第二話 隻腕の悪魔


第二話 隻腕の悪魔

ブリーフィングルームに飛び込むと すでに席はだいぶうまっており、二人もすでに先に来ていたラピスの隣に腰を下ろすと 程なくしてアンドリューと数名の隊長格が壇上にあがり、 正面モニターには山岳地帯の航空図が表示され、 基地司令と副官がまず口を開いた。 「半日前、補給物資を輸送中の我が軍の輸送列車が何者かに襲撃をうけた。  これをうけ、レンゲルス中隊を対応に当たらせ、  地元ゲリラからこれを奪還、線路及び車両の修理の間護衛に当たらせており、  先ほどまもなく修理が完了するといったところで  新たに襲撃を受けたとの連絡が入り、今現在部隊との連絡が途絶えている」 「通信の最後に、隻腕の、というメッセージが残され、  恐らく最重要脅威目標が現れたものと推測している。  そこで、04マゼンタ小隊、05レッド小隊にて周囲の警戒、  06クリムゾン小隊はバックアップ、07カーマイン小隊は通信経路並びに負傷者輸送経路の確保  アンドリュー以下ビースト小隊に目標の撃破、残存部隊の救出を命じる」 最重要目標の撃破と、人質の可能性もある味方の救出がセットとは なかなか初っ端からハードな任務である。 おまけにそこには補給物資もあるのだろう。敵の抵抗は必至だ。 するとレイチェルが挙手し、アンドリューがそれを指した。 「敵の規模は?」 「戦車3、救助隊のものが鹵獲されたと思われるゲシュペンストMk−U4機、  識別不明機2、そして隻腕の悪魔の改造機1  偵察機により判明しているのは以上だ」 「山岳地帯の見晴らしの悪い所に戦車が砲台代わりにかまえているのはぞっとしないな。  おまけに識別不明機ってのも不気味だ」 「フン……どうせ隻腕の悪魔みたいに好き勝手に改造したハンドメイドみたいな機体だろう」 ゲリラが現地改修したような機体で機体の完成度は低いはず。クロスのつぶやきに対して ゲイリーはそう言っているのだろう。 するとアンドリューはさらに情報を追加した。 「補給物資の輸送列車、線路については、いくつかすでに物資は運び出されたとの情報があり、  今はとりあえず生存者の救出と、未だ示威行為を続けている敵勢力の駆逐が目的だ」 「僭越ながら……!ビースト小隊は集合したばかりで個別の調整が未だです!  またコンビネーションの面から本作戦での投入は見送るべきかと……」 ソリスがアンドリューも当然わかっているであろうこの無茶な投入に意見をすると それは基地司令が回答権を奪い、見下げるように反論した。 「各個人非常に優秀な能力の持ち主であると聞いている。  それに訓練が必要であるならわざわざ傭兵を雇ってはいない。  機体についても、配備時点ですでに一度整備は終わらせているはずだ。  彼らもプロであるなら問題ないはずだ」 「ッ……」 「……ソリスちゃん、いいって。俺らなら大丈夫だから」 クロスは言葉を失ってしまったソリスにそうフォローすると、 ソリスも歯がゆそうな表情で、ただこちらに対してはすまないというように頭を下げると 大体質問も出揃ったという所で、出撃の号令がかかった。 「1305、アルファー目標を視認」 「こちらブラボー、友軍撤退経路に敵影無し」 「こちらチャーリー、周囲10kmに接近する機影無し」 バックアップ、撤退経路、周囲からの連絡が入り、 四機のゲシュペンストとサポートキャリーで構成されたビースト小隊にも緊張が走る。 アルファーことクリムゾン小隊はバックアップとして部隊の後ろにつくが 遠距離支援のための砲戦装備で固めた量産型ゲシュペンストMkUMと 戦車で構成されておりフレキシブルな動きには期待できない。 混戦になればそれらの支援も難しい事から肝はどれだけ迅速かつ的確に フォワードで相手の頭をとるかにかかっている。 