第五話 脱出


第五話 脱出

「必殺!タイガーシュートっ!!」 廃材の鉄枠に網をはっただけの簡単なゴールめがけ、クロスの"ただの"インステップシュートが伸びていく。 だが、スミを目掛けて放った一撃はゴールポストに嫌われ、あさっての方向へ勢い良く飛んで行ってしまった。 「うそぉっ?完璧なコース取りが……腕、なまったか。 いやいや、ボールけるのは足だって。なんてね」 「おじさん見てないで取ってきてよ……」 「おじさんじゃない!お兄さんと呼べ」 一人でセルフボケツッコミをやっていると、周りの子供達から野次が飛ぶ。 子供に非難されながら、クロスは自ら飛ばしたボールを追って、飛んでいった方向へ駆けていった。 するとボールはアサルトジャガーの足元まで転がっており、 クロスの足音に気づいたブルーノが振り返ると、ちょうど彼の手前で止まっていたボールに視線が落ちた。 「……」 「お邪魔……かな」 「……かなりな」 むすっとした態度で……というか、いつもどおりではあったが、 スパナ片手に立ち上がると、ブルーノはボールをクロスに向かって蹴り返した。 意外にも正確なキックは、ボールをクロスの手元にぴったりと収め、 クロスも思わず「ひゅう」と口笛を鳴らして、 「やるじゃん」 「いつものことだ」 クロスの言葉にブルーノはやれやれと言うように再び背を向けた。 恐らく、こういうのもいつものことなのだろう。 子供の近くで仕事をしていると、こんな風にボールをけり損なって取りに来る子供の相手。 それを想像して思わず笑みをこぼしてしまった。 「……何がおかしい」 「いや、なんでも。  でも、思ったより子供らも元気そうでよかったよ。  さっきの襲撃で、おびえちゃってんじゃないかって気になってさ」 「戦争が近いのは慣れてるからな。  そう思うんなら、今度から遠くでドンパチやってくれ」 「肝に銘じておきます……。  ……ソリスのことは、黙っててやってくれ。 好かれてたんだろ?」 「すすんでしゃべる気など無い……もっとも、ついこないだまでいた人がいなくなる……。  そういうのが少なくないここじゃ、その意味も意外とあいつら早く知るもんだ」 だとしても、今は笑顔を絶やさないでいてやりたい。 そう思うがこそクロスも子供達の相手をしている。 ボールを両手で抱えたまま、クロスはそのブルーノの言葉に思わずいたたまれない気持ちになってしまった。 「……やだな、そういうのに慣れるってのも」 「だがここでは事実、人は死んでいる。  それは周りの大人達だけじゃない……大人の理屈で始まった戦争で本当に命を脅かされるのは、  守る力を持たない人達だ」 「……だから、おやっさんはここで戦いを?」 「……本来民を守るべき政府や連邦が仇成す存在であるなら、誰かがやらなければならないだろう」 勿論樹立したばかりの新政府や連邦とて、未来の象徴であるあの子供達をはじめとした 自国の民に好きで危害を加えようとしているわけではないだろう。 だが、そこに大人の都合が悪さをして危害を与えている。 「……たしかにね。 実際、一人の人としてこの場にいれば  戦争なんてどれだけ無益な、恐ろしいことなのかいくらでもわかるって言うのに。  それが利権だ何だってのが絡んでくると、とたんに人は人が見えなくなる。  本当に守るべき宝を、見失うんだ」 と、クロスはボールに視線を落とし、つぶやいた。 「……だがお前は、連邦の人間だ」 「……臨時雇いの傭兵だけどね」 「なら、なおさらだ。金で動く人間の物言いとは思えないな」 それはわずかに侮蔑のこもった言葉。 するとクロスも少しだけ言い返してみようと言う気になる。 「おやっさんだって、傭兵でしょうに」 「……俺が戦うのは、金や名誉のためじゃない」 言葉にわずかに怒気が混ざった。 クロスとてちょっとした皮肉のつもりだったのだが、それにはすぐに謝った。 「ごめんごめん、わかってるわかってる。……そうなんだよな。それは、あんたのこれまでの戦いを見てくればわかる。  ……だから俺、あんたをすごいって思えるんだ」 「……」 「……実際ね、俺も一人生きる分の金が稼げればいいんだ。家族もいないし、  正規の軍人として将来将軍とかそういうのも興味はないし。  