Volume.1 Cherry blossom
Volume.1 Cherry blossom






「勝者、エルスタッド=リィズマン君!」

学生対抗マイクロトルーパーコンテスト…。

コロニー統合府立ハイスクール対抗のこのコンテストは、

現在連邦政府にて正式採用とされたパーソナルトルーパーの操縦技術と

宇宙空間の作業用機械として広く利用されているワーカーモジュールの機械工学、

それらを複合的にいかに高い能力を発揮できるかを念頭に置いた

統合府肝いりの学生コンテストである。そしてその決勝戦。

多くの歓声の中で名乗りをあげられるのは、操縦技術はそこそこだったが

その圧倒的な機体完成度から決勝まで勝ち上がってきた、エルズの名前。

歓声と賞賛を周囲に感じながら、3m程度の自作ロボットユニットのコックピットの中から、

目の前で関節が外れて倒れる相手の機体を見下ろした。

こちらの機体にはたくさんの塗料跡…なんとか重傷ポイントは

避けたものの多くのペイント弾を被弾しているのに対し、向こうの機体はほぼ無傷。

にもかかわらずこちらが勝利とされたのは、なんて事は無い

機体の完成度によるものだった。

こちらはパイロットの腕を極力機体でカバーできるよう、綿密なチューニングを行い

高機動性と機体完成度を高めたが、その分パイロットの反応速度の遅さを

機体が先行してフォローする為、パイロットの体への負荷は高い。

逆に相手側は機体の完成度はそこそこだったが、パイロットの能力が圧倒的に群を抜いており、

こちらもそこそこ腕に覚えはあったものの、相手の選手はそれこそ天才的な…

…いや、先天的なセンスも多分にあるとはいえ、

毎日トレーニングや操縦訓練をしているのを見れば、その一言ですませるのは失礼だろう。

弛まぬ努力、強いて言えば努力の天才とも言えるその相手の猛撃により、

機体性能では圧倒していたはずのこの戦いで大苦戦を強いられた。

だが、最後はその性能差が鍵を握る事となる。

向こうは機体の耐久度、ポテンシャルを超える動きを強いて、

フィールドを縦横無尽に駆け巡る中で膝関節が限界を越え、

こちらに対しトドメの一撃を見舞う所で自壊、規定により彼の負けが決定した。

そんな結果に、目の前の機体のコックピットから這い出した銀髪の少年は

苦笑いを浮かべながら、とりあえずの準優勝の歓声を受けていた。

少年の名前は、"神道 一樹"。 エルズの古くからの友人である。







「あーあ…負けちゃったか…もう少し早く勝負がつけられると

 思ったんだけどな…」

競技場の外、併設された公園のベンチで缶の御汁粉を飲みながら一樹は言い、

敗北の代償、勝者へのオゴリとしてエルズにジュースを投げ渡した。

それを受け取り、エルズは

「遊びすぎたな」

受け取ったジュースの蓋を開け、一口飲みながら敗者に対し嘲笑を浮かべた。

すると一樹も少し膨れながら

「エルズだって、こっちに対して攻撃の手数少なかったじゃないか」

というと、それは違う、とエルズは首を横に振る。

「無駄打ちはしない主義だ。

 それにこれまでの戦いを見てると、お前は相手の反応より早く死角に入り込む事で

 ウィークポイントへのクリーンヒットを重ねて速攻で決めてる。相手がペースを掴む前にだ。

 だから丁寧に一つ一つガードして時間をかければ有利になると踏んでいたのさ。

 もう一つ言えば、いずれ機体にガタが来る。 お前の運動神経が良すぎるからな」

「エルズだって…体育の成績悪くないじゃない」

「一般人の中では、な。 お前はこう、素材からいいからな。

 そんな奴が人より努力してる。 凡骨じゃ追いつけないのが道理だよ。人も、メカも」

神道一樹…学問運動において成績優秀、アルビノの特徴を持つが最新の遺伝子治療により

身体的ハンディは無く、むしろ努力家の性格から人一倍健康なほど。

一見華奢に見えるがその実運動神経、特にパイロットセンスはすでに

コロニー統合軍からの誘いも噂されるほどで、誇れる友人だ。

女の子にもモテるが騒ぐ女子は好みではないのか、朴念仁なのか浮いた話は無い。

だが、そんな友人に一つだけ勝てる事がある。それが機械工学。

