われると、クロスもその笑顔で報われた気持ちになり、 予め言うつもりであった内容を口に出す。 「ああ、コロニー関連の……まあ、ゴミ掃除って所かな。  手当が色々ついてさ。結構払いのいいところだったんだ」 ゴミ掃除。隠喩というところの意味ではまるっきり嘘でもなかったが そこには真実は幾分かふせられていた。 というのもラシェル、そして子供たちには自分が今傭兵の仕事をしている事は黙っていた。 平和に暮らそうとしている家族を、戦争で親を亡くした子供達がいるこの家に 無用な危害や不安を与えない為だ。 だが、戦災孤児……子供を育てる施設には費用がかかる。 そして実際問題として命を賭け戦う傭兵の給金がいいのもまた事実。 孤児院を必死に切り盛りする妻ラシェルのため、そこに住む子供達のため、 クロスは傭兵である事は隠してなければいけなかった。 すると笑顔のラシェルは続けて、 「そう、ところでラピスは元気してる?オヤジさんは?」 「ああ、二人とも元気だ……ぞっと……」 その問いかけに対して思わず答えてしまった。 言った後でハッとするが、時すでに遅し。 ラシェルはまるで困った事をする子供を叱る様な、深いため息をつきながら とん、とテーブルに人差し指を突いて言葉を発した。 「クロス、ちょっとそこに座って」 「……もう座ってますが……」 「いちいち揚げ足を取るな」 「すんません……」 怖い。他に感想はいらない。 しゅんと小さくなって話を聞く態度を見せると、 ラシェルは子供に言い聞かせるように、滔々と語り始める。 「……あのね。少しでも私や子供たちに楽をさせようとしてくれるのは本当に嬉しい。  でも、そのためのお金は人を傷つけて得たお金であってはいけないの。  あの子たちがどうして戦災孤児になったか……忘れたわけじゃないでしょ?  そのお金を作る為に、また同じ悲しみを増やしてちゃ駄目なのよ。  繰り返しちゃいけない。……あなたも、私も」 と、最後は一言悲しげなまなざしでラシェルは言う。 そう、ラシェルもかつては…… それがわかっているから、クロスも仕事は選んできたつもりだ。 言い聞かせるように言葉を返す。 「それはわかる……だから、ちゃんとそのお金は正義の味方をして稼いだお金なんだ」 「正義の味方って……?」 「地球を守るスペシャルなチームだよ。 ブルーノのおやっさんも、ラピスも今はそこにいる。  この間の宇宙と交信できなくなった騒ぎとか、  各地に突然化け物が現れたときとかも、俺たちや仲間たちが戦って解決したんだ。  単なる戦争屋をやって稼いだ金じゃない。由緒あるお家から支給された綺麗なお金だ。誓って言えるよ」 まっすぐラシェルの目を見ながら言う。 するとラシェルも、クロスが傭兵家業、金次第で右へも左へも銃を向けるような そんな生活をしていたとは当然思っていないのだろう。 少しだけ視線を弱めながら、ただそれでもというように再びクロスの方をむき、 そんな事関係ないといわんばかりに口を尖らせる。 「だとしても、あなたが命の危険に晒されていたことにはかわりがないんでしょ?  もし何かあったら、あの子達のこれからはどうするの?」 「それは……そうだが……でも俺結構丈夫よ?ご存知のことかとは存じ上げますが……」 「そう言う問題じゃない。  このお金が、あなたが平和を守る為必死に守って得た報酬ってことはわかった。  ……でも、命には代えられないんだから、次からは安全な仕事、探してね」 と言って、ラシェルがスッと差し出したのは小指。 約束、と言うのだろう。 今この場では逆らえない。そう判断したクロスは、しぶしぶ小指を差し出して 机の上で絡めた指を、どちらからと言うわけでもなく上下させて何回目かで離した。 「ゆび切った。 良い?約束。今度戦ったらはりせんぼん飲ますわよ」 「善処しま……あ、いや、はい。すいません。  ……しっかし渋い約束の仕方知ってるなぁ」 予防線を張る事すら、静かなオーラの前には許されない。 その誓いを終えて、やっと安心したと言う様子でラシェルは再び穏やかな笑みを浮かべ、言った。 「じゃあ、お昼の準備をしようかな。クロス、手伝ってね」 ランチは野菜とソーセージのスープに、チキンのローストにマッシュポテト。 田舎料理だが久しぶりの我が家の味にホッと一息つく。 