ただ、こういう紛争地帯のいさかいを早く止めるために、俺みたいな力でも必要になれば  人はそこで新しく生きていける、そう思ったからここに来たりもしたんだけど……」 「……」 「……どうやら、今回は俺はヒーローにはなれなさそうだな」 「英雄ヒーロー、だと?」 それは所謂戦争の英雄としてか。 そうたずねる様にブルーノが聞き返すと、クロスは首を横にぶんぶん振って否定した。 「んー、ちょっと違う。……正義の味方ってやつ?」 「……正義なんてのはそれぞれにあるもんだ。それをかかげて誰の味方をやるつもりだ?お前は」 立ち上がるブルーノ。 隻眼の残った眼でじっとにらむ様にこちらを見ていた。 そしてその問いに対しクロスは不敵な笑みを浮かべて、こう答える。 「そりゃあ、この世で一番純粋な価値観を持つやつら、この世で一番多くの可能性を持つやつらの、だよ」 その言葉に、ブルーノはしばらく目をつぶり 何かを考えていたかのような振る舞いを見せるも、おもむろに背を向けて作業に戻ると、 「フン…………その、そいつらが、うしろでにらんでるぞ」 と、ブルーノが言った直後 どさどさっと背中に重みがのしかかった。 「ぐおっ」 「おじさん!ボールとってくるのに何分かかるのさー!」 「おじさんじゃないっ、クロスお兄さんとお呼びっ!」 「クロスいいから早くー!」 「呼び捨てかい……まあいいや、今度こそ俺の華麗なタイガーシュートを……」 「ところでクロス、ドイツ仕込みなのになんでそれ英語なの?」 「痛いところをつくね。君……」 クロスはなんだかんだ言いながら懐いてくれた子供達と、残り時間いっぱい遊び倒した。 そして…… 『ドォン!!』 あれから3時間後…… 砲撃用のゲヴェーアトアルムに換装したドゥンケルゲシュタルトの一撃は 崩落した天井の破片を吹っ飛ばす。 続けて落ちてくる天井からの岩も、ゲヴェーアトアルムに搭載したガトリングガンで弾き、 ひととおり崩落が落ち着いたところでブルーノは足元に転がった細かな岩を ドゥンケルの足で端に寄せた。 「……道は開いたぞ」 「助かる。こういう発破仕事は俺達向かないもんで」 「……」 「ん?大丈夫?ラシェル。機体の調子とかどうよ」 「……それは平気。  ……ねえ、ブルーノ=カラス」 レイチェルは一仕事を終えたブルーノを見て、おもむろに語りかけた。 ブルーノは視線を合わすことは無く、外に続く洞穴を見据えながら言葉短に答えた。 「何だ」 「……悪かった。少し、アンタの事誤解してたかもしれない」 「……無理に理解する必要も無い。 それに、はなから理解し合えてる関係の方が稀だ  人間ぶつかって初めて角が取れる。 ……丁度今のお前達のようにな」 それはあの町であった時から見て、ということだろうか。 クロスもその言葉に気をよくしてレイチェルの顔を通信機越しに覗くと、 レイチェルは一瞬きょとんとしたあと、髪の毛をくしゃっとして、 「……ほんと、誤解してたよ。  そういうくだらない事おしゃべりする奴だなんて思わなかった」 そうぶっきらぼうに言い放つと出口へ向かって歩き出した。 だが、ふと立ち止まると、 「……ソリス、弔ってくれてありがとう。 ラピスに代わって、礼を言うよ」 修理の間避難民と共にいた町の神父を引き合わせ、 今はブルーノや神父の薦めで連れ帰る事をあきらめたものの 正しく弔いをしてくれた事に礼を言った。 「……墓は、見晴らしのいいところへ移す。頃合を見て場所を教える。  ……姉にも来させてやれ」 「……わかったよ」 ブルーノもまた神妙な面持ちで答え、レイチェルも素直にそういうと しばらく進んだところで破壊しつくされた連邦のPTの残骸を発見し、 そこにはやはりあの機体の姿はなかった。 だがそれはある程度予測できていた事。三人は黙って入り口まで進み、 ブルーノの操作でゲートが開くと、外はすでに夜…… 蒼い月明かりが徐々にクロスたちの機体の足元を照らし、 昼は赤茶けた大地も今は幻想的なライトブルーに染まっている。 外は昼間の戦闘がうそのように静まり返り、アイドリング状態の機体の駆動音が聞こえる程度。 「……もう19時か……基地に帰るころには20時過ぎかな」 「ここは、軍事施設ではなかった。 