第七話 暁の決戦


第七話 暁の決戦

……その後クロスも部屋に戻り眠りに入る。 それからどれくらいの時間がたっただろうか……。 意識がまどろみの底に沈んで久しい頃、どこか遠くで爆発のような音が聞こえた気がした。 と、次の瞬間クロスの体は衝撃と共に地面に投げ飛ばされた。 「うわっ!?あいた!」 「クロス!起きろ!」 一瞬で覚醒へと引き戻されたクロスの腕を取って引き上げるのは他でもないレイチェル。 彼女の手にはクロスが寝る際に敷いていたシーツが握られていた。 「なぁ……俺、テーブルクロス芸のネタ?クロスだけに……」 「言ってる場合じゃない!敵……敵が来た!」 「……!マジか?  もっと早く警戒とか……」 と、クロスが言いかけたところで部屋にラピスが飛び込んできた。 「クロスさん!レイチェル!」 「ラピス!」 息せき切らしてかけて来たのだろう、息も切れ切れのラピスを レイチェルが助け起こすと、 「ありがとレイチェル……  二人とも、機体へ……!」 「奴らが来たのか?かなり近いみたいだけど……」 「試作のレーダー反射幕を持ち出したみたいで……無人偵察機から  その姿を隠して接近してきたみたいです。ただ、数機分しか数が無いからまさか  このタイミングで使うとは思ってなかったんですけど……」 「数って何枚?」 「今基地にあるのは2枚です。本当は作戦遂行の為の3小隊分12枚本部の技術局から  送ってくるはずだったんですが、特殊任務で使うとかで接収されて今は2枚で……   ものとしてはPTをすっぽり隠せるだけの…… 「カスタムゲシュ計3機相手に2枚ぽっちで突っ込む奴……  思い当たるのがちょうど二人しかいないな」 考えうる最大の強敵にクロスは頭を抱えてしまう。 だが、それはクロスも想定内、というか、うまい事針にかかってくれたといったところだ。 「……ま、ここまであっさり近づかれたのは想定外だけど、  奴さん、辛抱しきれず出てきたか。 ラシェル!ふがっ!?」 いくぞ!と振り返った矢先に平手打ち。 パァン!と小気味いい音を立ててクロスの頬が赤く染まると、 「ちゃんと呼ぶ!」 「……レイチェルって言っても、怒るくせに……嫁の貰い手なくなるぞ……?」 「……え……」 「あ……いや、嘘嘘ごめん、大丈夫」 クロスの冗談の切り返しに、一瞬素が出てきたラシェルに思わずクロスも平謝りしてしまった。 この状況下でのそんなやり取りにさすがのラピスも唖然としながら手を振る。 「あの……二人とも……?」 「ああ、ごめん。気合入れてもらってただけ。  そいじゃ行こうか、これ以上ここに迷惑はかけらんない。  迎撃は……間に合ってるのか?」 外の様子にクロスがたずねると、 ラピスはここに駆け込んできた時のような逼迫した表情で首を横に振り、 「迎撃システムは、遠距離射撃でほぼ沈黙……  向こうの射角外の砲台、トーチカはシルバリオが……。  二人の機体も最終仕上げ中だったのでブルーノさんが  単身ドゥンケル・ゲシュタルトで出撃を……!」 「っ!!」 その言葉を聞いた瞬間、クロスもレイチェルも部屋の入り口に手をかけた。 「ラピス!整備の仕上げは!?」 「それが終わって今……告げに来ました……!」 「サンキュ、ラピス!ラピスの仕事……オヤジさんの仕事、無駄にはしないわ!」 「右に同じく!!待ってろよ……ブルーノのおやっさん……!  ラピスはシェルターに隠れてるんだ!」 「はい!」 後は自分達に任せろ、そう彼女に告げ クロスとレイチェルはケージに格納された愛機の元へと急いだ。 外は夜明けごろ、 機体に飛び乗り二人は急ぎキャンプから1kmほどの戦場へ到着する。 するとそこには、ゲヴェーアアルムを装備したドゥンケル・ゲシュタルトと、シルバリオの姿があった。 シルバリオの方に損傷はほぼなく、対してブルーノのドゥンケル・ゲシュタルトには いくつもの銃創が付き、被弾もそこそこ。 分が悪い状況に追い込まれているのは見て取れた。 「おやっさん!」 「……隊長……!」 クロス……そしてレイチェルがその場に到着すると、にらみ合う両者の視線が一度二人に向いた。 「……来たか」 「おやっさん、後は俺らに……。何で一人で出たりしたんだよ……!これは俺らの戦いなのに!」 「格納庫にいた俺が一番早かったからな。 それより、敵は奴一人じゃないぞ」 ブルーノの視線がアンドリューのシルバリオに向く。 それが意味するところ、そしてその別の敵というのはクロスとレイチェルにもとっくに予想がついていた。 「ああ、わかってる……!  出て来いよ!!スナイパー!」 クロスが叫ぶ。すると、シルバリオの後方の岩陰から伸びてくる砲弾がクロスの足元を狙って着弾した。 