第六話 未来への約束


第六話 未来への約束

着の身着のまま、自身の体と機体だけで基地を抜け出した三人は 月明かりが照らす夜の山岳地帯へと足を向けていた。 月の光が照り映えて青白い岩肌が幻想的にも薄気味悪くも思える無機質な世界を スラスターの明かりを放ちながら二つの影が抜けていく。 脱出の思い切りがよかったおかげか追撃も今のところ見られず、 ここまで飛ばしてきた機体を休ませる意味でスピードを緩めると、 不意にシートの背後に座らせていたラピスが、クロスに対し 脱出後初めて口を開いた。 「……クロスさん、あの……」 「ん?ごめん、飛ばしすぎたかな、気分でも悪い?」 「あ、いや……そうじゃなくて……。  ……すみません、私なんかの為に二人も脱走兵扱いに……」 「ああ、そんなこと?」 「そんなことって……だって……」 「言ったでしょ。俺達傭兵は故あれば明日は敵味方かもしれない。  タイミングが当初の予定とちょっと変わっただけだって。  ま……お給金もらい損ねたのは残念だけどね」 最後はおどけて言うと、それはラピスは真に受けてしまったのか、 「ご、ごめんなさい。この埋め合わせはきっと……」 「ああっと、冗談冗談。一昨日給料日だったし。ほら、現金だってこんな。ね?俺、イズ、リッチメン。  それよりさ、そっちこそよかったのかな……。  勢いあまってMPのしちゃって、俺達契約と違ってラピスこそ正規の軍人さんなのに」     よくよく思えば、クロスもレイチェルも明確にラピスに助けを求められたわけではない。 ただ、あの状況を目の前に二人とも黙って指をくわえていたくはなかったし、 反逆の現行犯が目に見えている状況を前に行動に出たのは、何よりそこにラピスの涙があったからだ。 自らの行いをこじつけて正当化するつもりはないが、 それは、彼女が救いを求めていたから、だと信じたい。 クロスもよくよく冷静になってそうたずねると、 背後のラピスの気配はどこか吹っ切れたような、そんな笑みを浮かべたようで 「いえ……二人が助けてくれた事……今もこうして、そばにいてくれる事……  それが、何より嬉しいです……。  もう、あそこには何もなかったから……」 父も母も、妹もいない。極めつけにすべてを失ったラピスに軍が与えたのは、反逆という汚名。 それは誰の目から見てもあんまりな状況だ。 そしてクロスも、レイチェルも、その反逆の容疑は腑に落ちなかったというのもある。 身を粉にしてチームの為に尽力してくれたラピス、まだ経験は少ないながらも必死にチームをフォローしてくれたソリス、 そして命を懸けて仲間の家族の命を救おうとした二人の両親、そんな彼らに対する仕打ちがこれとは 怒りを通り越してあきれてしまうほどだ。 「……そういうこと言いっこなしでさ。  俺達ラピスの力になりたいって、そうおもったからそうしただけだし……  今もこうして一緒にいれるのがやっぱり良かったって思うしさ」 それは本心だった。 だがそれと同時に今回の事の次第、いささか人為的な工作の臭いもあったのも事実。 クロスは、今回のこの顛末をここで終える気は、なかった。 「……まあ、ひとまず落ち着けるところ探すからさ。  一眠りしなよ。……機体の整備で最近寝れてないんでしょ?」 「でも……」 「俺達ならいいって。今はラピスが少しでも気力体力回復しなきゃ」 「……すいません。じゃあ、お言葉に甘えて……」 ラピスはそう言うと、後ろのサブシートで何度か居心地を確かめるように動くと、 5分もせず静かな寝息をこぼして眠りについた。 「……ラピス?……寝たか」 小声で後ろに向かって問いかけるが、返事はない。 変わりに小さな寝息が返ってきた事を確認すると、 それまで黙っていたレイチェルが、久方ぶりに通信機の向こうから声を放った。 「……寝た?」 「みたい、だね」 クロスもそう答えると、映像通信に切り替わり 若干ノイズ交じりの画面の向こうには少しだけ微笑を浮かべたレイチェルが待っていて 「……ありがと、あたしの言いたい事、言ってくれて」 一瞬クロスもドキッとするような、思いもよらぬ彼女からの礼の言葉に 「え、あ……いや、仲間だし……大事な。俺も、そう思ったから」 と、言ってからそのたどたどしさに自分でイライラしてしまう。 するとレイチェルもそんなクロスの様子がおかしかったのか、 あるいは脱出劇のテンポのよさがよほど爽快だったのか、 「意外とコンビネーション良いのかもね。あたし達」 なんて事を言ってくれる。 今度は努めて"らしさ"を貫こうと、クロスは軽く咳払いをして 「コンビネーションなんてビジネスライクな事言わないで、  素直に二人の相性抜群って言ってよくてよ?」 というと、レイチェルも笑いながら 「馬ー鹿」 と、返してくる。 だが今日はそこでは終わらず、レイチェルはきちんとした礼の言葉を付け加える。 