そしてまたにぎやかだった昼食を終えて、子供たちが昼寝の時間に入ると 先ほどまでの甲高いざわめきからは嘘のように静かなダイニングで クロスは新聞を開きながら食後のまどろみを楽しんでいた。 すると、そこへマグカップ片手に一人の少女が相席する。 「お邪魔しまーす」 「ん?ああ、ええと、リュンちゃん、だっけ?」 「はい。リューナ=ラルルクって言います。皆リュンって呼ぶんで  そう呼んでもらっても大丈夫です。  すいません、ご主人の不在中に転がり込んじゃって」 一人で撮影旅行をしているとだけあって若いのに態度はしっかりしている。 とはいってもこちらも20代ではあるのだが、恐らく10代であろうリューナは ラシェルの厚意に甘えた事をこの家の主人であるところのクロスに謝り、 その態度に好印象をもったクロスも笑みを返した。 「ああ、かまわないさ。部屋は空いてるしね。   子供も君の事気に入ってるみたいだし、気の済むまでいてくれてかまわないから」 「はい♪ありがとうございまっす。ええと、ご主人?」 「ああ、俺はクロス=ヴァインニヒツ。普通にクロスって呼んでくれていい」 「ありがとうございます、クロスさん♪」 その手に持ったマグカップ、ホットミルクをおいしそうに一口飲んで 同じく食後のまどろみを楽しんでいた。 そしてふとクロスはラシェルの姿が台所にいない事に気づいて、 「そういえばラシェルは?」 というと、リューナは 「子供達をお昼寝させてます。  あたしも遊んであげるのはできるんですけど、やっぱり寝かしつけるのは……  ラシェルさんはそこはさすが、プロの技ですね」 「……あいつも、本当の母親になった事はないんだけどな。  よくやってくれてる。  ……もっとも、まだ小さい子もいるし、俺達の子供っていうのもなかなかどうして難しくてさ」 と、クロスも答えて自分の分のコーヒーを一口飲んだ。 すると、リューナはその言葉に興味を覚えたのか、椅子に腰掛けなおして 少し身を乗り出した。 「そういえば、ここの孤児院はお二人でやってるんですか?あの子達は……?」 「ああ、戦争で家や家族を失くした子供を引き取ってね」 「……、そうなんですか……この間も世界中で化け物が暴れてましたし……  その前だって、修羅とかルイーナとか」 「……そう、そこをまあ、ブルースウェアやヴァールハイト……  各地に散ったシロガネやクロガネのメンバーが撃退したってわけだな」 わざわざ自分がそうだというつもりは無いが、少しだけ自慢げにそう言うと リューナは怪訝な顔で、クロスが持っていた新聞の隅っこを指差し、 また先日自分もニュースで見たと言うように答える。 「連邦政府の公式報告では連邦正規軍の各方面軍がって話でしたけど?  シロガネはあくまでその一角だってニュースのはじっこのはじっこで」 「まあ、ブルースウェアには海賊……っていったら、怒られるか。  義勇軍ヴァールハイトや異世界の仲間も加わっていたからな。  連邦にとっちゃ具合が悪いんだろうさ」 加えて自分達の手柄にしてしまうあたりは、流石というかなんというか。 それほど自分達の手柄を掲げるつもりも無いので、怒ると言うよりは多少あきれる程度で 肩をすくめて笑って見せた。 するとそれを聞いてリューナはまたさらに身を乗り出して 「お詳しいんですねクロスさんっ。 実は軍関係のお仕事してる方ですか?  それで家を長い間離れて都会でお仕事を?」 ここまで食いついてくるとは思わなかったが、 軍関係……そういわれて、どう答えたものやら考えてしまう。 だが、言った所でどうとなるわけでもなし、 単純なミーハー心だろう。 クロスは誰もいるわけが無いが周りを見渡す風にして、 「実は俺、傭兵なんだ。 今はヴァールハイトに雇われの身でね。  今日近くを船が通りがったんで、おろしてもらったんだ」 と、己の身を告げてやるとリューナは流石に驚いて 「ええっ!?傭へ……ふがっ」 「声が大きい……!子供が起きる」 慌てて手で口をふさぐと、リューナも2度3度頷き、 落ち着きを取り戻したリューナが再び質問してきた。 「クロスさん、傭兵なんですか? でも、なんでそれで孤児院を……?  奥さん知ってる……んですか?」 そこはクロスに気を遣っているのか、小声になる。 