クロスはとっさに身を翻しそれをよけるが、地面は地雷でも踏んだように爆発し、 砂埃があたりに立ち込める。 スナイパー……ゲイリーの駆る、ハンターレオパルドの一撃で視界が封じられた中、 クロスの機体に通信が入った。 「クク……お前が裏切ってくれてよかったよ。これで心置きなくお前を消せる。  ソリスの仇はとらせてもらうぜ」 「……芝居はそこまででいいんじゃないか?」 「……何……?」 「お前は彼女を見ていなかった。そう言ってるのさ。  あの時、ソリスがいなくなった時……やっぱり彼女の誘拐と言う状況を作れたのはお前しかいない。  あの時、お前はソリスにレーダー手としての役目を放棄させていた。  軽口のように言ってたんだろうが、実際自身の機体のレーダー精度確認の為に干渉を避けるためとか言って  キャリーのレーダーをOFFにさせていた。  ……これは、ソリスちゃんから最期に聞いた証言だ。  それは自らの機体のレーダー精度が高い事、それからそれらの機能のレクチャをさせたことで、  さも自信があるようにな。そうしてる間に、お前は仲間を至近距離まで招いた。  誘拐犯、それから、襲撃部隊をね」 「……」 クロスの主張にゲイリーは言葉を閉ざしたまま。 クロスはさらに言葉を続けた。 「お前は、あの飛行ルート防衛ミッションにあたって、ソリスちゃんの誘拐計画……そして  あわよくば、俺を消す計画を考えていた」 「……」 ゲイリーは何も言わない。クロスは続けた。 「……ソリスの誘拐については、ゲイリー、あんたが直接彼女を気絶させ、  近くに控えさせておいた仲間に拉致させた。 拉致した仲間は、気絶した彼女を  旧体制側ゲリラ……それに近しい町村の避難民キャンプ近くに取り残し、  あたかもゲリラに拉致されたように見せかけた。  一方で俺の方は、あらかじめ仕込んでおいた追撃ショーにまんまと誘い込み、  俺が追っ手を追い払ったところで待ち伏せていた襲撃部隊に攻撃させた」 「フッ……ハハハ、妄想もそこまで行くと感心するな。  その時俺はお前と小娘の命を助けてやったんだぞ?殺すつもりなら何故助けに行った?」 「……やっぱりね」 「は?」 それは待ち望んでいたゲイリーのボロ。 クロスは手を広げて大げさなしぐさを見せながら問いかける。 「なーんであんた、追われていたのが小娘だって知ってる?」 「それはお前……お前が言ってただろうが」 「俺は、ゲリラの小競り合いって言ったよ?  勿論本当はあんたの言うとおり、旅人の子猫ちゃんだったが、  融通の利かないあんたにかかっちゃ、基地まで事情聴取で連行するとか言いかねないからな。  特に害もなさそうだったし、逃がしてやるためにそう言ったのさ」 「っ……見えたんだ、そうだ。お前を助ける時に見えたんだよ」 「それこそありえないね。あんたが来るより前にあの子は岩屋に隠れさせた。 襲撃部隊の攻撃から守るためにね。  その証拠に、攻撃を受けた後あんたを通信で呼んだし見回したがその時点じゃ答えなかった」 「通信回線が混乱していただけだろう……ばかばかしい」 「仮にそうだとして、やっぱり小娘って判断するのは不可能さ。  なんたって、俺も声を聞くまで女の子ってわからなかったからな。  彼女が女の子だと知るためには、俺の通信を聞いてて応えないようにするか、  あらかじめ追われることを知っていたかのどっちかになる  ま、いずれにしてもあやしいよね」 「……ぐ……」 「結果的に助けた、って言うつもりなんだろうけど、  実はあんたは俺をぎりぎり殺し損ねたってのが多分正解。  あの戦車、気づかず俺が飛び出していれば狙い撃ちされてあの世行きだった。  ……あの子が軍用通信に割り込んで助けてくれなきゃ、俺は死んでたのさ」 「……あのガキ……ッ!」 「……自供ってことでいいのかな?さっきの女の子の件も含めて。  ついでに言うと、あの時俺と通信してたのはあんただけど、  俺の動きに呼応して戦車を打ち抜いてくれたのはあんたじゃない。  恐らく最初は俺を狙っていた別のスナイパーさ。  あんたはその頃ソリスの誘拐で忙しかったはずだから。  証拠は二つ。  一つは戦闘レコードにあったその時のあんたの狙撃音……  通常わざわざ味方の狙撃の音紋照合なんざしないが、  出撃前に基地内で試写した時と音が違った気がしたんでね。  あとで俺の機体が拾った音を調べてもらったらまるで違う銃だってことがわかった。  後もう一つはハンターレオパルドの整備記録の中からは、当日銃口は焼けてなかったとのデータが出ている。  まるで、使ったかのように見せかけて弾を捨てたみたいだってラピスが言ってた。  おまけに狙撃のための軌道計算やらターゲッティングの記録は一切データに残ってない。  