「でもまあ、あんたがいてくれたおかげでラピスを助けられた。  それについては礼を言っておくよ」 「それは俺も同じだって。   それに……俺と一緒で、君もこれで矛を収めるつもりなんて、ないんだろ?」 軽口から少しだけ声のトーンを落として、まじめなクロスでそうたずねると レイチェルもまた、狩りの前の獣のようなギラッとした目に戻り、 「……そうだね。 許すつもりはないよ。ラピスを、ソリスをこんな目に合わした奴は」 「そこで提案なんだけど……おやっさんに世話になるのはどうかな。  せめても、ラピスを預かっててもらうとか」 「それはあたしも同じ事考えてた。 ブルーノ=カラスには借りを作る事になるけど……  今、あたし達が頼れるのっていったら彼ぐらいだもの。…………っフフ……」 そう言ったレイチェルが不意に含み笑いをこぼしたので、 クロスが見間違いかと怪訝な表情を浮かべると、 「ああ……いや、こないだまで倒すべき相手だって言ってた奴が、  今唯一頼れる相手ってのも、皮肉だなって思ってさ……」 「……まあそれも世の無常ささね。  それにおやっさんには俺達になくてもラピス達に借りがあるはずだ。 守ってくれるさ。  そもそも後始末におやっさんを巻き込むつもりはない、だろ?」 お互いこのあとどうするつもりかしっかり話し合ったつもりはない。 だが自分達を取り巻く環境とこれまでの話を総合した時、 決着をつけなければいけない時、相手というのは、わざわざ確かめる必要もなく おのずと見えてくる。 「まあね、けど狙い通り追ってくる?」 「逃げたのが俺達とあれば、普通の連中じゃ手に余るのだってお偉いさんだってわかってるだろうし。  ま、追っ手がこなければ逃げるだけだよ」 「逃げ切る自信あるんだ?」 レイチェルが興味深げにたずねてきた。 クロスもそれなりに裏な人脈を知っている。 いざとなれば身分を隠すだけの手続きは取れるのでそこについてはクロスもさほど心配していない。 そしてその時は、多少ふっかけられるではあろうが レイチェルとラピスの分もどうにかするつもりでいた。 それがクロスのラピス、ソリス姉妹に対する礼と贖罪であり、 口はきつくともここまで背中を預かってくれた相棒・レイチェルへの礼だった。 「ま、蛇の道は蛇ってね」 「ふうん……。でも、あたしはこれで終わらせるつもりは無いよ。  裏でこそこそ何をしてるか知らないけど、ラピスやソリスをこんな目にあわせた下種野郎を絶対表に引きずり出してやる」 「まあ、それについては俺も同感……って、呼びかけに応じた!  暗号通信、このエンブレムは……」 不意に通信画面に暗号通信の要請文が送信されてくる。 その見出しには、足が三本のカラス……八咫烏、ただし片翼のそれの紋章が刻まれていた。 それは戦場で見た、ドゥンケル=ゲシュタルトのパーソナルマークに他ならなかった。 「カラスのマークに暗号は緑の鳥さん……っと」 聞いていた暗号、canariaのスペルを打ち込むと通信は通話状態となりいずこかと繋がった。 「……どうした、一体」 通信の向こうから聞こえたのはブルーノの声。 怪訝に思うような口ぶりで言うのは、さっき基地に帰投したばかりのクロスたちが 2時間やそこらでまた接近してきた、しかも、味方もつけずに何かから逃げるように まっすぐ基地から離れていくその様に、ブルーノは何かあったと思ったのだろう。 こちらにとっては渡りに船のその状況に、クロスはここまでのいきさつをかいつまんで伝えた。 すると…… 「……解せんな。あの隠れ家でのお前達の話を聞いたときも違和感は覚えたが」 「でしょ?でもまあ、俺らも追われる身とはいえついさっきまでは敵方だったわけだし、  こんだけ大きな図体してそう都合よく匿って貰おうなんて思っちゃいないさ」 大きな図体というのは勿論PTのこと。人一人隠匿するというのとはわけが違う。 自分達が転がり込む事でブルーノへの迷惑は勿論、批難する人たちを危険にさらす事になる。 だがせめて、ラピスだけは……そう思ってブルーノに接触を試みたのだ。 するとブルーノは、 「あの娘の姉を、俺に預けるというのか?」 「義理……あるでしょ?責任は勿論ないけどさ」 「……お前達はどうする」 ラピスについては半分受諾したと言うような、残るクロスとレイチェルの事をブルーノが尋ねてくると、 クロスは映像通信でつないでいたレイチェルともう一度、眼で意思を確認して、 「ラピスとは……別れる。 目立つ俺達が逃げた方が軍の目はこっちに向くし……  それに、ケリをつけなきゃいけない問題もあるしね」 と、こちらの総意……ただしラピスには伝えていない、クロスとレイチェルの結論を伝える。 それを聞き、通信の向こうのブルーノはしばらく沈黙を固め、 わずかにトン、トン、と机を指で叩くような音が聞こえていたので通信が繋がっているのは確認できた。 