「もうすこし、前衛に力裂いてくれてもいい気がするけどな」 「出した所で機体を無駄にするのが目に見えてるからさ」 レイチェルは敵の足元に転がっているゲシュペンストの残骸を見て、 不適な、だが何処か緊張した笑みで答える。 対して飄々としながらクロスは、 「負けを知らなきゃ男は大きくなれないよん?」 「戦争に精神論持ち込まれてもね」 「おしゃべりはそこまでだ。 時間だ……!」 アンドリューからのツッコミに二人も戦闘モードへ切り替え、 場を緊張感が包む。 そして作戦カウントが0まで3秒を切ったその瞬間、 じっと動かなかった敵軍中央のカスタム機、ドゥンケルゲシュタルトが こちらを向き、その右手に装備された大型のカノン砲を向け引き金を引いた。 「くっ!?」 「散開!」 とっさに身を翻し退避すると次の瞬間目の前の岩山が爆散した。 とっさに背後にキャリアーを位置して飛散する岩片を肩アーマーでガードして 携行したのマシンキャノンで弾幕を張りつつ、レイチェル機への飛散を防ぐ。 だがそれと時を同じくして回りの味方の通信回線からは早くも交戦の動きが聞き取れた。 引き金は敵の手で引かれたということはすでに敵軍は動き始め、 眼下の輸送隊を囲んでいた敵機……それも最大目標も囮であったということ。 すでに隊長アンドリューのシルバリオ、ゲイリーのゲシュペンストも 両サイドから迫る反応に対し、射撃による迎撃を開始している。 ゲリラらしい作戦にクロスは苦笑いを浮かべつつ、 岩陰から再び敵を覗き込むと、そこには次弾を撃つべく身構えた敵機 ドゥンケルゲシュタルトと目が合った。 すかさず二撃が放たれようとした瞬間、クロスは自ら岩陰から飛び出す。 「っ!何してるのさ!?」 「立ち止まってると不利だ!レジーキャットはアルファーと後退して周囲の敵の情報を送ってくれ!」 「何で貴様が命令してるんだ!」 クロスの指示にゲイリーが異を唱える。 だが、そこに割り込んできたのは他でもない隊長のアンドリューだ。 「いや、それでいい。   ご苦労、左舷の敵は排除した。 以後は俺が指示を出す。  ビースト3はそのまま前進しろ」 「よろしく!隊長!じゃあ、俺はこのまま突貫する!」 「ビースト4はビースト3の援護を!  ビースト2はアームズの砲撃を牽制、俺は敵の背面に回りこむ!  ビースト0は広域レーダーで敵の動きを逐次友軍に通達しろ!」 「「了解!」」 初めての部隊行動だったが、お互いのポテンシャルの高さが 妙なシンクロニティを発揮し、隊長の指示したことはもう概ね皆が理解して動き始めていることでもあった。 すぐ背後にレイチェルの気配を感じながら崖を一気に駆け下りる。 その駆け下りざまに岩を掴み、崖の上へ狙いを定める戦車へ投擲、 砲台をへし曲げて無力化するとそれをレイチェルも真似して、すぐさま戦車三台を無力化する。 「ナイスピッチング!ラシェル!」 「……」 案の定返事はいただけなかったが、それでも無駄な人死にを出さない、 そういうつもりのこちらの攻撃に共感してくれた事が素直に嬉しかった。 そのまま崖下に滑り込むと、敵ゲシュペンストがこちらにむけマシンガンを連射してくる。 それをシールドで受けながら、クロスは両手にプラズマカッターを抜いた。 「さぁて、相手してくれるのはどいつだ!?」 その言葉に呼応するわけでもないのだろうが、敵のうち一機がプラズマカッターを抜いて 果敢にも接近戦を挑んできた。 それを迎撃する形となったクロスは、プラズマカッター二本で 振り上げるように相手のプラズマカッターをうけきった。 「そぉれっと!!」 すかさず斬撃を止められた敵機の腹部目掛けて蹴りをお見舞いし、 吹き飛んだ敵機はそのまま岩壁にぶつかって動かなくなった。 「一丁上がり!」 「クロス少尉!10時方向レッド!」 「っと!?」 瞬間、なんとか身をよじって左から衝撃が襲う。 