整備記録はラピスだけじゃなく、作業主任も確認を取っているからとりあえずこれは隊長に送っておく……、と。  こいつのシステムじゃスコープを通してロックオンした場合、弾道計算や距離のログが残るはずだからね。  まさか肉眼で狙ったわけじゃないだろ?  大方計算にかかったっていう60秒も、狙撃担当に状況を伝える時間だったんだろうさ  ちなみに、あとでまた町に医療物資運んだとき町の人にきいたんだけど、  あの数日前に近くの町の食堂で、旅の途中らしい女の子に大金を渡して何かを頼んでいた  20代の男がいたって話を聞いたんだけどね。  それがどうにも言葉のイントネーションとかさ、イギリス人ぽい雰囲気らしくて」 クロスが状況から推測を述べるとゲイリーは押し黙ってしまった。 さらにクロスはもうひとつの状況について言葉を続ける。 「後もうひとつ、今朝のあの洞窟での出来事だ。  突入したチームは2つ。俺とラシェル、お前とマゼンタ小隊。  中で分かれて俺達が先におやっさんと接触したところで、  暗がりからの投擲・射撃だったけど、アレはお前だろ?」 「ふ……フン、貴様らの敵とのつながりがわかったからな。反逆者を撃っただけのことだ」 「状況確認もせずにか?まあそれならそれでいいさ、語るに落ちたってところだし。  だったら、マゼンタ小隊を全滅させたのもあんたってことになる。  あの時洞窟内には俺、ラシェル、ブルーノのおやっさんの機体のほかは  あんたとマゼンタ小隊しかいなかったんだぜ。  そのマゼンタ小隊を始末して残骸を投げたのはアンタ今自分自身だって白状した」 するとそれを聞いていたレイチェルがかわって声を荒げた。 「こいつ……!おい!何が目的だ!  何が目的でクロスを殺そうとして……、何でソリスを殺した!」 「そう、これといって目的も正体もわからなかった。  正規の兵隊じゃないことは自己紹介はともかく佇まいからわかった。  今日のゲリラ施設襲撃の情報が何らかのリードである事を考えると  一瞬諜報部側の、内部氾濫分子摘発を目的とした奴かともおもったが、  それにしては連邦に不利益な作戦を、動きを良く見せる。  じゃあ、対ゲリラ戦に動員されたビースト小隊を内部から瓦解させると考えるのが  スマートだけど、でもやつはブルーノのだんなのご同輩じゃない。  それに、味方……ここで言う仮定としてこいつがゲリラ側だったとしても  本来守るべき側に大きな打撃を与えるような作戦は  やむを得ず参加せざるをえないことはあっても、自ら進んでする事はない気がする。  と、すると一番しっくり来るのは……旦那!8時の方向撃って!」 「!」 クロスの言葉に、ブルーノのドゥンケルゲシュタルト右腕に装備されたカノン砲が 轟音を上げ、夜明け前の薄明るい周囲を赤く照らしながら砲弾を放つ。 放たれたそれは、石や土以外の何かを吹き飛ばし、 同時に大きな爆発をもってそこに何かがいた事を物語った。 「ちぃっ!」 ゲイリーの舌打ちと共に、周囲に機体の反応が続々と現れる。 そこに現れたのは機体を覆う布のようなものに身を包んだ濃紺の夜間迷彩を されたゲシュペンストが9機、夜明けの荒野に姿を現す。 一機今ブルーノが仕留めたので計10機が潜んでいたのだ。 「さて……彼らは誰のお友達かな。隊長のお仲間では、なさそうよね」 シルバリオ……アンドリューもすぐさま現れたゲシュペンストにロックをしたことから 隊長の差し金ではないようだ。 となると……というか、ほぼそれしかないが、前に出てきたゲイリーのハンターレオパルドが 包囲するゲシュペンスト達の間を割って姿を現すと、 映像通信の向こうのゲイリーはうつむきながら、だが少し肩を揺らしたかと思うと、 「クク……ハハハハッ!  傭兵の癖に良く頭が回るじゃないか。ホームズにでもなったつもりか?」 「俺はどっちかと言うとコロンボの方が好み。  うちの嫁さんが言ってた。 裏でこそこそする奴は必ず表に引きずり出す、ってね」 「チッ、ふざけやがって……!だがてめえは運がよかっただけだ、  それもここまで、アンドリュー=ボルコフ共々全員始末してやる」 「やっぱり隊長も込みか……ってことは奴は連邦でもゲリラでもない第三者……」 クロスがそこまで言うと、アンドリューが言葉を続けた。 「……この国の新政府側の人間、か」 「なるほどな……それで裏でこそこそしてた理由も、連邦、ゲリラ双方に不利益な行動を  取っていたことも合点がいった」 ブルーノもクロスやレイチェル、アンドリューと背中を預けるような形を取りそう言うと それを耳にしたゲイリーは高笑いして銃を向ける。 「ハハッ!