おそらく思案を凝らしているのだろう。 そして程なくして、一拍の呼吸の後、 「…………わかった。 今からポイントを送る。そこで合流しよう」 「助かる、おやっさん」 クロスの礼には特に応えず、ブルーノは通信を切った。 とにかく、ラピスの安全は確保できそう……その事にクロスはホッとしてシートに深くもたれかかると、 通信画面の向こうではレイチェルもホッとした表情を浮かべていたので、 この行動の選択は今のところ間違いではないと安心しつつも、共にかくまってとは言えなかった事に 「……一緒に助けてって言えればよかったんだけど」 「いいよ、あんたの言ったとおりジャガーやタイガーと一緒じゃ目立ちすぎるって。  そこまで……オヤジさんやあの子らに迷惑はかけらんないよ」 「すまん、もうちょっとだけ力を貸してくれ……レイチェル」 ここから先はシビアな展開になる。変に機嫌をそこねてこの良い関係を崩しても元も子もない。 ここはふざけるところではないだろう、と正しく名前を呼ぶと、 どういうわけかレイチェルはじろりとこちらをみて、黙ったまま答えようとしてくれない。 「……」 「レ、レイチェルさん?」 「……調子狂うよ。 普段しない事を無理してすると、いわゆる死亡フラグ?ってやつで死ぬよ?」 「脅かすなよぅ。 えー……じゃあ、ラシェル?」 意外な彼女の言葉に、それではとお言葉に甘えてラシェルと呼ぶと、 ようやく満足したというように、笑みを浮かべ、そして再びイラついた表情を作って見せたレイチェルは 「あたしの名前はレイチェルだっつってるでしょ?何度言わせる気?」 結局怒るのだ。とはいっても、当初と違ってその表情はだいぶ柔らかいのは明らかで、 「り、理不尽だなぁ」 とクロスも答えるがそれは、じゃれている程度のやりとり。 そんなこんなで1時間度、騒音を抑えながら静かに移動を繰り返して 指定されたランデブーポイントにもう少しという地点。 左右は崖に囲まれてるがその崖もゲリラの見張り台が設置されている場所。 見方によっては、今現在周囲360度から銃を向けられているような状態だが、 今となってはこれぐらいの方が安心感があっていい。 人の気配はするもののすでに話は通っているようで、こちらが攻撃されるようなものではなく、 山間を抜けて約束の場所までもう少しと言ったところで、クロスは背後で物音を感じ振り返った。 「ラピス?」 「……、ここは……?」 「ああ、もうすぐ落ち着けるところにつく……」 「クロス、前!」 「っ?どうした、ラシェ……っ」 ラピスに話しかけようと後ろを見たところへ、突如レイチェルが声を荒げる。 それに驚いてあわてて前を向くと、月明かりにうすぼんやりと機体のシルエットが浮かび上がるのが 目視にて確認できた。 そしてそのシルエットこそ他でもない、ブルーノのドゥンケル・ゲシュタルトだった。 するとすかさずその機体から通信が入る。 「遅かったな」 「おやっさん!?わざわざ機体で出てこなくても……  ……ラピス、彼がブルーノだ。大丈夫、ちょっと見た目あれだけど、良い人だから」 ラピスを迎えに来るだけなのだから、てっきりジープか何かで迎えに来てくれるものだとばかり思っていた。 ところがふたを開けてみれば、ドゥンケル・ゲシュタルトがこれまでとはまた異なる兵装で立っているのだ。 その状況にレイチェルは、 「ブルーノ=カラス……、こっちの申し出を受け入れてくれる、って思ってていいの?」 機体が出てきたということは、少なくとも何らかの警戒があってのこと。 やはりこちらの話は都合がいい話に聞こえたのか。 レイチェルも厳しい表情でたずねると、ブルーノは、 「……何かあった時守れないだろう。お前達をな」 と、言ってドゥンケル・ゲシュタルトの武装を展開する。 その言葉と共に展開されたのは、これまでの剣や砲ではなく、機体をカバーできるほどの 大型の、しかも多重装甲材を使ったシールドで、武器こそ携行しているが 今回のブルーノの装備は言葉どおり誰かを守る為のまさに象徴的な装備だった。 「守る……俺達を?」 「自分を捨てて誰かを守れる奴は、利の為に人を陥れたりはしない。  お前達もひとまず俺のいるキャンプへ来い」 「だけど、あたし達にはまだケリをつけなきゃいけない問題が……  それにあんたのところには民間人だって……!」 「これから連れて行くキャンプには避難民はいない。  まだあれから2時間程度しかたってないんだ。  基地に帰っててもろくな補給も出来てないだろう。   機体の足首だって応急処置だ。 せめて最後のケリぐらい、万全な状態でやってこい」 そこは昔気質の技術屋としてのプライドなのだろう。 これからひとつのけじめを付けに行こうというパイロットの気概に 最大限協力してくれるそのブルーノの気風には、レイチェルも驚きを隠せずに目を丸くしていた。 