だがその心配が杞憂というか、無用の心配なわけで、 「知ってるも何も……俺達職場結婚だからなぁ。  今回の事も速攻ばれたし。あ、彼女も元・傭兵ね」 「嘘ッ!?」 「おぉぃ、大きいって声……  で、孤児院を始めたのも、その頃の俺達の贖罪みたいなもんさ。  ……聞く?話、長くなるけど」   すでにリューナの目は爛々と輝いている。 まるで猫じゃらしを目の前にしたネコのようなかぶりつきで クロスもそこまで話しては後には引けぬと、 おもむろに天井を仰ぎ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「あれは、そうだな……4年前になるのか、俺がそう、  1年半前の戦争で統合軍に参加するより前……連邦の中東戦線のキャンプに  招聘された頃の話さ」 4年前…… 中東エリア 新興国ラナジスタン 連邦加盟を推し進める一方で地下資源の利権がらみで周辺国との隔たりがあり、 またゲリラによる反政府運動、反連邦運動が根深い地域。 航空インフラの整備、資源利用、国の円滑な連邦加盟、 それらを推し進めるべく、ゲリラ、テロ討伐の為、部隊が組織された。 その中で、前線にて危険な任務をこなすよう集められた特戦隊があった。 名を、ビースト小隊…… 齢22になったばかりのクロスは、若いながらもようやく量産が始まったPT操縦の センスを見込まれ、クロスは新たな任務の地に足を踏み入れた……。 「よっと……ここが今度のキャンプか」 案内の衛兵に従い基地敷地内に案内されたクロスは、 ここまで自分を運んでくれたジープの速度が生んでくれた風が得られなくなった事で もろに自分を襲った中東の暑さと日差しに思わず手で太陽をさえぎった。 「ん〜……っと、暑いな、さすがに」 乾燥する中東の夏。車の中で手渡された基地の案内パンフレットを団扇代わりに扇ぎながら 辺りを見渡して、すぐ隣のケージに運び込まれようとしている機体に目がいった。 「先輩さんかな?このカスタム機……両腕にプラズマステーク……両腕で殴るってか。  ずいぶんアグレッシブな機体だなぁ」 本来左手についているプラズマステークが右腕にも付いている。 ただそれだけの改造だがいかにも突撃系な性格の人間が好みそうな匂いがしたし かなり使い込まれている所を見ると、この仕様を使いこなしているのはよくわかる。 さぞ屈強な荒武者のごとく、無骨なパワーファイターが駆るに違いない。 すると、その機体のメンテ受付を終えたメカニックらしき女性と、一緒にいたもう一人の女性が こちらに近づいてくるのに気づいた。 「ようこそ、中東支部ラスラムベースへ」 メカニックの方は肩ぐらいまでの薄い茶色い髪の、技術士官の制服の上に白衣を着た年の頃は二十台か、 胸元のネームプレートにはLapis.Lと書かれている。 もう一人はラフに軍服とジーンズを着こなした、強気そうな女軍人だ。 「クロス=ヴァインニヒツ。傭兵。今日から世話になるよ、フラウ?」 「ラピス=ラザフォート准尉です。 あなたの所属する部隊のメカニックを担当させていただきます。  あなたの機体も準備してあります。これ、受取書です」 渡されたシートには"ゲシュペンストMkU-M"の機体名が記されていた。 前のシゴトでも扱った機種、バランスも取れているし嫌いじゃない。 ささっとサインをしながら、ふと目の前にある機体のような改造もしてくれるのかと期待しながら 「ちなみにこんな改造もありなの? 結構前のめりな改造だけど。  パイロットはどんな荒くれ者だい?」 サインをしたシートをラピスと名乗ったメカニックに渡していうと、 それを受け取ったラピスは少しだけ回答に困ったように受け取り、 視線を隣にいた快活そうな女性の方へと静かに向ける。 すると、その女性がにっこり笑みを浮かべて言うのだ。 「あれ、あたしの機体」 「……あちゃあ」 「Nice to meet you。荒くれ者のレイチェル=カルヴィンよ」 皮肉たっぷりにそう返された。 顔には笑みが浮かんでいるが 目は笑ってない。嗚呼、第一印象は芳しくない。 「あー……ええと、ンンッ……Sehr erfreut、フラウ・ラシェル」 レイチェル、スペルは『R a c h e l』、ドイツ語読みでラシェルと呼んで こちらも苦笑いを浮かべながら、握手を求めるが レイチェルはスッと踵を返して建物の方へ向かっていった。 