そうさ、俺は新政府側に雇われた傭兵……  新政府の体制に反を唱える旧政府側の頼みの綱である隻腕の悪魔、  そしてそれに手をこまねく連邦支部が、対隻腕の悪魔向けに結成した腕利きの傭兵で集めた特殊部隊、  双方にダメージを与えることで、旧体制側の沈静化……そして、  新政府にも連邦は治安を守るには力不足であると言う口実を与えることが出来、  その結果大国との利権争いや加盟後の地位的にも有利になると言うわけさ」 「そのスパイが、お前……!」 正体を現したゲイリーをレイチェルがにらみつける。 クロスは今にも飛び出しかねないアサルトジャガーを軽く手で制止しつつ、 「そりゃたいそうな任務だこと。で、なんでイギリス人のあんたが?中東の新興国のスパイを?」 「陳腐な質問だな。 俺は傭兵だ。高い金を出す方につく、それだけのことだ」 「なるほど、そいつはご立派。傭兵の鏡だね。  だけどスパイとしちゃ三流だ。   もうちょっとお宅の国のボンドみたいに華麗にできないもんかね」 「貴様……っ!  ……フッ、だが何を言おうが状況はかわらん」 「そうかい?」 激昂するも、余裕の笑みを浮かべ見下すゲイリーにクロスがたずねると、 「これを見ろ!戦力差は倍!それにお前達二人の機体はあの洞窟での戦いで損傷している。  この短時間でまともな修理が出来るはずもない!」 「……」 「それに、俺から自供をとったところでいい気になっているようだが、どうせここでお前達は死ぬのだ。  語るに落ちたと言わんばかりだったな?違うな、冥土の土産をくれてやったんだ!」 こちらが黙ったことで饒舌になるゲイリー。 だが、それは大きな間違いだということを彼は知らない。 「……やっぱりあんたはスパイとしちゃ三流だ。  もし自分が負けたとき、今のセリフが流れたら新政府側としては致命的だ。  表向きは連邦の協力を受諾しているんだからな。  ホントのスパイなら黙して撃って、黙して死ぬもんじゃない?  それなのにあんたときたら……いや、スパイと呼ぶのも本職に失礼か」 それなりにプライドはあったのだろう、クロスのその言葉に ついに怒り心頭のゲイリーのハンターレオパルドがブーステッドライフルを構えた瞬間 クロスは左手のシールドに内蔵されたビームガンで地面を撃つと、 炸裂した地面とともに砂埃が巻き起こり、クロスたちの姿を砂煙の中に隠してしまう。 「クソっ!かかれ!」 それと同時に響くゲイリーの指示。即座に周囲のゲシュペンストたちがなだれ込んでくるが、 こっちは背中を預けている以上前の敵をたたくだけと実にシンプル。 ましてやその預けている相手がレイチェルとアンドリュー、ブルーノとなれば 恐れるものはなにもなかった。 「やれやれ、味方まで踏み込ませちゃアンタ外から迂闊に撃てないだろうに」 浅慮な敵に感謝しつつ、迫る熱源に狙いを定め右手のマシンガンを放つ。 だがそれは装甲の厚い肩を犠牲にいなされると、 懐に飛び込んできた一機のゲシュペンストがプラズマカッターを振りぬいてきた。 「うおっと……!」 とっさに左手のシールド先端のクラッシャーでプラズマカッターの柄を押さえ、 相手の動きが止まったと同時に前蹴りで距離をとった。 「怯まず飛び込んでくるとは、さすがにやるね……っと!」 敵機が腰のショットガンを構えるのを見て、クロスはシールドを前に向ける。 だがそれで足止めされた事で斜め前から別の機体が今度はブーストハンマーを振りかざし放ってきた。 「それは痛いっ!」 ブースト全開でまともに食らっては強化装甲部分でももたない。 多少本体に被弾してでもショットガンの連発から逃れブーストハンマーの機体と距離をとり、 左肩のミサイルポッドを発射、 攻撃モーションに入っていたその機体はまともに受けて転倒してしまう。 「それでも撃破はできないか……!」 相手も装甲強化をしているようで、ミサイルの直撃程度ではまだ戦えそうだった。 であれば、こちらも虎の子を抜くしかない。 「ズィルバーシュナイダー……、いけっ!」 バックジャンプ中にふりかぶり、右肩に装備された身長の8割ほどもある曲刀が 唸りを上げてゲシュペンストに襲い掛かる。 バランスをとるのに精一杯だった敵はブースター付きで回転して飛来する曲刀をよけきれず 上下真っ二つに斬り飛ばされ爆散。 すると着地と同時にクロスは爆煙に飛び込みズィルバーシュナイダーをつかんで急制動、 一瞬こちらを見失った最初に攻撃を仕掛けてきた敵機の側面から襲い掛かる。 「もう一つ!」 もう向こうは迎撃が間に合わない。 銃をぎりぎりこちらに向けたのが精一杯で、薙ぐような一閃が 銃を構えた敵の右脇から左肩を斬り飛ばした。 「これで二機……っわっ!?」 ノルマはほぼ達成した、そう思った瞬間すぐ脇を大きな影がかすめていく。 いや、正確にはPTが取っ組み合いしてそのまま吹っ飛んできた影。 