クロスも驚いたものの、なるほどブルーノらしいと思わず笑みがこぼれた。 そしてここはありがたく受け取るのがまた、礼儀であろうと、 それについて言葉をはさむのはやめて、ただ一言、 「ありがとう、おやっさん」 そう言うと、画面の向こうのブルーノはフン、とかるく鼻を鳴らし 機体の向きを返しクロスたちの先導をするように歩き出した。 途中何度か方位を変え、ブルーノのキャンプにたどり着いたのは、やはり1時間ほどたっての事だった。 そして、到着と同時にケーニヒスティーゲル、アサルトジャガーが整備に取り掛かるために ブルーノがあらかじめ指示していたメカニック団が機体を迎え入れると、 機体から降りたクロス、レイチェルに、渦中のラピスが思わぬ言葉を口にした。 「え……?今なんて……」 「私も……二人の機体の整備、手伝います。いえ、やらせてください……!」 「ラピス、無茶だよ、そんな体で……」 レイチェルが気遣うも、ラピスは少し寂しげながらも笑みを浮かべ、 「私のために……こんな事に巻き込まれた二人に、私が出来る事って言ったら限られてるし……  あの機体は私が一番よく知ってるから……。  それに、何かしてた方が気がまぎれるから。 心配しないで、レイチェル。  二人のおかげで、私だいぶ楽になったよ」 「ラピス……」 気丈、といえばそれまでだが、そうまで言うラピスを止める言葉をレイチェルは持たず、 そんな彼女の言葉を聞いてブルーノは、ぽん、とラピスの頭に手を置いた。 「……仲間の言葉だ。聞いてやれ」 との言葉は勿論、レイチェルとクロスに向けて。 「それに偵察の無人機を飛ばしているが、警戒エリアにまだ連邦の追撃隊の姿はない。  お前達はパイロットとして戦いに備えろ。 ここから先は、俺達の仕事だ」 「おやっさん……」 それはメカニックとしての矜持、とでも言うのだろうか。 メカニックの戦いは今、そして次がパイロットの戦い。 戦いはそれぞれにある。クロスにも、レイチェルにも、ブルーノにも、そしてラピスにも……。 ブルーノの言葉に、クロス、そしてレイチェルもそれ以上ラピスを止める事は出来ない。 クロスはラピスの想いも受け止めてやるべき。そう考え、 レイチェルの肩に手を置いた。 そして二人が受諾したのを見て、ブルーノは視線を下げてラピスを見る。 「……お前が、ダンケルの娘か」 「父を……知っているんですかっ?」 「母親の事もな。アリサ=ラング、いやラザフォートの迅速かつ正確な通信は部隊でも評判だったが  ……なるほど、顔立ちに面影がある。  それに、自分の手がけた仕事への丁寧さと頑固なこだわりは……父親似だ。  ……俺はブルーノ。 名前を聞こう」 「っ……ラピス、ラピス=ラザフォートです」 かつて軍に所属していた彼女の父と母は聞いての通り後方支援職。 多くを撃墜して英雄と呼ばれることも、大軍を指揮して名将とたたえられる事もない。 だが、支援であろうと誇りを持ちその職務を全うしていた父母を ラピス、ソリスは尊敬していたというし、それをこうして見ていた人、 そして何よりそんな父と母の仕事をラピスを通して褒めたブルーノのその言葉が、 名を答える彼女にいつしか元気を与えていた。 その目の輝きにブルーノはめったに見ない笑みを浮かべ、 「よし……。では、ラピス。お前の機体だ、お前がチーフを勤めろ」 そう言うと、一瞬ラピスも目を丸くするが、 それがブルーノの冗談でもなんでもない、本気の一言であるとわかると 「……はいっ……」 小さいが、気持ちの入った返事を返す。 すると、笑みを浮かべたブルーノは一転厳しい表情をラピスに向けると、 「声が小さい……!あの機体はお前が面倒を見るんだろう!」 「はい……!」 「お前の仕事が、パイロットの命を守る……!そんな弱腰で仲間を守れるか!  もう一度、声を出せ!」 「はいっ……!」 「お前の戦場はここだ!いいな!」 「はい!!」 それはまさしく軍隊式の檄。 もっとも、2m近い屈強な体格のブルーノと、技術職と言えど 設計やエンジニアリングが主なラピスとでは、ブルーノの檄に ラピスは吹き飛ばされでもするんじゃないかとおもえるほどの勢いの違いはあるが、 だがラピスは負けじと気合を返し、そしてそれはブルーノにも受け入れられたよう。 声を張り上げ、肩で息をするラピスに ブルーノはぽん、と肩に手を置くと 「それだけ元気があれば大丈夫だ……。  家族を失う苦しみ……それは俺にもわかる。  だが、苦しいだろうが、辛いだろうが今は我慢しろ。  こいつらは、もう二度とその同じ過ち、苦しみを繰り返さないよう戦おうとしている。  そして俺も、もう二度と後悔しない為全力を尽くす……。   力を貸せ、ラピス=ラザフォート」 その言葉に、一瞬涙ぐむラピスだったが もう腹の底に気合は込められた。 