司令部にはそう伝えておく」 「理解される事を願っている……が、……どの道長くは居られん。 ここは破棄するだろう。  あの娘の事もある……連絡は、町の診療所ででも取り合おう。  暗号はカナリヤ、娘が好きだった鳥の名前だ」 レイチェルの気遣いに一応の理解はするも、そうは甘くない。 そういうようにブルーノは厳しい表情で答えると、 不意に三機のレーダーに一点の反応が点った。 「飛行ユニット……この反応は……!」 「何……!連邦の機体か……!」 レイチェル、ブルーノが月夜を見上げる。 クロスも同様に月を背景に立つその機体の見覚えのあるシルエットに、 「あれは……シルバリオ……!」 そう、その名を呼ぶと、シルバリオ……ビースト小隊隊長アンドリュー=ボルコフの愛機は 試作型の熱核ブースターで飛行してきたのだろう、轟音をたてながら ゆっくりと下降し、距離をとったばかりのクロス、レイチェルとブルーノの間に立った。 「隊長……あんた、一人でここに……?」 「無事だったか、カルヴィン少尉、ヴァインニヒツ少尉」 「俺らは、ね……。 なあ、隊長、そこの奴は……」 この状況で……いや、今のこの気分ではもうブルーノとは戦いたくない。 勿論演じる事はできるだろうが、この隊長が本気でテロリストの懐刀、 連邦に恐れられたアームズ、隻腕の悪魔を滅しようとするのであれば、 どちらも無事ではすまないだろう。 緊迫した空気が漂う中、次に口を開いたのはアンドリューだった。 「…………お前達は基地に戻れ。 報告は戻ってから聞く」 「隊長、あんたは……?」 「……あの男に用がある」 そういうと共に、アンドリューのシルバリオはドゥンケルの正面を向く。 武器には熱は入っていないようだし、セーフティロックもアンロックされた様子は無く、 そもそもクロスはアンドリューがそういう騙しを嫌う人間であるのは この数週間で感じ取っていた。 だがこのタイミングで、ブルーノと話があるというアンドリューの行動は クロスとしても気になるところではある。 疑わしき男の存在もある。クロスは一度貴基地方面に向きかけたつま先を返すと 「……そこの旦那には借りがあるんだ。   そんな御仁と、はけた途端にドンパチされちゃ寝覚めが悪いんでね。  一応弁護はさせてもらいたいんだけど……隊長?」 銃を向けるわけではないが、アンドリューをけん制するようにクロスが言うと、 レイチェルもそれに同調して、 「ソリスの為にも、今はここは退かせてくれる……?隊長」 と、クロスを援護した。 その言葉に、アンドリューは 「……そうか、やはりソリス=ラザフォート曹長は……」 すべてを察したのだろう。 普段無表情な彼ではあったが そこは目に見えて残念そうな表情を浮かべ、視線を伏せた。 と、意外にもその言葉に反応したのはブルーノで、 通信画面の向こうで眉間にしわを寄せ声を震わせた。 「ラザフォート……まさか、あの娘はダンケルの娘か……!?」 「おやっさん……?」 思っても見なかった反応にクロスも怪訝な声でブルーノの方を向く。 ダンケルの娘、そういったブルーノの言葉にアンドリューは 沈痛な面持ちで頷くと、 「……ダンケル=ラザフォート整備兵と、アリサ=ラザフォート通信兵の娘です。  ブルーノ=クロー技術部長。お久しぶりです」 「……その声、その目、思い出した……空軍上がりの小僧か」 ブルーノは何かに気がついたように、そうつぶやくと アンドリューに対する警戒をわずかに解き、アンドリューも理解が得られたところで構えを解く。 一人の死をきっかけに、少し前まで戦場で死闘を繰り広げた機械の巨人たちが、驚くほど静かな時の中で 佇み、互いの言葉に耳を傾けていた。 そんな中で、クロスは顔見知りだという二人に話しかける。 「なあ、とりあえず聞かせてほしいんだけどさ。  ……お二人どういう関係?ソリスとも。ダンケルって、どちらさん?」 たずねると、それにまず答えたのはアンドリューだった。 「……俺と彼はかつて同じ部隊に所属していた。  俺は空軍で一度二度実践を経験したばかりのまだひよっこで、彼は技術部門を束ねる隊長だった。  ダンケルとアリサ……つまりラピス=ラザフォート、ソリス=ラザフォートの両親もそこに属していた。  