レイチェルのアサルトジャガーが相手に馬乗りになる形でその腕のクローを構えると、 抑えられた敵が何とか反撃しようとしてマシンガンを眼前のアサルトジャガーに向けたが、その瞬間、 「そんなものっ!」 振りぬいたクロー付きの腕がそのままマシンガンごと敵の右手を飛ばし、 直後、振りかぶる形となっていた右腕で敵の頭部ユニットを叩き潰した。 それでも残る左腕でプラズマカッターを抜こうともがこうとするので、 レイチェルは一度敵から飛び降りると、サイドから回り込んで思い切り爪を振り上げた。 「は……ぁっ!!!」 敵の重さ、攻撃の鋭さが手伝い、振り上げた爪はそのまま敵胴体を切り裂き、 わずかに浮いたところで腕を振り上げた勢いそのままのローリングソバットが直撃、 勢い良く敵は吹き飛んで爆発した。 「はぁ……はぁ……」 「怖〜……」 「何か言った!?」 「い、いえ〜、結構なお手前で……っ!!」 もしくは結構な地獄耳で。と、軽くコミュニケーションをとっていると 不意に背筋に寒いものを感じ、とっさにクロスはアサルトジャガーに飛びついた。 その直後、クロスのケーニヒスティーゲルの左肩を太いビームが貫通し、そのまま ケーニヒスティーゲルとアサルトジャガーは倒れこんでしまう。 「ぐっ……しまった!」 「クロス!!あたしの代わりに……っ!」 「いいから早く起きないと……ぐあっ!」 急いで起き上がろうとすると、突然背中に重たいものがのしかかり、 クロスもその衝撃で激しく揺さぶられる。 「フハハっ、相変わらず見せ付けてくれるじゃないか。ええ?」 アサルトジャガーに覆いかぶさる形のケーニヒスティーゲル。 さらにその上に勢い良く乗っかってきたのは他でもない、ゲイリーのハンターレオパルドだ。 そしてゴツッという音と同時に背中に向けられたのがブーステッドライフルの銃口。 その威力ともなればクロスを葬ってそのまま真下のレイチェルも無事ではすまない。 所謂一つの、チェックメイトがかかった状態となってしまった。 「う……ピンチ……だな」 「そうだよ、俺の勝ち、そしてお前達は死ぬんだ。 ハハハッ!」 「クソッ……!クロス、腕をどかして……あたしも動けない……!」 「おおっと、妙な真似するなよ、動くと撃つぜ」 ゲイリーの言葉にあわせライフルの銃口が一層押し付けられる。 とことんこの優位性を楽しもうと言うのか、あるいは…… 「新政府側の機体も全滅か……チッ、使えんな。  だが、これで大勢は決した。 そっちの二人も、止まってもらおうか!」 それぞれ自分の割り当てを片付けたアンドリューとブルーノが こちらを向いていたが、やはりその言葉でとめられてしまう。 それでもブルーノは武器を構えるが…… 「……止まったところで、貴様はその二人を殺すだろう」 「フ……ッ、じゃあ撃つか?俺を。この二人を見捨ててな!」 それはブルーノの琴線に触れる言葉。 友を、仲間を見捨てたくない、そう強く思うブルーノを止めるには充分すぎる言葉の防壁だった。 アンドリューもまた同様に動けない様子で、万事休す……そんな言葉がその場を制した。 と、そこでふとクロスは、自身の眼前……つまり、ケーニヒスティーゲルのメインカメラの目の前にある アサルトジャガー肩部に装備のマシンキャノンに気がつく。マシンキャノンの銃口はそのままではゲイリーからは見えないし 射線もふさがれてしまっている。なぜならクロスの機体の頭部と左腕で隠されてしまっているから。 そこでクロスが打った手は…… 「……なあ、ラシェル。死ぬ前に一言……」 「なっ、アンタ何言ってんの!?」 「いいから。今朝機嫌よかったのは、お通じでもよかったん?」 「はぁ!?」 「ん……?なんだ、死ぬ前に言うのがただのセクハラか?本物のバカだな貴様は」 デリカシーのない言葉を言ってやる。それが何の意味を持つのか…… ゲイリーはクロスのそれがただのたわ言だと一笑に付す。だが…… 「クロス!アンタこんな時に何……!!」 レイチェルは一瞬素で怒りをみせるが、通信画面のこっちで向けた眼差しが真剣なものであると汲み取ってくれると、 即座に行動に移してくれた。 押さえつけられ身動きもろくにとれないが唯一四肢がふさがってても出来る攻撃手段、マシンキャノンが火を噴いた。 瞬間、クロスの機体のメインカメラのある頭部と左腕は無数の銃弾で吹き飛び、 障壁がなくなったと同時に今度はその銃弾はその上のハンターレオパルドに襲い掛かった。 「なっ!!?」 一分間数百発の弾丸はブーステッドライフルの柄も吹き飛ばし、 さらにはハンターレオパルドの生命線であるメインカメラとレーダーユニットである頭部にも着弾。 たまらずゲイリーは身を翻すとケーニヒスティーゲルとアサルトジャガーから転げ落ちた。 「よっと……!大丈夫?