そんな努力の人一樹も機体を動かす為のソフトウェア開発は目を見張るものがあるが

肝心のボディの方、機械工学部門においては、中くらいの成績を前後している。

パーフェクトに見える友人も存外不器用なのだ。

機械でもがんばれば何とかなるというような、精神論を期待するきらいがあるのだが、

残念ながら良くも悪くも機械はデジタルな存在。

そこに対しシビアなエルズは、信頼はするが信用はしない。

可能な範囲はとことんまで突き詰め、無理は無理として省く。

そうする事で操縦者をフォローできるような、機体の完成度を高める事が真髄と考えていた。

実際技術の講師の採点ではエルズの機体は100点満点、一樹の機体は60点たらずの及第点であり

そういう意味では、この勝負、勝てたのは計算どおりだったが

それでも尚あれだけ追い詰められたというのは、

一樹の能力の高さを今一度思い知る事になったのもまた事実だった。

「…実はさ」

ふと、一樹が神妙な面持ちで切り出す。

「ん?」


エルズは続きを促すように首をかしげると、 一樹は静かな公園の片隅で、さっきまでよりもしっかりとした、重たい声で言葉を続けた。 「来年から、軍に入る事になったんだ。 もう内定が出てる」 「っ…そうか、やっぱりな。噂にはなってた」 学徒動員ではなく、正式な入隊。 ハイスクール2年生なので一年飛び級で卒業、入隊という事になる。 それも一樹の人並みはずれたセンスと、努力の結晶である能力を買われての事だ。 それは友人として素直に祝福してあげたい。 飲み干したジュース缶をゴミ箱に放り、見事投入したのを見送ると、 いまだ神妙な面持ちの友の肩に手を置き笑顔をかけてやった。 「おめでとう。 だが、これで大会は俺の勝ち逃げになったな」 「ホント…残念だよ」 苦笑する一樹。だが、口でこそそうは言うものの、この浮かない表情は そんな事ででてきたものでないというのもエルズは良くわかっていた。 だが、軍に入りたいと言っていた、その思いが本物であるというのもわかっていたエルズは、 友として言うべき言葉を一樹に向かって吐いた。 「…お前との決着がこんな形でついたのは、俺も残念だな。  でも、お前も軍人になるならわかってるだろ?  これから先、その手、その肩、その背に圧し掛かるのは  自分一人の自己満足だけじゃない。多くの人の命だって事を」 「…うん」 「俺達もいつまでも子供じゃいられない。 遊びの時間は終わりなんだよ  お前も…俺もな」 含みを持たせる言葉。だが一樹は敏感にその言葉を察知した。 「エルズ…?」 「…地球に行く事になった」 「ッ…本当…!?いつ!?」 「一週間後。 地球に着いたら俺も軍に入る事になる。  地球連邦軍…その開発部門に技術任官でな」 「そう…なんだ。 パーソナルトルーパーの開発?」 些か虚を疲れたような様子の一樹の、必死にひねり出した質問に 黙って頷いて、そうだ、とこたえてやるが、その後しばらく二人の間に微妙な空気が流れる。 それというのも、今地球連邦とコロニー統合府はある種の緊張状態にあり、 まだ噂の域を出ないが、どうにも統合府は未知なる侵略に対する警鐘を 戦時警戒レベルまで引き上げる意向を示しており、 対して連邦政府はあくまでそれは連邦に対する叛意としてとらえようとしている。 もっとも、アングラではすでに地球連邦政府は異星人との接触を始めており、 さらには平身低頭、無条件降伏を受け入れる準備すらしているとの噂もある。 コロニーの動きはそれに対する牽制とも言われ、ここで自分達が コロニーと地球に分かれるということは、最悪近い将来互いに銃を向け合う可能性が あるかもしれないという事を意味していた。 「…エルズは、統合府の噂、信じてる?」 「…この筒に住んでる以上は、宇宙の可能性は大地の住人より信じている」 そう言うと、一樹は肩をすくめて同意の意を示す。 エルズはそのまま言葉を続けた。 「だから宇宙人がいるっていうのもわからない話でもない。  俺達が知らないだけで、秘密裏に接触している人がいるかもしれない。  もし今がその段階だとしたら…そうした連中は秘匿するだろうな。  