俺たちの中隊の任務は遊撃……援軍は望めず、過酷な任務が多かったが  プロフェッショナルがそろっていたその部隊は戦績を上げていった。  そんな時だった。 部隊が分断され、俺達前線部隊と後方の支援部隊とが完全に孤立する形となった」 「それで……どうなったのさ?」 レイチェルは続きを促した。 すると今度はブルーノが口を開いた。 「……相手軍は殲滅作戦をしく為、俺達を追い込んだ。  そんな時だ。司令部から、広域殲滅兵器、MAPWの使用が通告されたのは」 「戦いの中で負傷していた俺を含む負傷兵、そして彼……ブルーノ=クローを中心とした技術兵メンバーは  後方の部隊でぎりぎりその範囲からそれていたが、  前線部隊はまさにその着弾中心点にいた」 「そんな、それじゃあまるで……」 「ああ、敵を殲滅する為の餌にされたんだ。  ……そしてそこには、俺の代わりに前線部隊の補給と通信を確保する為  当時俺の下でサブリーダーだったダンケルと、通信兵だったアリサが出向いていた」 憎しみのこもった、怒りのこもった語調で語り始めるブルーノ。 だがどこか悲しみも感じ取れるその言葉に、 何か言い出せない、言い出しにくい言葉があるようにも感じた。 「撤退は、撤退はできなかったの?いくらなんでも……」 「そこは紛争地帯、地域にはまだ民間人が残っていた。  そしてそこには、彼の家族もいた……」 レイチェルが言いかけるが、言葉をさえぎりつつアンドリューはブルーノを見て、そう答える。 それにはレイチェルも閉口して、通信越しにブルーノの顔を見た。 「……そのダンケルって人、いやそれだけじゃない、あんたの仲間達は……」 「……ああ、俺の代わりに何とかそのエリアの火消しをしようとしていた。  だが、形勢が揺らいだと見るや連邦の連中はすべてを焼き尽くす悪魔の炎を、  懸命に命を救おうとしている、懸命に命を守ろうとしている連中、  そして何より罪も無い小さな命の頭の上に落としたんだ。  無論表向きの発表には、前線部隊の全滅を確認してとのことだが、  無線で俺はダンケルと発射の寸前まで話をしていた。  だが、発射と前後して通信が途絶え、  俺は部下やそこの小僧が止めるのを振り切り合流を急いだが……このざまだ」 「おやっさん……」 「片目、片腕を失う重傷だった。   だが一命をとりとめ、退院できるか出来ないか……まだそんな時期に突然彼は姿を消した。  連邦軍属としての証すべてをその場において、な」 そして今に至る……そういうようにその場を沈黙が支配した。 クロス、そしてレイチェルもかける言葉が見つからず、ただ閉口してこの居た堪れない空気を いかにして変えるか、そんな思索にふけっていると、 ブルーノのドゥンケルがおもむろに振り返り背中を見せて、 「……無駄話が過ぎたな。今日ここでお前達とやりあうつもりは無い。失せろ」 と、いつかのような調子に再び戻ってしまう。 だが戦場とは違う彼の別の面を見て、そして今の話を聞いてクロスは、 「ブルーノのおやっさん、あんたは今でも……いや、昔も今も変わってないんだな」 「……」 「俺は、あんたを尊敬するな。出来れば戦いたくないって、思う」 笑みを浮かべ、そう言うと それにはブルーノは少しだけ嫌な表情を見せて、吐き捨てるように言いかける、が…… 「……温い事を言う奴だな。さっきまでは貸し借りあってのこと、  この期に及んでガキみたいな奇麗事を……」 「……でも、あんたの存在がいずれこの均衡状態のひずみとなって、  より強大な力でこの一帯を火の海に変えようとする意思があったなら、  悪いが俺はそのミサイルを迎撃するだけの技術もやめさせるだけの権力はない。  泥臭くっても、目的を倒すことで、悲劇を食い止めさせてもらう」 「……」 「ま……押さず押されずうまく立ち回ってるあんただ、そう簡単に戦略兵器を撃たせない  引き際ってものを心得てらっしゃる。  実は意外と近い未来、共闘することも……あったりなんかしてな」 最後は冗談めかしてそう言うと、 ブルーノも気がそがれたのか何も言わず踵を返し、その場に背を向け ゆっくりと洞窟の中へと姿を消した。 そして三人はその場を後にし、一路ベースへと戻ることとした。 基地に戻った三人を出迎えたのは事情を知らないラピスだった。 