ラシェル」 「あんたこそ……無茶して」 先に起きたクロスは残った右腕でレイチェル機助け起こしながら、胸部のサブカメラに切り替える。 鮮明さこそ落ちるが前の教訓で胸部にもカメラを搭載していたので前は見えるようになった。 そして手からこぼしていたズィルバーシュナイダーを拾ってレイチェルの言葉に答える。 「なぁに、俺の心が通じたから多少の無茶も甲斐があったってね」 「……ちなみに今度言ったら生身の頭を吹き飛ばすわよ」 「肝に銘じておきまーす……と、奴さんまだ動くか!」 転げた後まだ動こうとするゲイリー機にズィルバーシュナイダー、プラズマクローを構える二人。 肩のビームキャノンを動かし、こちらに向け、通信機がいかれたのか 外部音声でゲイリーが声を荒げる。 「貴様ら……!許さん……許さんぞ!」 「獲物を前に舌なめずりしてるからそうなるんだ。アンタ、ハンターとしても三流だよ」 「うるさい!死ねっ!」 今度は本気か、ビームキャノンに急速にエネルギーが高まる。 踏み込んで間に合う距離ではない為、ズィルバーシュナイダーを犠牲にしても直撃回避しようと クロスのケーニヒスティーゲルはアサルトジャガーの前に立つ。 すると発射の刹那、いずこからかの砲撃がそのビームキャノンを吹き飛ばした。 「ぐあっっ!?」 「……」 無言での狙撃。 ブルーノの放った一撃がハンターレオパルドの残された高威力武装を破壊すると、 その衝撃もあってか、そのままハンターレオパルドは沈黙した。 「終わった……か?」 まだ左腕の武装は生きているようにみえるので慎重にクロスも様子を伺おうとゆっくり近づく…… するとその直後、ハンターレオパルドの背後からビームマシンガンの連射が襲い、 直撃を受けたハンターレオパルドは大爆発、大きな火柱を上げた。 「!!!」 思いのほかの爆発に思わずクロスものけぞってしまった。 これでは中のゲイリーは助からないだろう。 そして撃ったのは…… 「隊長……あんた……」 「……最後までも、だまし討ちをしようとは……」 珍しく感情を見せた表情のアンドリューが、そこにはいた。 「だまし討ち……?」 レイチェルがたずねると、息を整えながらアンドリューが言葉を返す。 「ああ……背面から接近しようとした時……バックパックの自爆装置の起動ランプが確認できた。  奴自身はこっそり機体から抜け出るつもりだったのだろうが、あのまま近づいていたら、お前達も……。  すまん、やつに言いたいこともあったろうが……俺は、仮初とはいえ仲間であった者たちを  売ろうとした奴を許すことが出来なかった……」 「隊長……」 隊を、そしてラピス達の人生を大きく狂わせた犯人のあっけない末路に、 その場は静寂に包まれた…… そして…… 「……行くのか?」 パタン、と手に持った本を閉じて、ブルーノが言う。 戦火により壊れかけた教会の祭壇の前、クロスはそんな"戦友"の言葉に 「ああ、ぼちぼち。……慣れない事頼んじゃってごめんな、ブルーノのおやっさん」 「フン……俺はともかく、よかったのか。  こんな形で済ませてしまって」 と、ブルーノの視線はクロスの隣に立つ、薬指にあのクロスがつけてやった指輪をはめた女性、 レイチェル……いや、ラシェルに向けられる。 するとラシェルは、僅かに頬を染めて答えた。 「……、オヤジさんが神父役なら、あたしにひとつも文句はないよ」 「……やれやれ、買いかぶられたもんだ……。  ここまで神や仏も信じちゃいない代役はいないだろうに」 照れ隠しだろうか、そういってブルーノは聖書をほこりのかぶった祭壇に置いた。 それを見てクロス、ラシェル、そしてたった一人の見届け人であるラピスが笑う。 そしてラピスは手を叩いて祝福もしてくれた。 「おめでとう、クロスさん、レイチェル……じゃなかった、ラシェル?」 「……なんか、変な感じがするよ。そう呼ばれる事も、それを受け入れた自分自身にも」 「でも、嬉しそうよ?」 くすくすと笑みを浮かべ、ラピスは親友に言う。 そんな彼女の返しに聊か戸惑いを見せながら、ラシェルは顔を上げた。 「……そう、だね。……あの、ラピス……っ!」 その瞬間、ラピスの指がびしっとラシェルの眼前に突きつけられる。 思わずたじろぐラシェルにラピスは、 「花嫁がそんな顔するの禁止。 悲し涙なんか流したりしたら絶交だから。  絶交してほしくなかったら笑うのよ。ほら」 と、花嫁の頬をぐいっとひっぱり上に吊り上げた。 「ひ、ひはい!ひゃ、ひゃえっ……ははっふぁ!ははっはふぁら!」 恐らく、『痛い、やめ、わかった、わかったから』といっているのだろう。 じゃれあう二人のこんな姿も久しく、その一方でラピスのその明るさは ちょっとだけ無理をしているようにも見えたが、 それがラピスのやさしさであればここは甘んじて受けるのが 礼儀であり、思いやりだろう。 