「……はい!」 これまでよりもより重い返事が、ブルーノに返された。 それを受けブルーノは、電話で仲間に作業開始の指示を出すと、 不意にラピスがクロスとレイチェルを何回か見て、ブルーノの服のすそをつかんだ。 「……すみません、仕事の前に、3分だけ……時間いいですか?」 「……、わかった。作業の準備は進めておく」 「すみません。それと……」 背伸びしてもまだ足りないが、耳打ちをしたいのだろうと気づいたブルーノは少しかがんで ラピスの耳打ちを受けると、視線をレイチェルに向けた。 「……お前」 「あたし……?」 「……そうだな、先の損傷の後の改善具合を確認したい。  作業の前に機体のところで話を聞かせろ」 「あ……ああ、クロスのは?」 「先にお前だ」 不意に話を振られて呆気にとられたレイチェルを半ば強引にブルーノが連れて行く。 有無を言わされぬままその場を退席させられ、後にはクロスとラピスだけが残った。 「……あらら、連れてかれちゃったよ。休めっつったのに」 「すみません、ちょっとだけ……そしたら休んでください」 「ああ、いいのいいの。冗談。で、俺に話?」 クロスもラピスが話したい場面を作りたがっているのはわかった。 そこは変に茶化さずちゃんと話を聞こう。 そう思っていた。 すると、ラピスは少し言葉に詰まるような、困ったような表情を見せ、 時々アサルトジャガーの足元で話しを聞くラピスの方を見たり挙動が落ち着かない。 だが、1分ほどだろうか、そんなことの繰り返しに疲れたような大きなため息をこぼすと、 「……クロスさん、レイチェルの事……守ってあげてくださいね。  あの子……ああ見えて結構弱いから、クロスさんみたいにいざと言う時落ち着いて  周りを見て動いてくれる人がそばにいてあげないと、危なっかしくて」 困った子の事を話すような笑みで言うラピス。 だが、それはどこかさびしげにもクロスには思えた。 「……俺で、いいのかしら。  さっきもラシェルって言って怒られたし」 「そうですね。ちょっとクロスさんその辺しつこいから」 「たはー。手厳しい」 くすっと笑みを浮かべるラピスに、クロスもおどけて言う。 やはりその会話に、彼女の本当にしゃべりたい事はないように思えた。 だが、クロスからそれを言う事は、できない。 そこからラピスは、遠くのレイチェルに視線を向け「でも」と言うとさらに言葉を続けた。 「……クロスさんと出会ってからレイチェルはどこか楽しそう。  彼女ってああだから、私の見てきた限り今まで女の子として男の人と話した事は無かったと思う。  でも、時々……ううん、今、クロスさんを見るレイチェルの眼は……」 そこまで言って、ラピスは言葉を止めた。 そこから先の言葉を言わない、言えない理由。 そして本当に言いたかったラピスの言葉が、そこまででクロスにはわかってしまう。 でも、ラピスの言うとおりクロスは……クロスの選んだ人は、一人だった。 「……ありがとう、大丈夫……。あいつは、必ず守るよ。  できれば……、これからもずっと……。  そして今度こそ、絶対に…………もう二度とは、君との約束を違えたりしない」 「……約束ですよ?」 うつむき加減につぶやくラピスのまなざしが前髪に隠れる。 クロスはそれにうなずき、そっと手を伸ばしてラピスをそっと抱きしめると、 「ああ。そして、君の汚名も必ず雪いでみせる。ソリスと、君のくれたこの力に誓って」 ケーニヒスティーゲル、そしてここにはいない彼女の家族に向かって そう誓うと、クロスの腕の中でラピスは黙って、ゆっくりとうなずいた。 そして、ラピスはクロスから離れると、袖で涙をぬぐい 「……それじゃあ、行ってきます……!」 「……ああ。よろしく。……と、ラピス!」 「は、はい!?」 ふと、重要なことを思い出して整備に向かおうとするラピスに向かって声を上げた。 ラピスも驚きながら振り返ると、 「いつも肌身離さず持ってる情報端末、あれってこれまでの整備データとか入ってるよな?」 「え、ええ」 「ちょっと見せてくれる?ええと、日付は……っと、で、機体はこれ」 「あ、でもそれクロスさんのじゃ……」 「いいのいいの。……なるほど、さすがラピス。情報のまとめかたも丁寧♪」 ラピスの端末から目的のデータを見ると、 クロスは手持ちの端末にデータをコピーする。 情報はすぐに送られ、クロスは端末をラピスの手に返した。 「あの……今のって……」 「まだピースは全部そろってないから、後で伝えるけど……  ありがと、この情報しっかり生かすよ」 にこっと笑みを浮かべ、ラピスの頭をぽん、と撫でると その手を今度は背に当て彼女を送り出す。 ラピスも怪訝な顔を浮かべながらも自らの仕事の為にその場を後にすると、 そこへ背後からレイチェルと別れたブルーノがやってきた。 