憔悴はしていたものの、妹の生還を信じての出迎え…… ケージに機体を固定したクロスは言葉を捜しながら、 キャノピーをあけるまでの時間を少し長めにとって、 ふぅっと一息、深い息をついて腹を決めるとゆっくりとコックピットの扉を開けた。 「……たまんないな」 一言つぶやき、コックピット前まであげられたリフトに足を下ろし、 降下スイッチを押すと駆動音を上げてリフトはケーニヒスティーゲルの足元へ降りていく。 そこには、出撃の時会話したクロスに心の底ではやはり期待していたのだろう、 一人で機体から降りてきたところを見て、少し落胆と、やはり、といったあきらめに似た それらの感情の混じった顔でクロスを見るラピスの姿があった。 「ラピス……」 「お帰りなさい、クロスさん。  レイチェルも、迎えに行った隊長も無事で……何よりです」 それぞれ機体から一人で降りてくる二人を見て、もう一度クロスの方を向きながら 笑顔で言うラピスだったが、その笑顔は勿論哀しい笑顔だった。 クロスは伝えなければいけない言葉、それを伝えようとしたが ラピスのそんな思いもよらぬカウンターパンチを受けて言葉を失ってしまう。 「あ……いや……。……」 「機体のメンテは急いでやりますから……気になる箇所があればいっておいてくださいね」 「……ラピス……」 あくまで普段どおりに努めようとするラピス。 だが、それはどこか普段を取り繕うとするがゆえに機械的で、 そして平静を保とうとすればするほど、その声、その表情には 受け入れざるを得ない現実を目の前にして、堪えることができなくなっているのが 痛いほど感じ取れる様子だった。 「今朝の作戦で二人が……帰還できなかったってきいて……私心配しました。  二人とも……無事で……私……っ」 徐々にその哀しい笑顔が崩れていく。 勿論二人の無事は喜んでくれているのだろう、だが、そこに託した希望が 叶わなかったこと、そして、クロスのその表情がどういう意味を成しているのか 察したことで、ラピスはもう顔を上げることが出来ず、 両手で顔を押さえると涙をこらえ切れずに、そのまま膝を崩してしまう。 クロスはとっさにラピスの頭と背に手を回し、自身の胸の中へと体を預けさせると ようやく自身も伝えるべき言葉を言う覚悟を決め、 「……すまない、ソリスを……守れなかった」 「うっ……く……ふっ……うああっ……!!」 彼女の中で揺らいでいた現実を決定付ける一言。 それにラピスはこらえていたものがあふれ出すように、 クロスの胸の中で感情を爆発させた。 「あの子は立派だった……。 捕虜、ではあったんだろうけど  非戦闘員……っていうか、その場に居合わせた子供を危険から身を挺して守ろうとして……。  ……ごめん……俺、嘘……ついた。……連れて帰ってやることが、できなかった」 「うっ……うっ……」 「……俺を恨んでくれていい。ゲイリーの言ったとおり、  俺が飛び出したばかりにソリスを危険にさらし、  あと少し到着が早ければ、ソリスを……っ」 守れたかもしれない、そう言いかけた所でラピスの拳がクロスの胸を 弱弱しく叩いて言葉をさえぎった。 それを受けてクロスは、はたと、自分が言いかけた言葉に 出撃する前ラピスがかけてくれた言葉がリフレインして、 「……そうだな、これ以上君に気を使わせるのは……余計つらいよな」 ラピスは穏やかではあったがずっと気丈に振舞っていた。 こちらに非があると言っても、気にするなといってくれる。 平気であるはずがないのに、笑みを浮かべられる心情などではないはずなのに。 肉親を危険にさらした事を、批難されても仕方がないとこちらは思っているのに それでも希望を信じ、仲間を信じる彼女のその心の強さに、 クロスもどうしても報いてやりたかった。 だからクロスはただ、彼女の力になれなかった事……その事としての 意味を込めて、今一度強く抱きしめながら 「……ソリスを助けられなかった事……許してくれとは言わない……言えない……  君は優しいから、きっとうんと言ってしまうだろうから」 「っ……ううっ……」 「……ただ俺は、君や君の妹に受けた命の借りに必ず報いる……。  