それを見送りながら、差し出した手をにぎにぎさせて、 「やっちゃったなぁ」 「クスッ、彼女元々ああいうノリだから大丈夫ですよ。  まあ、あまり良い印象はなかったとはおもいますけど」 「だよねぇ」 ラピスのフォロー&トドメにクロスも肩をすくめ、 だが、正直気にはなった彼女の事。そしてその口ぶりに旧知の仲のような 雰囲気だったラピスが気になり問いかけてみる。 「知ってるの?彼女。傭兵なんでしょ」 「彼女は傭兵だけど、敵方にはつかずに何年も前から  一貫して連邦の作戦に協力してくれてるんです。 正規兵になる気はないみたいなんですけど……  初めて会ったのは私が軍に入った頃なので、同期みたいな感じで」 「なるほどね。 まあ、俺も含め多かれ少なかれ協力的傭兵しか雇ってないんだろうけど。  今回の相手って結構やり手なんだって?」 招聘の際、おおまかな戦況は聞いた。 それもあってそう尋ねると、ラピスは重たい面持ちで 「ええ。 エネルギー資源の利権を巡ってクーデターが起きたんですが、  野に下った保守派が隻腕の悪魔と呼ばれる傭兵を雇ったらしく、  各地でゲリラ活動を行っていて新政権軍と連邦軍の連合軍との間でいざこざになって……」 隻腕の悪魔。 片腕ということなのだろうが、それでも悪魔と恐れられるのは 一体どういった手合いか。 何より伝説掛かったその異名に、そのお相手として選ばれたのは 腕を認められてかはたまた、子飼い……正規の軍人を浪費したくないが故か。 「隻腕の悪魔……か、ぞっとしないね」 そうつぶやいて、ラピスと共に顔合わせの場へと向かった。 キィ、と錆びた蝶番の音を立てて クロスはラピスに案内されブリーフィングルームへと通される。 するとそこにはすでに、さっきの彼女……たしか、レイチェル=カルヴィン。 クロスよりも頭一つ背の高い屈強な男、 クロスと背丈は同じぐらいだが前髪が長く、またどこか不敵な笑みを浮かべた男、 それと、ラピスと殆ど背丈は同じで、栗色の髪の女性……というよりは まだ10代に見える娘がいっせいにこちらを向いた。 すると、背の高い男が椅子から立ち上がり、壇上に立つ。 「これで全員揃ったな」 口ぶりから察するに上官、また改めて襟元の階級章を見ると大尉である事がわかる。 自分が少尉待遇で招聘された以上自分は彼の下、そしてこの雰囲気からするに隊長だろう。 「俺はアンドリュー=ボルコフ大尉、お前達の上官となる。  まずそれぞれ簡潔に自己紹介をしろ」 ロシア系だろうかアンドリューと名乗った隊長はそう言うと、 まずすぐ近くに居た不敵な笑みの男に視線を向ける。 男は面倒くさそうに立ち上がり、頭をかくと 「俺はゲイリー=バートン中尉。ポジションはスナイパー。  本職はフリーの情報技術で戦う傭兵だがあまりの腕のよさに狙撃手として抜擢された。  俺の射線上には立つなよ。命の保証はできないぜ」 とだけ言い、再び椅子に腰掛ける。 正直、腕がいいのなら斜線上にいてもきちんと避けて撃ってほしいものだが。 そんなことを考えていると、次はレイチェルが挨拶を始める。 「レイチェル=カルヴィン、レイチェル、カルヴィン。  アタッカーでもグラップラーでも荒くれものでもお好きに。  階級は少尉、以上」 こちらもまた言葉短に自己紹介。 しっかりさっきの皮肉がこめられてるあたり、根に持っているのだろう。難儀である。 そして、次はラピス似の娘の番。 「ソリス=ラザフォート軍曹です。 サポートキャリーの運転兼チームオペレーターを務めます」 ラザフォート。 その苗字を聞いてラピスの方を向くと ラピスは「その通り」というように笑顔で頷き、続けた。 「メカニックのラピス=ラザフォート、准尉です。  皆さんのカスタム機のメンテナンスを担当します。宜しくお願いしますね。  ちなみにソリスの姉です」 想像通りやはり姉妹だった。そんな彼女の印象だが レイチェルからの扱いに苦笑いを浮かべてくれるあたりラピスからの印象はそんなには悪くはないらしい。 そして最後に自分の番。 「ンンッ」 喉を軽くならして、胸元に手あてて恭しく会釈をする。 「クロス=ヴァインニヒツ、22歳寅年乙女座、好きなものはソーセージとビール。  