クロスは気づくもそのままの姿勢で、 「もういいの?ラシェルとは」 「どうせたいした用はない」 やはりラピスに気をつかってくれたのだ。 こういうあたりやっぱり"イイ人"だとクロスは思わず笑みをこぼす。 そして振り返るとやはり大柄のブルーノをやや見上げる感じで 「でも、ホントありがとう、ていうか……ここまでしてもらう義理は俺達には無いって言うか……  なんかすごい申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど……  ……ラピスのこと、本当頼んでいいのかな」 「ああ。人一人かくまうのは大して難しい事じゃない。  アレだけ目立つ機体なら話は別だがな」 ラピスの安全の為クロスとラシェルは囮になろうとしていること。 その安全を確実なものにする為、ブルーノを頼ろうとしている。 都合のいいことではあったが、それも受け入れてくれる彼の器の大きさに クロスは「かなわないな」と頬をかきながら苦笑いすると 「あの娘の事は気にするな。  俺の家族の為命を捨てたダンケルとアリサには、それでも返して余りある借りがある」 「でも俺達はさ……迷惑かけてただけじゃない」 特にあの避難民施設での戦い。 知らなかったこととはいえ、女子供ら非武装の人間を危険にさらしてしまった。 うらまれる覚えはあれど助けてもらえる義理はないはず。 そう言うとブルーノは、 「……確かに、お前達のおかげであの場所も捨てざるを得なくなった」 と切って捨てる。 クロスも苦笑いし罰の悪い表情を浮かべるが、 ブルーノの言葉は終わっていなかった。 「……だが、お前達のおかげで笑顔を取り戻した奴らもいる」 と、その言葉に浮かぶのはクロスがチョコをあげ、またサッカーで遊んであげた子供達の姿。 だが、すぐさまそんなクロスの微妙な表情の変化にブルーノが口を挟む 「……あの子供らだけじゃない」 「……おやっさん、心が読めるの?」 「……お前達が取り戻した笑顔、他でもない、ラピスのそれだ」 「ラピスの……」 クロスが反復すると、ブルーノは背を向け夜空を見上げる。 そんな彼の口からつむがれるのは、先に聞いた彼の過去の話。 「……俺はかつて、班長として仲間を守れなかった。  それどころか奴らの家族に悲しみを与えてしまった」 「それは……おやっさんのせいじゃ……」 軍が状況の早期収束の為大規模攻撃を仕掛けたのが原因。 だが、ブルーノの思いは違うのだろう。 「いずれにせよ……俺は仲間を、友を救うことが出来なかったのだ。  怪我以前に、上層部の決定に対して抗う術を見出せなかったからだ。  ……だが、お前達は違う。  お前達は自らの立場や身の保障全てをかなぐり捨ててでも友を守った。  それでも失うものは多かったが、お前達はラピスの笑顔を取り戻した。  ……俺はお前達のそういうところが気に入ったんだ。どうにも青臭くてな」 そう言うと照れ隠しだろうか、 ブルーノはクロスの頭をくしゃっと片手で乱して 整備場の方へ足を向けた。 「おやっさん……」 「……この坂の下の町のホテルで休め。 避難してボーイもいないが寝床ぐらいはある。  どうせ整備が終わるのは早くて朝だ、終わったらだれか起こしに行かせてやる」 「あらら、ホント至れり尽くせりだね」 「物資は少ないから飯は期待されても困るがな。素泊まりで我慢しろ」 珍しく冗談を言う。 それが面白くてクロスもおどけながら肩をすくめ 「そこはほら、我慢しますよ、大人だし」 「じゃあ、さっさと大人しく休んで体を万全にしておけ」 そんなやり取りをしてクロスはブルーノと別れ 言われたとおり宿へと向かう事にした。 町につくとまばらな明かりでなるほど確かにひと気が少ない。 言われたホテルも土壁には銃弾のあとがあり 一度は何らかのごたごたがあったのだろう、避難して誰もいないのはうなずける。 ただごく最近人の気配があったようなのは、ここに避難してきた人や ブルーノらが寝床として使ったりする事もあるせいだろう。 ランタンでささやかに灯された廊下を歩いて 木製の扉をあけるとそこはシングルベッドが二つ並んでゆったりもセパレートしても使える寝床が 備えられた後の装飾は簡素な部屋。欧州ではよくあるタイプの部屋だ。 クロスは荷物を机に置いて、とりあえず手洗いに立つ。 廊下に出て突き当たりにある手洗いで用を足し、戻るとばったりレイチェルと鉢合わせした ……と、同時に突きつけられるのは38口径拳銃の銃口。 「わあっ!?」 「うわっ!……びっくりした。クロスか。お化けかと思った」 「お化けに銃が通用すると思ってるのか……」 「ゾンビには効くわよね」 「……」 映画の見すぎだこの野郎、とか言おうとしたが銃を持ってる相手にこれ以上の口論は危険が危ない。 