そう思う事、そう誓う事は、許してほしい」 胸の中で泣くラピスを抱く力にわずかに力を込め、クロスはそうラピスに許しを請うた。 それに対してラピスは泣く事はやめなかったが、高ぶる感情の中で わずかに首を上下したようにクロスには見えた。 それが少しだけクロスの心に光をさしてくれた。 「……それから、心配してくれてありがとう。ラピスのマシンのおかげで俺達無事に戻れた。  戦闘レコード出力とか、メカニックへの引継ぎは俺達でやるから  今日……っていうか、ちょっとの間少し休んで。な?」 と、クロスが言うとそれまで様子を見ていたレイチェルもラピスの肩をぽんと叩き、 「そうだよ……あとはクロスが全部やるって」 「ぜ、全部かい……いや、やるやる、やるよ」 「バカ、冗談。戻ったら私も手伝う。……ラピス、部屋まで送るよ」 レイチェルはそう少しおどけて見せると、ラピスの肩を引いて彼女を部屋まで送ろうと踵を返す。 と、その時だった。 軍服に身を包み……は、軍の基地なので当然だが、ヘルメットをかぶり さらに肩からぶら下げているのはショットガン、腕には腕章が付いた、 普段この格納庫では見かけない顔の連中が五人、クロスたち三人の前に立ちふさがった。 そしてそのうちの一人が一歩前に出て口を開いた。 「ラピス=ラザフォート准尉、我々と同行してもらう」 「えっ……」 男の言葉に、ラピスは状況が飲み込めず言葉に詰まる。 状況が状況であり、レイチェルがその間に割って入ると、 レイチェルはその相手……腕章にMP……ミリタリーポリス、 つまりは軍警であると標榜する連中に対し睨みを利かせるように反論を試みる。 「あんたら……MP?ラピスが何したって言うのさ」 すると男は一枚の紙を取り出した。逮捕状だ。 「准尉には反逆の容疑がかけられている。取調べの為、同行してもらう」 「反逆!?冗談、どこのどいつがそんなふざけた容疑を」 手を大振りにしてレイチェルはそれが笑えない冗談だと言い放つ。 だが逮捕状を手にしたMPをさえぎるには足りず、 後ろにいたうち2人が、レイチェルをラピスの前からどけると、 残る2人がとても抵抗する力も気力もないラピスの腕をとった。 「ちょ……待てって!何かの間違いじゃないのか?」 クロスも反論を試みるものの、先ほどから頑なにラピスの逮捕を告げる男は クロスの眼前に逮捕状を突き出し、 「ラピス=ラザフォート、第一遊撃特戦部隊「通称:ビースト小隊」所属、階級は准尉。  反政府ゲリラに通じたとして、軍組織に対する反逆容疑として取調べを行う。  ……クロス=ヴァインニヒツ、レイチェル=カルヴィン、お前達も  関係者として後ほど任意にて事情聴取を行う。 別途召喚するので自室にて待機していろ。  ……連れて行け」 男が言うと、ラピスを両サイドから抱えた二人が本部施設へとつながる通路へ足を向け、 レイチェルを押さえていた二人もラピスの今度は前後を挟むように立ち、 男の先導でその場をあとにしようとした。 「お、おいっ!!」 「ラピス!!おい!待てお前ら!」 「クロスさん……レイチェルっ……私、違う……っ!」 男達に囲まれた合間からやっと聞こえたラピスの悲痛な声。 クロスの言葉もレイチェルの恫喝もまるで聞こえないという風に、MP達はラピスを連行しようとしていた。 いろいろな事が頭を駆け巡る中で、不意にレイチェルは拳を握りながら一歩前に踏み出して 「クロス……あんたさ、ラピスの事……どう思ってる?」 「……?藪から棒に……」 「いいから早く!答えて……!」 見えなくなる前に答えを聞こうというのか、答えを急ぐレイチェル。 それに対しクロスは、ここはレイチェルの望みどおりに 「……いい娘だ。ああいう子好きだよ」 と、答えてやると、レイチェルは少しほっとしたような、ただ少し寂しげな 微笑を浮かべ、「そう」とだけつぶやいた。 また少しだけラピスたちが遠ざかる。クロスはすかさず今度はレイチェルに問い返した。 「……ラシェルは?ラピスのこと」 「……。……好きに決まってるじゃない」 一瞬の逡巡は、「ラシェル」呼ばわりによるものだろうか。 だが今それに付いて議論している暇はないとしてスルーしたレイチェルの答えを聞いて、 クロスはにこっと笑みを返して畳み掛けた。 「じゃあ俺は?好き?」 