だがそれが何らかの形で世に出て、事実として世間に認知されれば、  連邦や統合政府の上層部が隠していたとしても認めざるを得ないだろ」 「でも、その時その宇宙人、異星人は敵かな…味方かな」 「友好的だったら言う事はないが、  敵性だった場合、俺達地球人がいまだ他の文明に対し能動的な接触を出来ずにいる現状で  相手からの接触を受けたとなれば技術レベルで劣っているのは明白。  そんな時内紛をしていて生き残れるはずもない。  首脳同士がよほど盆暗でなければ、地球とコロニーはいがみ合っている場合などではなくなるし  対立の図式は仮に生まれた所で長くは続かないさ」 「流石はエルズ。 冷静な分析」 そう言って一樹はベンチに座ったまま拍手した。そして、 「僕も地球連邦との戦いなんて望んじゃいない。  僕が軍に入ろうと思ったのは、このふっと吹けば割れてしまいそうな世界を守る為…」 「それは勿論俺もだ。俺も争いの為だけに軍に入る事を決めたんじゃない。  戦う事で守れるものもあるんだろうが、  パーソナルトルーパー、いや、人型マシンは救助や工業、商業でも多くの可能性を秘めている。  勿論現状じゃ戦争の道具を作らされることにはなるだろうが  いずれ俺は、単純にそれだけにとどまらない、技術の結晶として完成された最高の仕事で  何かを変えたい…そう思って…」 と、そう言いかけた所で、エルズはふとある事を思いつく。 いや、それはこれまでも何処か心の中で浮かべていた願望。 コンテストのレギュレーションの為成しえなかった野望。 最高のマシンと最高のパイロットの融合…それは、メカニックとしても夢であるし パイロットとしても夢だろう。 前者は自分が実現する。 そして後者は… 「…決めた。いつか俺が最高のマシンを作る。その時お前はそれに乗って、  俺に最高の機動、パフォーマンスを見せてくれ」 自身が認める最高のパイロット、神道一樹、その紅い瞳を真っ直ぐ見つめ その手を握り締めそう伝えると、一樹もまたエルズの言葉を反すうするようにつぶやいた。 「エルズのマシンで、僕が性能を発揮する…」 「そうだ。悪くないだろ?」 「…そうだね。うん、エルズの本気になって作った機体…  僕が、エルズ以上に乗りこなしてみせるよ。 約束する」 別れの悲しみから、未来への希望。 それを見出して、一樹の顔にも笑みが戻った。 互いに最高のメカニック、パイロットとして大成し、互いの努力の結晶をいつか結集させる、 そう誓い合った。 それから5年… 新西暦188… 不幸にも現実となってしまった連邦と統合軍の対立。 そして異星人の侵略も現実の者となり、それは辛くも退けられ、 幸いにエルズと一樹が戦場で合間見える事はなかった。 そしてその後ソーディアン、修羅、ルイーナら未知の脅威が迫り、 また地球連邦とコロニー統合軍との小競り合いもまだ終わりの見えぬ日々… そんな戦乱の時代を世の影から正そうとする集団があった。 彼ら、自らを真実と冠する組織…ヴァールハイト。 元統合軍エース、エルザム=V=ブランシュタインがその首魁を成すとも噂される その組織は、統合軍からは反逆者扱いをされる一方、 その行動に一貫する弱き人を守る志、その信念に市民からの支持は高い。 またその市民の協力のもとに、様々な支援、物資の提供、はたまた情報の隠匿などは行われ、 ヴァールハイトはさながら現代の義賊として、人気を博していた。 エルズの友人、神道一樹もまた軍から姿を消しその一員となり、 ひょんな事からエルズと再会。 遊撃隊に所属する兼ね合いから、行動を共にする事となった。 そしてある日…ヴァールハイトの旗艦とも呼べるスペースノア級万能宇宙戦艦「クロガネ」が 修理の為、L2宙域にあるスペースデブリ帯へと身を潜め、 ペレグリン級補給艦「スパロー」とのランデブーを行っていた。 クロガネはこれからあるコロニーでの不穏な噂の真実を確かめるべく 作戦を行うといったところで、その前に補給をということで、 彼、エルスタッド=リィズマンもまた、作戦前のメンテナンスということで 自主的にそのブリーフィングに顔を出そうと、一樹と共に ブリーフィングルームの一角、メカニックチームの主任を務める鳴海雀の元へと訪れていた。 