本当にゾンビかお化けにされてしまうのでとりあえずまずはその銃を手で押さえておろさせると 「で、アンブレラなゴーストバスターズはこんな夜中にどうしたの?あ、お花摘み?……ヒッ」 と、手洗いを親指で指しながら言うと その直後パン!と銃弾が斜め後ろの土壁に穴を開けた。 「デリカシーのない芋野郎は頭ぶち抜いて殺すってあたし決めてるんだ」 「お、おちつけ、そ、そう、お化けは坂の上の整備場にねっころがってたよ」 「そりゃそうでしょ。元はゲシュペンスト亡霊なんだから」 ため息をつきながらレイチェルは銃をおろし、クロスも冗談で何とか切り抜けて事なきを得る。 そんなやり取りの末、レイチェルは不意にクロスの顔をじっと見るので クロスも目をぱちくりさせてその視線に応えていると レイチェルはがっくり深いため息をついて 「はぁ……あんた、ホントにマイペースね」 「それが取り柄でございますので……」 多分褒められてないのだろうが笑みを浮かべて応じておく。 レイチェルは再びため息をつき、くるっと踵を返して クロスが荷物を置いた部屋の隣の部屋に入り、ベッドに倒れこんだ。 クロスは開きっぱなしの入り口からそれを覗き込むが レイチェルは機体につんであった自分の予備の衣類を丸めただけの 簡素な枕に顔をうずめじっとしている。 おやすみ、と声をかけ立ち去るるべきかどうしようか迷っていると、 不意にレイチェルのほうから声がかかった。 「……クロス、さっきラピスと何はなしてた?」 それは会話をしようという事か。 恐る恐るクロスはレイチェルの部屋に入ると、ベッドとは反対側にあった 粗末な椅子に腰を下ろしてレイチェルのほうを向いて質問に答える。 「んー……必ず勝つよって」 「……嘘」 こっちの微妙な言い回しに感づいたのか、すぐに嘘と見抜いてくるレイチェルに クロスは苦笑いを浮かべどう答えようか迷っていた。 真実を話すと言うことは、自身のレイチェルへの想いを今この場で伝える事になるが それではあまりにムードがない。 とはいえ、それもある意味「らしい」といえばそれまでだが、 クロスがどう答えるべきか迷っていると、不意にレイチェルが言葉をかぶせてきた。 「……ラピス、アンタの事好きだよ」 「……それは男として光栄の至りだなぁ」 「茶化す気?そういう話をしたんでしょ?……付き合ってあげないの?」 それは親友ゆえか、同じ女性同士ゆえか、あの時のラピスの態度でわかっていたというレイチェルの指摘に クロスはいよいよ答えに困って、口を開いた。 「うーん……多分言葉の裏にはあったんだろうな。  でも結局、そういうことにはならなかったよ」 「……なんでさ」 こちらには顔を見せないままの言葉にちょっと怒気がこもる。 それは親友を蔑ろにした事への怒りであろうか、 これは早々に弁解しておかなければ後が面倒くさい事になる。 そう考えてクロスはすぐに言葉を返した。 「いや、俺……他の子に気があるってラピスも知ってたから。  ……てゆーか、それを言わせる?俺に」 「……」 それには今度はレイチェルが黙ってしまう。 その理由は、やはりラピスの言ったとおりか、 いや、クロスもわかってはいた。だが、それを言葉にして何かが変わるのが不安でもあった。 でも今は、それでも伝えるべき言葉がある気がする。 クロスは椅子から立ち上がりレイチェルが倒れこんだベッドに腰を下ろすと、 レイチェルも気づいて体を起こす。 そんな彼女の肩を掴んで今度は仰向けに倒し、真上から、真正面からレイチェルの顔を見つめた。 「クロスっ……」 「……思えばこんな風にちゃんと顔を見た事、なかったね」 なんだか照れるのはそのせいか、いや、きっとそれだけではないだろう。 目の前にいたのは普段男勝りで快活なレイチェル=カルヴィン少尉でも、 アグレッシブなインファイター、アサルトジャガーのパイロットレイチェルのどちらでもなく、 親友との想いの葛藤に悩む、一人の年頃の女の子の顔だった。 クロスのその言葉に彼女は顔をそむけるしぐさを見せるが、 抵抗といえばそれだけで、クロスが押さえつける肩と腕からは いつもの勢いは感じられない。 「……あんたがいつも、茶化してまともに顔を見ないだけ……」 「照れ屋だからさ、俺」 「どこが」 「照れ隠しなんだって。信じて。  ……好きだよ、ラシェル」 クロスは再び彼女を自分の呼びたい名で呼ぶ。 ここまでくれば腹はくくった。 どうあっても彼女をそう呼ぶと。 すると、彼女……ラシェルはそむけた顔を恐る恐るこちらに向け、 クロスはそれにタイミングを合わせるように顔を近づけ、 ランプの明かりがうすぼんやりと部屋を照らす中で そっと彼女の唇に自身の唇を重ねた。 「ンッ……んん……」 一瞬驚いたようにビクッと体が反応したが、それ以上さしたる抵抗はない。 彼女が受け入れた、それを認識するとクロスは掴んでいたラシェルの手を 互いに指の絡むように握らせる。 