クロスはそんなやり取りを見て、笑ってやる事でそれをラピスへの礼とした。 「ははっ……ラピスもやめてくれよ、  ただでさえ怖いのに口裂け女になったりしたらもっと怖……痛い!」 額を直撃する正拳。 そしてひるんだ隙に小脇からすっと滑り込む陰がクロスにからみついて 関節技、コブラツイストを完璧に決めてくる。 「ほほほ、あなたったら、まぁた冗談ばっかり言ってぇ……」 「いだだだだっ!ギブギブ!笑いながら怒るな!余計怖い!」 わざとらしい女言葉を使って鬼のサブミッションをかけてくるラシェルの腕に ギブアップを示す三回タップをして何とか技をといてもらうと、 わき腹の筋に確かなダメージを感じつつ、クロスはふらふらっと祭壇にもたれかかった。 そしてその脇で様子を見ていたブルーノにクロスは助けを求める。 「……神父様、鬼嫁が怖いです」 「……本日の営業は終了した。残念だったな」 すでに閉じた聖書を見て神父様、もとい、ブルーノが一言。 そこには神も味方もいなかった。 すかさず襟首を掴まれて、かばんも胸元にほうられると、 「さ、行くわよ。クロス」 首の後ろで鬼嫁、もとい、ラシェルが笑みを浮かべ言う。 そしてそんな様子を見てブルーノ、ラピスも笑みを浮かべて 「外に車を用意してある。 使い古しだが足にはなるだろう。もっていけ」 「クロスさん、ラシェルを守るって約束、ちゃんと守ってくださいね」 と、二人を見送った。 それを受けクロスはちゃんと自分の足で立つと、 自分の襟首を掴んでいたラシェルの手をとり、共に祝福してくれた友へ 「わかってる。……ありがとな、二人とも」 「……じゃあ、ちょっとのお別れ。ありがとう、ラピス、オヤジさん」 そう、感謝の言葉を返した。 その言葉を最後に教会外の車に乗って二人は町を出、 舗装もされてない荒野の道を、空き缶も結ばれてない無骨なジープで走り出す。 そこには何も無い、二人がこれまで頼ってきた力、虎とジャガーもない。 いつものようにクロスが運転し、助手席でラシェルがリラックスするこの構図の中で、 おもむろにラシェルが言葉をつむいだ。 「……これから、だね」 「ああ、そうだな。これからが忙しいな」 それはあの戦いの後、二人で決めた事。 そもそもの軍に対する反逆行動は、アンドリューの機転により 新政府側のスパイであるゲイリーをあぶりだす為の極秘作戦であると、 多少強引かつ無理くりな理由付けをし不問とされ、 同じくラピスの容疑に関しても、証言元を洗っていくとゲイリーの工作であることが確認され、 ラピスも無罪とされることがわかった。 だが、ラピスは二人が救い出し巡りあわせた、両親の友人ブルーノと行動を 共にする事を選び、表向きは依願退職とし、 そして二人もまたゲイリーの工作により部隊が機能しなくなった事をきっかけに 隊が解散すると同時にアンドリューが改めて治安維持の部隊を作る為、 個別に傭兵としての契約を結ぼうとした事も蹴ると、 どうするつもりかというアンドリューの問いに対してクロスは誰もが驚く答えを返した。 「戦災孤児の為の孤児院……か、それがクロスの見つけた答え、なんだよね」 クロスがこれまで、そして殊更此度のビースト小隊として過ごした数か月の中で得たひとつの答え。 それが孤児院の設立だった。 クロスとラシェル、二人のこれまでの傭兵生活での稼ぎをもって孤児院を作る。 そしてそこに、いまだ世界で続く紛争で、大人の都合で家族を奪われた子供達を 引き取り、守り、育てていく。 それが二人にとっての贖罪であり、戦いの果てに導き出した答えだった。 そのためにまずは土地を探すのだが、それはクロスに算段があり クロスの故郷の小さな村、そこにある自分に残された土地と家を そのために使う。そしてその後ブルーノが守ってきた子供達を引き取る……。 それこそが、機体を預かってくれるというブルーノとの契約でもあった。 もっともあの戦いでケーニヒスティーゲルは大きく損傷し、 またアサルトジャガーも応急処置がたたって修繕箇所は多くなってしまい 到底何日やそこらで直るものでもなく、また軍を抜けるのであれば本来返却すべき機体であるのを 全損扱いで現地破棄とする以上はそんなすぐにピンピンうろついてしまっては具合が悪い。 ラピスもいることだし、次に会う時までには修理しておいてくれるというので クロスはその言葉に甘え、機体を預ける事にした。 だが、ラシェルは一時的な預かりを拒み、その保有を永久に放棄した。 曰く、孤児院をやるという事は戦争で親を失った子を少しでも悲しみから癒すこと、 そのための資金を戦争で稼ぐのは矛盾してるからだと言う。 勿論それはそう。だが、今回のように誰かを守る戦いも出来るはずだ。 