贔屓にしてる球団は阪神タイガース。 趣味はバス釣りと料理。   好みのタイプはおしとやかで眼鏡の似合う家庭的な女性で、現在恋人募集中……と、  一応少尉。あとは何かご質問は?あ、スリーサイズはちょっと秘密で」 クロスの自己紹介に、場がシンと静まり返った。 ここの面子より少し早めに話していたラピスは、軽く笑みをこぼしてくれるが、 概ねハズした感は否めない。 と、そこでゲイリーが鼻で笑いながらクロスの自己紹介にけちをつける。 「ハッ、合コンにでも来たつもりか?」 「そりゃあこれだけ綺麗どころがいるんだからね」 その程度の皮肉は通じない。 余裕の表情でそう返してやると、 ゲイリーは面白く無さそうに舌打ちして、再びアンドリューの方を向いた。 するとアンドリューはクロスのノリもさほど気にせぬ様子でもう一度見渡して頷き、 「では今日よりこのメンバーが、極東方面軍対ゲリラ特戦隊のフルメンバーとなる。  小隊名はビースト小隊、コールサインは俺がビースト1、  ゲイリーがビースト2、クロスがビースト3、レイチェルがビースト4  ラザフォート姉妹はビースト0とする。  機体は俺がシルバリオ、ゲシュペンストMk−UMのカスタム機だ。  ビースト2はゲシュペンストMk−UM高性能レーダー装備。主兵装はブーステッドライフル  ビースト3はゲシュペンストMk−UM。お前が到着最後だったから  好みの得物とオプションがあればラザフォート准尉に指定があれば伝えろ。  原則お前にはビースト4と前衛に回ってもらうので、中近距離メインの武装の方がやりやすいだろう。  ビースト4はゲシュペンストMk−UMツインステーク。  2−1−1のYフォーメーションを基本とし、状況に応じて俺が前に出る。  通信に障害が発生し状況判断をしなければならない場合や  俺が死んだ場合などはそれぞれの判断に任せる」 「いいわけ、隊長?」 レイチェルが苦笑いをしながらたずねると、アンドリューは不敵な笑みを浮かべ、 「そもそもこの部隊に求められている役割は遊撃だ。  その場で適切な判断を個別に行うことが求められている。  それにお前達の能力の高さは、俺自身知っている者もいれば高く伝え聞いているものもいる。  俺がいない程度で慌てふためくようなレベルなら、そもそもここに呼んではいない」 と、言い放った。 危ういと感じる気もするが、信頼されているのは悪い気はしない。 なんとなくここの水は合いそうな気がすると同時に、フロントは自分と先ほどの彼女、 レイチェル=カルヴィンとのコンビで動くのが原則となるそうだ。 それを受けて、クロスはレイチェルの隣に立ち、晴れてコンビを組む事になった相方の肩に手を置いた。 「共に前衛だ。よろしくな、ラシェル」 「……私はレイチェルって言ったはずだけど?」 「いいじゃん。愛称みたいなものだって」 「……別にいいけど、あんたがピンチになってもその名前で助けを呼んでたら助けてあげないから」 「じゃあお前がピンチになったら、俺はその名を呼んで駆けつけてやるよ」 笑いながらそう言ってやると、レイチェルはあきれた様にため息をついて 視線を再び前に向けた。 クロスもその場の椅子に腰を下ろして、隊長の話の続きに耳を傾ける。 画面には戦闘画像が映り、いよいよ、目標の話が聞けそうな雰囲気が漂う。 敵は戦車や鹵獲・払い下げから買い取られたと思しきゲシュペンストMkU−Mが主。 まあ今時期のゲリラであればそういうものだろう。 特に驚きもすることなく見ていると、現地の町の様子が映し出される。 荒廃し、街に闊歩するのは武装したゲリラや戦車。 女子供たちは町の路地裏にひっそりとたたずむ、そういう町だ。 「武装テロリストは聖戦と称し、まだ若い少年兵もいたりと何かと問題とされている。  そういった行為を先導するテロリストを討つのがこの方面軍の目的のひとつだ。  ……次に見せるのは、それらに属する厄介な敵だ」 そういって見せられた画像はある戦場の写真…… 死屍累々とばかりに、連邦軍の戦車や航空機、ゲシュペンストMk2-Mの残骸の中に立つシルエットが一つ。 クロスはすぐにそれがターゲットだと感じ取る。 だが、ふと一つの違和感も同時に感じた。 「……隻腕、じゃなかったっけ?」 