丁度左腕と装甲の硬いところへ当たったので本体へのダメージはなかったが、 勢いそのままに吹っ飛ばされて、クロスの機体は倒れこんでしまう。 何事かと顔を上げると、そこにはターゲットでもあるアームズ、隻腕の悪魔の 砲戦用右腕がこちらに向けられその砲口からは煙があがっていた。 「つつ……直撃は免れたけどなんて威力だよ……  ただおかげで助かった。ダンケシェン、命拾いしたぜソリスちゃん」 そんなクロスと敵機の間に割り込むように、レイチェルのゲシュペンストが駆け込んで援護に回り、 砲戦用の隻腕の悪魔と距離を詰めるも、敵のゲシュペンストMに邪魔をされて近づく事が出来ない。 その合間に、隻腕の悪魔は右腕を大振りの刀を誂えた右腕に換装し ようやくゲシュペンストMを退けたレイチェルに襲い掛かった。 「くっ!?」 倒したゲシュペンストの陰から割り込んでくる形に見えたのだろう、 レイチェルはなんとか直撃はさけたものの、不意をつかれる形でその肩に一撃を受けてしまう。 転げるように回避、距離をとったが 一転接近特化モードになった隻腕の悪魔は執拗にレイチェルのゲシュペンストに肉薄する。 「ラシェル!」 起き上がってクロスもすかさずその援護に回る。 右手のプラズマカッターを最大出力の状態保持で放り投げ、 レイチェルを相手しながらビームの円盤となったそれの飛来に対応できるほどではなかったらしく、 近接用右腕の手甲を切り裂いて一瞬ドゥンケルゲシュタルトの動きが止まった。 「いまだ!」 「っ!!はぁっ!!」 勢いをつけてのダブルキックでドゥンケルゲシュタルトを弾き飛ばすも、 向こうはその最中にも煙幕弾を左手から射出し、一気に煙幕が周囲にたちこめた。 ここに戦略的目的がない事を判断したのか、追い討ちを回避するのと同時に 相手の方から距離をとるよう攻撃してくれた事を利用し撤退を図る。 クレバーな戦術にこれ以上の追撃は無用とクロスもその場で歩みを止めた。 「くっ……煙幕か……」 「追うこたない。 残りも皆逃げた。  どうやら俺たちがついた頃には物資のほとんど移送されたみたいだしな」 見渡して状況をレイチェルに伝えると、レイチェルも悔しそうにその場の岩っころを蹴飛ばした。 その日の夕方、二人は近くの村に来ていた。 村といっても、賑わいというのはほとんどなく、 唯一といってもいい食堂兼酒場は開いているのか開いていないのかわからない。 そんな店の前を通り過ぎながら、レイチェルの運転する車は 一件の診療所の前で止まった。 そしてクロスの方を向いて一言。 「ほら、荷物降ろしなさい」 「降ろしてちょうだい?じゃないのね。 さー、いえっさー」 まかれそうなところを無理矢理付いてきたのだ。文句は言うまい。 後部座席につまれたダンボール数箱を抱えると、 中からはカチャカチャガラスの音が聞こえる。 「気をつけて。壊れ物だから」 「了解です、サー!」 先導するレイチェルについてクロスも建物の中に入ると、 受付も無い簡素な診療所が二人を出迎え、 壊れかけた椅子が二つ三つ並んだ待合室でレイチェルは声を上げた。 「先生いますか?ラスラム基地のレイチェル=カルヴィンです」 レイチェルのその呼びかけに、奥から老先生がひょっこり首を出す。 その声の主がレイチェルだと目で見ると、待ちかねていたかのように 笑顔でやってきた。 「おお、良く来てくれたね」 「医療品、それから少ないですけど食料も」 「いつもすまんね。 物資の配給もだいぶ懐事情厳しいんだろう? 「いえ、戦闘が長引いているのは軍の責任でもありますから」 レイチェルはクロスに段ボールを置くよう目配せして、 クロスも言われるままに段ボールを床……におくのはどうかとおもったので 足のがたついたテーブルの上にそれらを置いてやった。 