「死ね」 切れのいいカウンターパンチのような答え。 そうそうこれだ、というセリフが返ってきてクロスは思わず笑みをこぼしてしまう。 そして、クロスも一歩前に出ると、 「ははっ。俺はラシェルの事は大好きだよ。  ……だからさ、自分一人でラピス助けるだなんて言わないよな?俺寂しくって泣くよ?」 「……勝手に泣け、馬鹿」 レイチェルが笑ってくれた。それだけで、戦える。 「それに、俺達もひっかかってやった方が……かえって大物釣れるかもよ」 そしてただただ追い詰められるだけで終るつもりがない事を口にすると、 二人は同時に駆け出していた。 「まずは囲ってる奴から!」 「了解!」 ラピスの両サイドにいたMPに、重く硬いブーツでの蹴りをお見舞いする。 「ぐあっ!!」 「ぐぅっ!」 いくら女性のレイチェルであっても全体重のかかったうえきちんと戦闘訓練を受けての飛び蹴り…… しかも不意打ちであってはさすがに訓練したMPもたまったものではない。 クロスとレイチェルが蹴った二人は頭から資材のダンボールの山に突っ込んでいき、 着地と同時に体重の軽くより距離のとんだレイチェルが、ラピスの前を歩いていた男の横で 下段の足払いで転ばせ、相手が倒れたところでその肩からずれ落ちたショットガンを蹴り飛ばす。 そしてそのまま自身も倒れこみ、全体重をかけたエルボードロップを鳩尾に決めて 無力化させてしまう。 「やるぅ!」 クロスも負けじとラピス後方のMPのパンチを軽くいなし、 相手の大振りのフックの隙を見てしゃがみこむと、がら空きの懐から顎をめがけ 強烈なアッパーを命中させた。 体が浮くほどの衝撃に耐えられるわけもなく、激しく脳を揺さぶられたMPは そのまま仰向けに倒れてしまった。 「なっ……!貴様ら!」 「悪いね、返してもらうわ、彼女……っていででで」 クロスはラピスを抱き寄せながらにこっと笑ってこれまで主導権を握っていたMPの男に言うと、 レイチェルに頬をつねられ引き剥がされる。 「ドサクサ紛れにくっついてんじゃないよ」 「あれ、妬いてる?ぐはっ!」 次の瞬間裏拳が顔面を襲う。 これでは相手にやられる前に味方にやられてしまう。 というか逃がしてしまいかねない。 「つつ……とにかくだ、大将。  彼女を連れてく事は、俺とこの怖いお姉さんが認めないって事さ」 「ついでに吐いてもらおうか。どこの誰だい、ラピスを反逆者だなんて吹いたクソ野郎は」 「うう……」 拳を鳴らしゆっくりとMPの男に近づくレイチェル。 すると男も、訓練されたMPを瞬時に四人伸してしまう二人組みに対し、 距離も近いこの状況、銃ひとつで形勢をひっくり返せるとも思っていないのだろう、 気圧された様子で後ずさりするが、それはすぐにレイチェルが距離を詰めるので 次第に壁際に追い詰められてしまう。 追い詰められて男は、 「貴様ら……自分達が何をしてるのかわかってるのか……!」 「こっちの質問に答えな!」 「これは重大な反逆行為だ。容疑などじゃない、現行犯そのものだぞ……!」 「って言っても、俺ら正規の兵隊さんじゃないしね。  故あれば他所の戦場じゃ相手方ってこともありうる人間よ?  それを承知で雇ってるんじゃないの?おたくら。  ま、こっちも無闇に敵を増やすつもりもないんだけどさ。今回だけは話が別って奴?」 「そういうこと。権威なんざ振りかざしたって無意味なんだよ。  さあ、さっさと吐きな!」 レイチェルがついに手の届く距離に詰め寄った。 男はとっさに拳銃を抜こうとするが、レイチェルはそれを手刀で払い落とし、 反射的に相手のみぞおちにボディーブローを叩き込む。 「おぁ……っ」 完璧な一発。体を“く”の字にして崩れ落ちる男に レイチェルは眠る事を許さなかった。 襟首をつかんで引き起こすと、朦朧とした表情の男を覗き込み、恫喝した。 「さあ、言いな!誰がラピスをはめたんだ!?」 「く……くく……」 「笑ってる……さてはマゾか?」 嗚咽かとも思ったが、確かに笑っていた。 真意を測りかねてクロスが男の様子を今一度よく観察していると、 さっきレイチェルが銃を払い落とした手とは反対側に、別の何か機械を持っている事に気づく。 「おい……、そいつ何か持ってるぞ?」 「ははっ……、これは緊急コールさ。  