そのシルエットは両腕のある機体。片腕は通常のPTの腕とは違い、 大きな肩に手甲、日本文化で言えば長巻と斬馬刀を足したような刀を持っている。 するとラピスは深刻な表情を崩さず、クロスの問いに答える。 「あの機体は戦況によって片腕ごと換装して戦う機体なんです。ベースは片腕で」 「でも、じゃあ大体の場合両腕あるじゃん」 隻腕の悪魔、というにはえらいシーンを限定してつけられた名前だ。 そう思いながらいうと、その問いには隊長が答えを返す。 「この機体のパイロット、カラスと呼ばれる男だがその男は昔事故で片腕を失っている……とのことだ。  諜報活動により向こうではドゥンケルゲシュタルトと呼ばれているそうだが、  それ以前につけたコードネーム……"アームズ"と我々は呼んでいる」 「腕……武器、か」 言い得て妙とはこのこと。思わず苦笑いを浮かべると横から質問が飛んだ。 「じゃあ、片腕の操作で、連邦の部隊を悉く退けてるって言うんですか?隊長」 ゲイリーもそこは心中穏やかじゃないようで、軽く焦り気味に尋ねると 隊長はラピスに視線を向け、その意味を答えるよう促す。 それを受けラピスはメインモニタに何らかの部品の資料を表示させた。 「それは?」 「筋電義手に使われている脳波コントロールユニットです。  今日び、高性能のものでは、ほぼ自分の腕と同じように扱えるものがあります。  組織の流通を調べた所、この製品のメンテナンスパーツが取り寄せられた形跡があり、  加えてこの敵機の右腕の機動性を鑑みるに、このパーツが使われている可能性が高いと判断しております」 「ってことは……自分の義手代わりに、この機体の右腕を使ってるって事?」 レイチェルが怪訝な表情でたずねると、ラピスはそうだ、と頷いて返す。 成る程、義手感覚で使えば、脳の電気信号を介して自分の腕と同様に、 それどころか操縦レバーというものを介さないで済む分、一般のパイロット以上に柔軟な稼動が実現できる。 これは腕を失ったからこそ得る事の出来たウルトラCだ。 そんな風に感心するクロスをよそに、ラピスは話を続けた。 「無論、障害を負った人がそう言った機器を本物同様に使うには高度な訓練が必要になるのですが、  恐らくこのパイロットはそれを成し得たのだと思います。  そして、結果として健常者が操縦桿を握るよりも脳からの指令をダイレクトに  機体に伝える事に成功したものと思われます」 その言葉の裏には、それほどの執念があるのだとにおわせる。 片腕を失っても尚過酷な訓練に耐え、銃と剣を持とうという意志……。 クロスはひそかに苦戦の予感すら感じた。 「……この機体は各部の意匠からゲシュペンストMkU−Mをベースに改修に改修を重ねた機体であると  推測される。 つまりベースのポテンシャルは我々と同じだということだ」 「フン……ということは、勝負の分かれ目は改造した機体の完成度と……」 「文字通りパイロットの腕次第、ってことね」 ゲイリー、レイチェルが隊長の言葉にそう返す。 だが、クロスはそこに口を挟んだ。 「……いや、それだけじゃないだろ」 「……どういうこと?」 怪訝な顔でこちらをみるレイチェル。 クロスは視線を画面の機体から移さぬまま、拳を左胸……心臓に当ててつぶやいた。 「……こいつを勝たせているのは……何より、生への執念だ」 「何?ハッ、単機で大軍に挑んでいるんだぜ?死に急いでいるとしか思えないな」 「何も"生"はこの男自身のためとは限らないさ。 こいつは、恐らく  誰かを生かすために戦っている……。単機で戦う事が多いのは危害を  自分以外に及ぼさない為……。  ……強いぞ。こういう手合いは」 こちらも任務だからという理由では、先ほど写真で切り伏せられていた機体と 同じ末路を辿る。  クロスの言葉に、場は静まり返った。 ……それからしばらくミーティングは続き、 メンバーは次の作戦まで一時解散となった。 部屋を出ると、ラピスがクロスに話しかけてきた。 食事の誘いかと思いきや、単なる整備上の希望、要望だそうで 「……と、まあそんなところかな。  しっかり踏み込めるよう、体の固定はしっかりできるようにしておきたいぐらいか。  あと出来るだけ出力の高い稼動系モーターに予備カートリッジ、予備のプラズマカッターを積んで欲しい」 「了解です。