老先生がそれらの中身を検めながら、顔見知りなのだろうレイチェルをちらりと見ながら 「ふむ……なんだ、今日は彼氏と一緒かね」 そんな冗談を言うと、レイチェルは苦笑いを浮かべて手をぶんぶん振って否定した。 「まさか、ただの荷物持ちですよ。  連邦のベースが近くにあるせいで、色々不便もさせちゃっているんで。  今日は私の分と、こいつの分からこれを」 と言って、かばんからチョコレートを取り出して食料の段ボールの上においた。 基地を出る直前に売店でクロスから銭をせしめて買った板チョコ10枚入り5ケースだ。 支援にしちゃみみっちいが、子供のお菓子としては魅力だろう。 食料と別にして渡したのは、人格者のように見えるこの老先生に ちゃんと子供にあげてほしいという望みと、一応クロスも出資した事を示してくれたという 意味もふくまれているのだろうか。 ふとそんな事を考えながら、レイチェルの優しい笑みを横に見て 荷物持ちとカンパもあながち捨てたもんじゃない。 そう思えてきた。 と、そんな談笑をしていると不意に背後の扉が開く音がした。 「っと、患者さんか……な……っ……」 そこには身長190ほどだろうか、国籍は不明だが銀髪の大男が立っていた。 だが何よりその男がそんじょそこらの男と異彩を放っていたのは その傷だらけの鍛え抜かれた体に、重く鋭いまなざし…… そのそれを片方隠すように巻かれた眼帯、そして…… 「隻腕……っ……」 レイチェルが気づいてそのキーワードを小声で口にする。 クロスも同時に気がついていて、思わずまじまじとその全身を見ていたところで 男と目が合ってぎょっとしてしまう。 「……」 だが男は何も答えず、開けかけの扉をさらにあけると 誰かを誘うように外を一度見やった。 すると、5〜6、7歳ぐらいだろうか、男の子供が入ってきて 男もその子供が診療所に入るのを見届けると扉を閉めた。 その男を見て、先生は特別驚いた風もなく 「ああ、ブルーノ、どうしたんだ?」 「先生、トランが転んで怪我をした。診てやってほしい」 「どれ、ああ、すりむいただけだな。  消毒してあげよう。こっちにきなさい」 トランと呼ばれた子供は大人しく先生について奥に行った。 それをじっと見送るその男……ブルーノと呼ばれた男に対しての視線を クロスもレイチェルも外せなかった。 そんな視線に気づいたか、ブルーノは左目をこちらにむけて、おもむろに口を開く。 「……連邦の軍人か」 「っ……」 隻腕というキーワードを持つ男の登場に驚いて 喋りかけられる事は想像してなかったのだろう。 レイチェルが言葉に詰まると、クロスはすかさずフォローにまわった。 「ああ、医療品が足りてないって言うんでね。 基地に都合つけてもってきた」 「……贖罪のつもりかしらんが、それならさっさと基地を畳んで  この地域から離れた方がよっぽどこの土地の人間のためになる」 と、にべもない回答をいただく。 だが、クロスはそれでも黙ってはいなく、 「でもこの辺の情勢も不安定だから、そう言うときは俺らみたいな汚れ役も必要だろうってね」 と答えると、その言葉にある種の含みがある事に気づいたのか、 ブルーノは眉をぴくりと動かしてクロスにたずね返した。 「お前……傭兵か」 「そ。 ヨーロッパ戦線では王者の虎で通ってる。 クロス=ヴァインニヒツだ。  よろしく、隻腕の悪魔さん」 「なっ……何言って!」 相手を名指しで呼んだ。 こちらは正体を認識していると宣言するようなもの。 その行為にレイチェルは慌ててクロスの肩を掴むが、 ブルーノのほうも、呼ばれたことにはそれほど驚いていなく、 というか最初から隠すつもりもなかったのだろう。そう呼ばれた事に軽い笑みを浮かべ、 「大層な名前だな。 それに俺の事をお前達がどう呼んでいるかは知らんが……  フッ……この間一個中隊全滅させてやったのはずいぶんこたえたようだな」 「みたいだねぇ。 