肩に乗せていた手もそのまま首筋から頭を撫でるようにして這わせ、 その間もラシェルは反応し、一分ほどだろうか、 指を絡ませた手を離し、そのままそっと体に触れようとすると 「ンむ……あっ……ク……クロスっ……」 不意に機敏に反応して、クロスと顔を離した彼女は 無抵抗だった手足に再び力を込めてクロスの体をとりあえず自分の上から 押しよけて体を起こした。 「あっと……ラシェル……」 「……駄目……」 彼女の口から返ってきたのは拒否の言葉。 受け入れてくれたようにも見えた分ショックをうけたが、 彼女の顔には葛藤の様子が伺えた。 クロスは彼女の次の言葉を待つと、 「……今は……駄目」 と、言い、 起こした体をひねってあきかけていた窓の木戸をそっと指で押した。 そこから見えるのは坂の上でわずかにともる明かり。 整備場そのものは地下とシートで地上からは隠してあるが 道しるべの為に置いてある松明が目にはいったのだろう。 「……ラピスや、ブルーノ=カラスが自分の戦場で戦っているのに、こんな……」 それは友や協力してくれた者達へ良心の呵責。 それは確かにそうだ。クロスも性急過ぎたと返す言葉も無いが、 そんなクロスの表情を見て彼女も少しあわてて 「あっ……でも……  今が……駄目なだけで…………別に……嫌じゃ……ないから  いざこざがっ、片付けば別に……って……あたし何言ってんの……  そう、アンタがあんまりラシェルラシェルっていうから……あたしどっかおかしい……」 「……、じゃあ、俺のせいってことにしておこうか」 クロスは残念さにも勝った彼女の思わぬ可愛さにクスッと笑みをこぼし、 そんなコメントに対してもラシェルは、 「そう……あんたのせい……あっ……」 服の胸元をぎゅっと掴んで視線をそむけ言う台詞はそれが精一杯。 クロスはそんな彼女の意思を受け入れ、 再び顔を近づけるがそっと頬に口付けをしてやるだけにすると、 クロスは首から下げた"お守り"のチェーンを外し、ただ通してあっただけのそれを手に取ると そっともう片方の手で、ラシェルの左手を持つ。 「クロス……それ……」 「……大好きだったお祖母ちゃんの形見。 昔お祖父ちゃんからプロポーズの時もらったんだって。  将来一番大事な人が出来たときあげなさいって、俺が子供のときに貰ったんだ」 そう言いながら、ゆっくりとクロスはそのお守り……いや、形は小さいが窓から射すわずかな月明かりでも 強く輝く石がはめ込まれた指輪を、ラシェルの左の薬指に通す。 「ん、よかった。サイズがぴったりだ」 ほっとして思わず笑みがこぼれてしまう。 それはサイズが合ったことももちろんだが、この一連のくだりをラシェルが受け入れてくれたことが 何よりもうれしかった。 そしてそれ以上は何も求めず、クロスはベッドから立ち上がり、腰を伸ばすポーズをとって振り返り、見ると 自身の左手をもう片方の手で握りながら、じっとその隙間から指輪を見つめるラシェルがそこにはいた。 「……、」 そこにいたのはいつもの男勝りで勝気なレイチェルではなく、人並みの幸せを前に喜びを感じる乙女。 クロスは改めて彼女が受け入れてくれていることに胸が熱くなると、 おもいきり伸びをして、シャドーボクシングのようにシュッシュッと軽く2、3回 パンチのポーズを見せて言った。 「じゃあ、がんばってケリをつけるとしますか  この先のシーンに行く為なら俺超がんばっちゃうから」 「……クロスのエロ助」 その言葉に枕にしていた衣類をぎゅっと抱きしめ顔をうずめながらラシェルが言うと、 クロスはやめればいいのに茶化したい虫が騒いでしまい、 「あれ、この先って言っただけなのに。  ラシェルってば一体この先ってどこまでいく気なのかしらん……って……」 まずい、さすがに撃たれるか。 あわててドアの陰にしゃがんで隠れるクロス。 だが、いつまでたっても銃弾どころか椅子も荷物も飛んでこない。 そおっと顔をのぞかせると、そこで飛んできた靴がクロスの顔面を直撃した。 「ぐあっ!……ナイス時間差……」 サムズアップで作戦勝ちを称えると ずり落ちる彼女の軍靴の向こうから不意に現れたラシェルの顔。 不意をつかれたクロスの額に彼女がキスをすると、 きょとんとするクロスを他所に 「じゃあ、死なない程度に死ぬ気でがんばりなさいよ。  あたしに、ラシェルで呼んで笑顔で答えてほしいのなら」 "レイチェル"は不適な笑みを浮かべ言うのだ。 そんないつもの調子の彼女に、 「……死なないように死ぬ気でってそりゃあなかなか注文がきびし……ぶっ!」 「つべこべ言うな」 顔面を手で押さえつけられてツッコミはあえなく却下された。 だが指の間から見える彼女の顔は明るい笑顔で、 クロスは今一度、他ならない彼女の笑顔の為に戦おう……そう心に誓った。
第七話 暁の決戦