高性能サーボモーターが配備可能ですので換装しておきます。  ただ、ゲシュペンストMk−UMはその優れた汎用性、安定性でもっている機体ですので  幾分か挙動がピーキーになる点は注意してください。  実戦前には必ず確認をお願いします」 「了解了解、助かるよー」 手元のレコードシートにさらさらっとこちらの要求を書いていく。 他にもレイチェルやゲイリーから聞いたシートも覗け、 ラピスの熱心な仕事振りには好感を覚えた。 と、ふと遅れて部屋から出てきたラピスの妹ソリスと、ゲイリーの姿に気づく。 二人は楽しそうに談笑しているようで、 肩を並べて廊下の反対側へと消えていく。 それを見送るラピスの背中をしばらく見ていると、不意に彼女は振り返り クロスに笑みを向けた。 「あ……すみません。それでは機体の整備状況の確認は私まで連絡ください」 と、携帯の番号と部屋の鍵らしき、番号札のついた鍵を渡してくる。 それを受け取ってクロスは、しげしげと手の上のそれらとラピスの顔を見比べて、 「……大人しめなタイプかとおもってたけど。  了解、今夜は明けとくよ」 と言ってやると、ラピスは目をぱちくりさせて 「へ……?えっ?あ、ちがいますよっ。   クロスさんの部屋の鍵です。 総務課から渡すの頼まれてただけですっ!!」 「残念」 と言いながら、笑ってやる。 こちらとて彼女がそう言うタイプでは無さそうなのは話してみてわかっていたし、 からかうと面白そうではあったので、言ってみただけだ。 とはいえラピスは顔を赤くして、セクハラだと訴えんばかりに起こっているが 彼女もなかなかの美人。 こういう職場ではそういったのにいちいち訴えでていてはきりがないのだろう。 今の軽口もそう言った日常の悪乗りの一つとして片付けてくれそうだ。 「まったく……セクハラですよ。それ。  私はいいですけど、妹にそういうのやめてくださいね。  あの子、結構そういうの真に受けちゃう性格ですから」 「じゃあ、さっきのあれは真に受けちゃった結果?」 そういってゲイリーとソリスの消えた廊下の角を指差してやると ラピスも彼女個人の事とはいえ少し心配なのだろう、 心配そうな表情を再び浮かべたまま、 「ゲイリー中尉も、このベースには来たばかりで……  妹の問題なんで私はどうこう言う気はないんですけど……。 「まあ、もうすこしゆっくりお互いわかろうってね。  出会ってその日にいきなりお誘いなんつっても、俺だってどぎまぎしちゃうしね」 「だからその話はもういいですってばっ!  じゃあ、機体はメンテナンスに回します!午後は……」 懲りずに同じネタで畳み掛けてみると、また怒った。いい反応である。 クロスはカラカラと笑いながら手を振って、 「あ、知ってる知ってる、俺フリーでしょ。基地の中見物してるよ」 「じゃあ誰か案内の人手配しますね。私メンテがあるから……」 「ああいいよ、おーい」 ふと、遅れて会議室から出てきたレイチェルに声をかけた。 レイチェルはぴたりと足を止めて、首だけもたげてこちらを向くと 「午後お暇かな。 ランチでもどう? ミズ・レイチェル?」 ここは敢えて、彼女の流儀に合わせて呼びかけてみる。 すると向こうもそう呼べといった手前、応えざるを得ないのだろう。 ちゃんとこちらを向くと、ラピスと自分の間にわりこむようにして 「……ラピス、またこの芋野郎が馬鹿言ってるわけ?」 「うは、ひどいな」 とはいえ冗談でも、なにおう、このヤンキーめ。とは口が裂けてもいえない。 するとラピスも困ったように 「えっと、レイチェル……」 「わかってる、あんたはあんたの仕事があるでしょ?  あたしの機体も、あんたが整備すると喜ぶから。お願い」 レイチェルは自分には見せてくれた事も無いような笑みで ラピスにそう告げると、ラピスもレイチェルの気遣いに 少し申し訳無さそうな顔をしながらも、肩をすくめて 「……、ええ。じゃあ……あとお願いできる?」 「Alright,任せて」 顔の高さでお互いハイタッチして、"クロスのお守り"という任務の 交代式を無事、終えられた。 クロスをレイチェルに任せて、ラピスは軽く会釈をして廊下の彼方に消えていく。 それを見送りながらおもむろにレイチェルが口を開いた。 