お偉方渋い顔してるそうだもの」 クロスも軽口交じりに肩をすくめてやる。 と、そこでレイチェルが意を決して自らも論じようと前に出た。 「あ……あんたらが何を信じて、何の為に戦うかは勝手だけどね。  結局やってることは泥棒じゃないか!  盗んできたものを子供に与えて喜ぶと思う!?  人として恥ずかしくないの!?」 「……」 「おいおい、ラシェル……」 「あたしはレイチェル!  ちょっと、何とかいいなよ、隻腕の悪魔!」 レイチェルの言葉に無言を貫くブルーノ。 だがその彼の視線が動いた事に二人も気づき振り返ると、 そこには足に絆創膏を張った先ほどの少年と、老先生が戻ってきた所だった。 「ブルーノ終わったよッ!」 流石に子供の前で口論はできないとレイチェルも言葉を止めると ブルーノはトラン少年の前まで行き、しゃがむと頭を撫でてやった。 「よし……、もうこれで大丈夫だな」 「うん!」 ブルーノのその言葉にトラン少年も笑みを浮かべて答える。 子供に大事が無かった事をホッとした様子のブルーノは ポケットからくしゃくしゃになったお札を出してテーブルの上に置き、 「先生、面倒をかけたな」 「なに、これが仕事だからな。  それより今日やっと医療品が補充されたんだ。  となり村で抗生物質が足りないって言ったろう。  ここにあるだけで足りるかわからんが、まずは女子供の分だけでも渡しにいかんとな」 「ああ。……だが、薬はさっきこちらでも確保できた。  あとは先生、面倒だが診察には来てもらいたい」 「そうか?わかった。じゃあとりあえずこれをしまって  向かうとしよう。表で待っててくれるか」 先生は医療品をしまう為段ボールを診療所の奥へ片付けはじめると ブルーノは去り際にクロスとレイチェルにつぶやいた。 「……隣村は、先週連邦の掃討作戦を受けてひどい打撃を受けた。  だが実際そこは軍事拠点ですらなく、死人が出て、怪我をしたものには薬も無い有様だ」 「っ……」 「……だが、今回の襲撃も地元のゲリラ連中とて報復をしたつもりはない。  ただ、攻撃が無ければ続いていたはずの日常……それを取り戻す為に必要なもの。  つまりは日常を自らの手で取り戻しただけに過ぎない。  ……それに俺が加担したのも、助かる命を助ける為、不必要な死から命を守る為、  それらの引き金になったものから、薬という形で取り返しただけに過ぎない。  ……なによりもう二度と失いたくないのだ。 守るべき宝を、な」 「え……?」 「……そしてそれには国も、主義も主張も関係ない。  守るべきものは等しくどこにも存在する。  俺は、ここにあるそれを守る。 それだけだ」 それが何を意味しているのか……それはあの子供に対するブルーノの態度を見れば すぐにわかった。 そして、それは事前に聞いていたブルーノが属するゲリラの所業とは 似つかわしくない言葉でもあった。 それだけを言って去ろうとするブルーノに、そんな言葉を聞いてクロスはおもむろに 傍らのテーブルにあったケースを一つブルーノに向かって投げつけた。 「……っ」 ブルーノは開けかけの扉からすばやく反応して左手でそれを受け取ると 放り投げられたそれ……板チョコ10枚入り1ケースと、クロスの顔を交互に見た。 「あの子の怪我、サッカーして転んだ怪我だろ?  シャツにボールの跡がついてた。 あの子と、周りの子にもくばってやんなよ。  あ……フルメンバーだったら足りないか?もひとつもってく?」 11人が2チームで対戦してたらもっとまるで足りない。 今更ながらそう思ってもう一つ二つ手に取ろうとすると、 ブルーノは軽く笑みを浮かべ、 「フッ……なに、街角の遊びレベルだ。人数も10人……丁度だ。 気を使わせたな」 「なぁに、子供は何時の世もお宝ですから」 宝、そう比喩したブルーノの言葉を借りて返すと、 それ以上は何も言わず、ブルーノは診療所を後にしていった。 