クロスはそこに一筋の光を見出していたが、 そこはいきなりラシェルと意見が合わずにゲリラ離婚となっても困るので とりあえずの蓄えもあるのでここは大人しくとにかく機体はブルーノに預けてしまうこととし、 そしてブルーノとラピスもこのままこの土地にはいさせるつもりもなく、 以前クロスが所属していたレジスタンス、欧州戦線に ブルーノ、ラピスを紹介する事も約束した。 もともとブルーノは旧体制側に雇われはしたものの、きっかけはこの土地を離れられずにいる 親をなくした子供達の為に引き受けただけで未練はほとんどなかったという。 むしろ自分がいる事でより武力を持たない人間に多くの危険が及ぶ事を懸念しているので ブルーノの勇名が今のところ弱いヨーロッパへいってはどうかと、クロスがすすめたのだ。 ラピスもまた、軍には戻らないのでブルーノと行動を共にするとし、 クロスの紹介を待つ事となった。 そのため、クロスは一日でも早くブルーノ、ラピスが安心してこの国を離れられるよう、 そして子供達に一日でも早く安全な場所で笑顔になれるように、 「……これから、よろしくな。ラシェル」 「こっちこそ、よろしく……クロス」 そっと手を握り合い、共に新しい道を歩み始めた……。 「と……まあ、これが俺達の馴れ初めで……  この家が出来たきっかけ、かな」 時は現在、すっかりさめたコーヒーカップを手でなぞりながら クロスが物語の終わりを宣言すると、 目の前の少女は顔をうつむかせて表情を見せない。 だがどこか心なしか小刻みに震えているようにも見え……そして、 「う……うわあんっ!」 「おわっ!?」 ガタッ!と椅子を倒しながら立ち上がったリューナはクロスの両手を掴んで その目にはうっすらと涙すら浮かんでいた。 「あたし感動です……!この家の成り立ちにそんなエピソードがあったなんて……!」 「そ、そう?改めてそういわれると照れるな」 「それにブルーノ=カラス……いや、ブルーノ様素敵です!  渋いです、ハードボイルドです!熱い人情の人です!!」 どうやら特にブルーノがお気に入りとなってしまったようだ。 美化して話しすぎたか、クロスは苦笑いを浮かべると、 リューナはあわてて、 「あ、でもご主人……クロスさんも素敵です!  クロスさんの異名……王者の虎っていうんですよね?  実は多分私昔クロスさんを見た事があって……」 「あらあら、モテモテね……クロス?」 興奮するリューナに机越しに両手をつかまれ、 前のめりで覗き込んでくるラフなリューナの胸元にうれしはずかし……どころじゃなかった。 背後からの殺気にささっとその手を解いて嫁に正面を向けると 「ああ、知ってる。俺は君にモテモテ……のわっ!」 「ラシェルさん、ラシェルさんもかっこいいです……!クールで、でも愛があって……」 興奮冷めやらぬリューナが完全にテーブルに乗り上げ、さらには クロスを踏み台にラシェルの手を掴んだ。 その勢いにはさすがのラシェルも困惑しているのか、 「そ、そう?ありがと……」 苦笑いを禁じえない。 そしてふと思い出したようにラシェルはリューナに手を捕まれる直前 テーブルに置いたお盆からマグカップを三つ、テーブルの上に乗せた。 「コーヒーもう冷めちゃったでしょ?入れたのがのこってたのでカフェオレ入れたわ。ちょうど三人分」 「お、気がきくぅ」 しゃべりとおしでのども渇いた。 ラシェルが用意してくれたカフェオレを一口飲むと、牛乳のやさしいまろやかさと コーヒーの苦味と風味がのどと鼻腔を抜けていく。 「ん、うまい。牛乳がいいのかな」 「そうね、今日リュンちゃんが買って来てくれたの。ここの牧場のおすすめだって。ね?」 ラシェルも一口飲んでリューナにたずねた。 だが、リューナはさっきまでの勢いはどこへやら、 心なしか青ざめた表情でこちらを見ているような気がした。 「……?リューナちゃん?」 「えぅ……あっ……な、なんでしょうか……  あ、あの、あのミルク、成分が濃いからってんであまりたくさん飲まない方が……  お腹弱いとぴーぴーしちゃいますし、それくらいで……」 「ああ、大丈夫。むしろ濃い牛乳大歓迎」 心配性な娘だ……そう、思いながらもう一口カフェオレを飲んだその時だった。 不意に強烈な眠気がクロスを襲ったのは。 「う……?あ……なんだ、すげぇ……眠い……  しゃべりすぎたかな……」 頭もくらくらする。こぼしてはいけないとマグカップをテーブルの上におくと、 不意に横でガシャンという音と共にマグカップが床に落ち、 直後ラシェルが膝から崩れ落ちるようにして倒れる。 「ラシェル……っ!?なんだ……これ……頭が…………」 返事が無いラシェル。だが異常は彼女だけにとどまらず、 続けてクロスの意識も、また深い闇の中へと沈み込んでいってしまった。
第八話 絆の双牙