「……ラピスとソリスは、だいぶ前に両親をなくしてるのさ」 「そいつは……それでなんでまた女二人の姉妹で軍人になったんだろうか」 不意に重い身の上を聞かされて、コメントに困りながら とりあえずそう返すと、レイチェルは踵を返し ラピスの消えた先と反対方向に向けて歩き出したのでクロスもそれについていく。 「あの二人の両親も軍人だったの。彼女たちと同じ従軍技術兵とオペレーターでね。  ただ、作戦中二人とも帰らぬ人になって、当時軍学校に通っていたラピスは  妹を養う為、そのまま軍の技術官になって、まだ学生だったソリスは  姉を追うようにして軍人になったって話よ」 「ラピスからしたら……妹までが軍関係者になるのはさけたかったろうな」 「でも、妹にとってもやっぱり肉親は姉しかいないからね。  そばにいたいって気持ちは誰より強いんでしょう。  誰かに依存するっていうのも、そういった背景の現れなんだと思うわ」 同情するような、そんな寂しげな口調でレイチェルは言う。 クロスもさすがにそれには返す言葉も見つからず押し黙ってしまうが、 不意に前を歩いていたレイチェルが立ち止まるのに気づいてクロスも慌てて立ち止まる。 「……どったの?」 「食堂」 「お」 扉の上にはダイニングルームの文字。 良く見ると、まわりからもどやどや人が中へ入っていく。 扉の隙間から見えるカフェテリア方式の列はすでに数十人に上っていた。 「じゃあ、お昼でも食べながら午後の予定でも話しますか」 極めて自然にレイチェルの肩に手を回すと、 「おあいにく様。 あたし午後予定あり。 近くの村に出かける用事があるの」 すかさずはじかれる。 だがそれでも懲りずに笑みを返しながら 「じゃあ俺もそこ行こう。今用事が出来た♪」 「……」 「まあ、そういうわけだから♪」 レイチェルのため息を肯定と、つとめて前向きに受け止めて 二人食堂へ入っていった。 二人が食堂に入ると、雑然とした雰囲気の中唯一整然とした配膳の列に並んで、 この手の栄養価は高いがあまりおいしくないのが定番のランチトレーを受け取る。 「おかずもうちょいくれる?……っと、ラシェル、待ってよ」 こちらが手間取ってる間にレイチェルはすたすたと先へ行く。 勿論この呼び方じゃ振り向いてくれないのはわかっていたが、 それなりの意地を持ってそう呼んで、レイチェルの後を追った。 うまいこととなり合わせに座ると、 すでにレイチェルは先割れスプーンでおかずのひき肉と豆の炒め物、サラダに手をつけ始めている。 「ここの飯はどうかなっと……お。意外といけるじゃないの」 「まあ、いくつか基地を回ったけどまずまずの方ね。  ヨーロッパ行った時の方がよかったけど」 「まあ、こっちじゃ物資も不足してるだろうしなぁ。  ヨーロッパはどこがよかった?普通のリストランテでもいいから」 珍しく話に乗ってくれた。 ここでさらに話の輪を広げようとそうたずねると レイチェルも少しだけ"しまった"というような顔をしながら それでもしぶしぶその問いに答える。 「……傭兵任務じゃないけど、ふつうに旅行でスペイン行った時は良かった。パエリアなんか好きね。  ……あ、でもドイツは駄目。私芋嫌いだから。太るし」 確かに芋料理は多い。無論それだけではないのだが。 だがお国柄を否定してほしくは無いのでクロスも苦笑いしながら応える。 「そこは克服してほしいなぁ」 「なんでよ」 「良いお嫁さんになれないぞ?」 「誰の」 「……」 無言でビシッと親指立てて自身を指す。 そしてすかさず返ってくる一言 「クソして寝な」 一蹴とはまさにこのことである。 まあ勿論こちらも本気で言ったわけではなく半ば冗談ではあったが ここまできっぱり否定されるのもいささか物悲しいものはある。 とほほ、と言いながら食事の残りを片付けようとすると、 不意に警報が鳴り響き続けて基地内に放送が流れた。 「コードAAA発令、待機中の8番までの各小隊、及びビースト小隊は直ちにブリーフィングルームに集合せよ」 「っ!」 「俺らも!?今日は非番じゃ……」 「私達が呼ばれるって事……どういうことかわかるでしょ?」 「……奴さんが出たって事か!」 残るおかずもそこそこにクロスはトレーを返却台に返し、 ブリーフィングルームへ向かうレイチェルの後を追った。
第二話 隻腕の悪魔