帰りのジープ、 クロスがハンドルを握り、薄暗くなった密林の間の砂利道を基地に向かって走る。 虫の声とエンジン音だけが支配する薄暗い密林の道で あごに手を当てて助手席でずっと空ろな眼差しで遠くを見つめるレイチェルが口を開く。 「……あのさ」 「ん?どした」 昼間とは一転、結構静かなトーンで呼びかけがあったのに対して クロスは一瞬視線を合わせてたずね返した。 「あんた……あの男どう思う?」 「……どうって?」 「あたしが聞いてるの。 戦場で会って、面と向かっても会った。 その印象よ」 視線を合わさぬままそうたずねる。 それは自分の考えを見透かされないように、相手の考えを知ろうとしているように。 だがそれは裏を返せば、彼女の中で当初思っていたものと差がある、揺れていると 言っているようなもの。 もっと言ってしまえば、レイチェル自身として誤解していた、といってもいいだろう。 クロスは少しの間をおきつつ、 「……考えてた通りの男だったな。ってのが俺の印象」 視線を前に向けたまま、少し笑みを浮かべてそう答える。 レイチェルはそれを聞き、意外そうな顔で問い直した。 「どう思ってたわけ?」 そこで始めてレイチェルがこちらを向いた。 クロスもそれには視線を合わせ、軽く笑みを浮かべながら、 「善人いいヤツ」 と、一言。 それにはレイチェルも目を丸くしたので、クロスは行間に潜ませた言葉を吐いてやる。 「言ったろ?あの機体の戦い方を見た時、こいつは人を生かす戦いをしている。  こういう手合いは手ごわいって。  別に俺が手ごわいって言ったのは、やれ操縦が上手いとか、やれ戦術がクレバーだとか  そう言うことだけじゃなくてね」 「じゃあ……どのへんが?」 「俺が一番やりづらいのは、いいヤツとの戦い。  卑怯で悪辣なクソ野郎なヤツ相手が一番やりやすい。遠慮しないでぶっ潰せるからな」 軽く笑いながら自分の答えを出してやる。 それを聞いてレイチェルはポカンとしていたが、 クロスはそんなレイチェルに質問を返してその硬直を解くことにした。 「で、ラシェルはどう見た?あの旦那の事」 「……っ、何度言わせる……あたしはレイチェル!……ったく。  …………そうだね、悲しい目をしてる……なって。  そして本当に子供好きで、子供にも好かれて……  子供って時に大人よりも鋭く本質見抜く事あるじゃない?  きっと、あの病院に来た子も隻腕の悪魔……ブルーノ=カラスのこと  良くわかってるんだと思う」 「じゃあ、いいヤツだって?」 「っ…………」 要約して確認してやると、レイチェルの言葉が詰まった。 それは、連邦に与する者としての考えと、個人的な主観の葛藤か、 だが、その迷いを隠すように再び視線を外に向けると 「でも……あたし達は個人で戦争をしてるわけじゃないんだ。  仮に相手にどんなにいいヤツがいても、思想が違えば争いも起きる」 自分は傭兵……一人の兵士、そう言うように割り切った答えを返してくるレイチェル。 それも一つの選択なのだろう、だが、彼女は気づいていないのだろう、 ブルーノに対して言葉を荒げた時、彼女の口から出ていたのは彼女自身の言葉だった事を。 だがそれを突っ込むほどクロスも野暮ではない。 それにはただ自分の考え方を、伝えるだけ。 「……でもお互い人間だからさ。いつか思いが変われば、交われば、  争いも止まるんじゃないかな。……そしたら俺ら、おまんま食い上げだけどな」 「そうしたら……またどこかに行くだけだよ」 夕暮れのすこし涼しい風に、後ろに縛った彼女の髪が揺れる。 クロスからは目をそむけているのでどういう表情かはわからない。 だが、その言葉には一抹の寂しさ、空しさのようなものが確かに感じ取れた。 クロスは、一つ問いかけてみることにした。 「それで……また新しい場所で……君はどうする?」 