もう1分もしないうちにここに衛兵がなだれ込んでくるぞ。  三人まとめて逮捕……いや、反逆の現行犯で銃さ……がぁっ!」 言い終わる前に顔面への膝蹴りで黙らせると、レイチェルは銃を3つ拾い上げ 2つをクロスに放り投げる。ひとつはラピスに持たせて置けというのだろう。 まだ半ば現実を受け入れられていないような状況のラピスの、 とりあえず彼女がいつも使っているツールバッグの中に押し込んでやると、 にわかに遠くから足音が聞こえてくることに気づいた。 「く……ホントに呼んだっぽいな!ラシェル、とりあえず機体に乗り込むぞ!」 「それしかないようだね……!ラピス!」 「レイチェル、クロスさん、私なんかのために……」 「そういうの、今はナシナシ!……っ!ラシェル!隠れろ!」 ふと気づいた、2階の渡り廊下からこちらを狙う衛兵の姿。 こっちが気づいた事に向こうも気づくと、容赦なく銃の引き金を引いてきた。 「く!」 レイチェルはクロスの言葉に反射良く動き、物陰に隠れる。 クロスもラピスをかばうように自分の陰に入れながらケーニヒスティーゲル側の陰に隠れると、 「クロス!ラピスを機体へ!今はあたしがひきつけるから、  二人とも乗ったらあたしが機体に乗るのを援護して!」 「大丈夫か?」 「誰に言ってんの!……それからラピス!そこのバカがいたずらしようとしたら  ポーチの中の銃で撃って良いから!」 「味方に撃たれて死にたくないよ!  ったく、無茶するなよ!」 ツッコミは忘れずに、ラピスの手をとってケーニヒスティーゲルへ急ぐ。 レイチェルの言葉どおり、彼女の反撃で相手の目がそちらに向いてる隙に、 こっちは陰をとおり機体の外部パネルへ。 コックピットからワイヤーが降りてくると、クロスはうやうやしげにラピスの手をとり、 「今ひとたびは失礼、お姫様」 「えっ……!きゃっ!?」 ぐいっと抱き寄せてワイヤーに足をかけると、二人分の体重を乗せたリフトワイヤーが クロスとラピスをケーニヒスティーゲルのコックピットへといざなった。 すぐにラピスをシートの裏側のサブシートブロックに座らせると、 「ちょっと狭いけど我慢してくれる?」 「はい、大丈夫……です」 「よし、そいじゃ可愛い子ちゃん、起動!」 ケーニヒスティーゲルの起動スイッチを入れる。 ついさっきまで稼動していた為、各部もまだ暖まったままで レスポンス良くクロスの指示に応じケーニヒスティーゲルは すぐさまレイチェルと追っ手の間に手を割り込ませた。 「お待たせ!」 「遅い!」 レイチェルがこちらに手を向けてそう叫ぶと、 パン!と乾いた音とほぼ同時にカン!と金属のはねる音が聴こえた。本当に撃った。 もちろん機動兵器、それも比較的装甲の厚いケーニヒスティーゲルのわざわざアーマー部分に当てたわけで 38口径の銃弾など多重装甲の前にクロスはおろかフレームにも届きもしないが、クロスは思わず叫ぶ。 「あいた!お前今撃ったろ!」 というと、カメラの向こうのレイチェルは走りながら中指を立てて 「ドサクサ紛れにラピスに抱きついたろ!」 「しょうがないでしょうよ……ほら、早く乗った乗った!」 こんなのもいつものやりとりのうち。 とはいえ、本当に撃つので恐ろしいったらありゃしないが。 アッカンベーするレイチェルを尻目に、とりあえず装備を手に取りつつ 衛兵への牽制もわすれずにしていると、 程なくしてアサルトジャガーにも灯が入ったのを確認する。 「お待たせ!二人とも!」 まもなく映像通信がレイチェル機とつながると、クロスもサムズアップで応じながら 「ちっとも待ってないよフロイライン。お忘れ物は?」 「犯人をぶん殴るって用事以外は特になし!」 「上等、ま、それはおいおいな。  それじゃあ行きますか!ラピス、しっかりつかまってろよ」 軽くやり取りを済ませ、クロス、そしてレイチェルは格納庫入り口、 そしてその向こうに広がる夜の森に視線を向けた。 真実と自由の為の脱走……それを目前にラピスも声を絞り出すように 「あ……は、はい……っ」 と、答え、それを聞いたクロスは先陣を切って、 そしてレイチェルもあとを追うようにして警報も鳴り始めた格納庫……そして 数ヶ月をすごしたこの基地を飛び出した。
第六話 未来への約束