「戦うよ。だって……あたしにはそれしかできないから」 戦いに明け暮れた日々。 それがは彼女から平穏な日常というものを奪ってしまった。 なにがキッカケかはわからない……が、きっと今の言葉を吐いた時、 彼女は笑っていないだろう事は、声から容易に感じ取れる。 「戦う……ね。……何のために、戦う?」 クロスはたずねる。 「……あんたは」 レイチェルがたずね返した。 これは喋れば聞ける流れだと、クロスは軽く笑みをこぼすと、よどみなく言葉を返した。 「正義のヒーローになるため」 「……はぁ?」 あきれた声が右から返ってきた。 横目で見ると、レイチェルがまるで道化を見るような顔で見ている。 と、そこでさらに畳み掛けるように 「できれば、覆面の」 そう言うと、一瞬の空白の後、レイチェルから 耐えかねたのか笑い声が聞こえてきた。 「……ぷっ……あはははっ……  普段だったら……ふざけんなって殴ってる所だけど……  あははっ……あんただったら、むしろらしいわ……くく……」 「あらま、笑われるなんて心外ね。 俺結構本気よ?」 「カートゥーンばっかり見て育ったでしょ?」 「日本のね。レトロなところがお好き。 白いーマットのーってね。  俺がガキの頃はそういうコミックもあれば遊びがいくらだってあった。  でもさ、やっぱり戦争の時分ってそういう娯楽もすくないわけでさ、  子供って、遊んでなんぼじゃん。  身の回り全てが遊びであり勉強。  でも心無い一発の弾丸でそれもままならない環境が生まれる。  ……俺、今日あのサッカーで怪我したって坊主見て、少しホッとしたよ。  そこにはまだ、小さな平和があるんだって。  で、守ってやらなきゃなとも思った」 「……」 「だから俺はヒーローになりたい。 そういう子供たちにとってのね。  戦争の英雄なんかにならなくていい。  勲章なんかいらない。 ただのヒーローになりたいんだ。 未来を守る……力にね。  ……なんてな」 思わぬ沈黙が続いた事に、言葉の最後小恥ずかしくなって冗談めかしてぼかすと、 さっき腹を抱えて笑っていたレイチェルは、ふと目線を向けると 今日出会ったばかりだが、初めて見る穏やかな表情でこちらを見ていた。 とっさに視線があってしまうと、向こうもそれに気づいて再び視線をそらすが どうやら自分の主張は受け入れられたと思ってよさそうだ。 こっちも軽く咳払いしながら前を向きなおし、 「で……君の戦う理由は?」 「……ゲート」 「ん?」 「もうそこゲートだから。 パス出しとかないと通れないよ」 「お、おおっ。……って、ずるいぞラシェル。 俺にばっかり喋らせて」 スピードを緩めつつ、胸ポケットから入行パスを取り出して ゲート前に停車、衛兵の承認を得てゲートをくぐる。 「交換条件だなんて一言も言ってないもの。ラシェルじゃないし」 「えー、いいじゃん」 「あ、そこのA75で左曲がって」 無視してこれだ。 とりあえず言われるままに丁字路を曲がり、次の標識が見えると 「今度はC4」 「なあ、教えてって」 「F倉庫の手前の路地左折」 「ラシェルー」 「そこ、女子寮入り口だから、ここで止まって。  これ以上行くと蜂の巣にされるよ」 「うおぁっ!」 誘導されながら何とか聞き出そうとがんばっていたが、撃たれるとあっては話は別。 慌ててブレーキペダルを踏むと、レイチェルは颯爽と助手席からバッグごと飛び降りて 振り返る事もせずにすたすた歩き出した。 「お休みの挨拶もキスも無し?なあ、おーい」 そう言うと、高々とあげた後ろ手に中指を立てられた。 とはいえ……今日会ったばかりで、それもあの最悪のファーストインプレッションからすれば ましな方だろうか。 ギアをバックに入れ、方向転換をするとクロスは自身の宿舎の方へと走りだした。
第三話 守れたもの、守れなかったもの