「それじゃあ雀さん、結構くせのある機体ばかりなんで、  そういうのは艦のメカニックが説明とチェックを手伝います。  概要はエルズが説明してくれます」 「宜しくお願いします」 彼女と面識のある一樹に仲介してもらい、エルズが挨拶すると なんとも包容力のある笑みを浮かべるその女性は笑みを浮かべながらも独特の、だが その実しっかりとした口調で 「了解なのですよ。でも、メカニックといえどパイロット兼任なんですから。  必要部分だけ手伝ってもらえたら後は専任に任せて、しっかり休まなきゃだめですよ」 と、あくまでそれぞれの役割を注視した言いっぷりで言い、 エルズもそれには共感、好感を覚える。 「了解、わかってます」 「では、よかったらそこの脇の椅子を使ってくださいなのですよ。  15分後にはじめますから」 「どうも。 じゃあ、一樹。そういうことだから後はこっちで良い感じにやる」 そう言って、雀はブリーフィングに使う資料の確認をはじめ、 エルズもパイロット達に休憩を促す為戻ろうとする一樹に声をかけた。 「ああ、でも程ほどで切り上げて休んで。  今戦力分散してるし、エルズに頼る所も多く出てくると思うから」 戦力を分散しての作戦…地上の都市部で戦闘を続ける敵を止める部隊と ヴァールハイトを騙るコロニー襲撃犯の正体を暴く部隊とに分かれて今現在作戦行動を行っている。 その宇宙部隊に参加するエルズにもまた、一人一人の責務のウェイトは多い。 常任メカニックもそれぞれ半減した今、エルズにはメカニックとしての仕事も舞い込んでくるのだ。 「ああ。 っと、休む前に追加オーダーあったらオーダー票ちゃんと  ミシェルのコックピットに貼り付けておけよ。ルシファーにも同じ事をって  あの暴れん坊副隊長に伝えといてくれ」 「わかった。…ところでこないだ話したダブルユニットの出力調整ってどう?」 「あれか…」 一樹が切り出したのはミシェリオン、あるいはルシフェリオンのダブルユニット運用… それぞれ共通の背面ユニットを換装できるのが特徴だが、セントラルユニットのバックパックを除けば メインパーツであるランチャーとクラッシャー部分は背部と両腕と装着部分が異なる。故に、 両方を同時に装備して遠近両用として活用するというのは、配備当初から検討されていた技術だが、 その案を聞いたエルスタッドは正直賛成しかねていた。 自身も一技術者として尊敬するマッドアイ=R=ガスト博士の設計、機体のポテンシャルを疑うわけではないが、 そもそもなぜ遠近ユニットが分けられたのかを考えれば、作戦行動や効率化という面もあるだろうが 何よりエネルギー消費の激しい重力ユニットを二系統同時に使用するというのは オーバーロードの危険性が高いのではないか、そういった想像もたやすい。 その証拠に、試算してみた所ではダブルユニットで3分もフル稼動すれば たちまちベースフレームとなるミシェリオン、或いはルシフェリオンの エネルギーバイパスに異常な負荷がかかり、オーバーロードやシステムの熱暴走などを 起こしてしまうという計算が出た。 だが、ミシェリオンもルシフェリオンもこの戦いの始まりごろから使い始めた機体、 次々と新たな敵が現れる中で新たな運用方法、パワーアップを模索するのもまた無理はない話だ。 エルズもそれはわかっていて、一樹や京の要望にこたえるべく、 合間を見てはダブルユニットの調整をしてきたが、まだ実用へは程遠い。 「…まだだな。今のままじゃ戦いの真っ最中に…」 そういって、握った手をパーに開いてみせる。要は「ドカンだ」と。 そう言うと一樹も、少し苦笑い気味に 「そっか…またメンバーが合流して時間が出来たら、進めてくれると助かる」 「ああ、俺もお前や如月が苦労してるのはわかってるつもりだ。  ついでに放っておいたら機体にムチャさせてもやりかねないってのも充分承知。  良い具合で実現できるよう、シミュレーションでの解析、なるべく急ぐさ」 そう言葉と拳を合わせて、一樹とわかれた。 本当なら、スレイプニールに乗って欲しいところだが… ミシェリオンの射撃能力と他の機体との連携も馬鹿に出来ない以上、 昔の約束と意地だけでスレイプニールに乗せるわけにも行かないし、 自分に最適化されている今のスレイプニールでは一樹の能力は活かしきれない。 何かのきっかけ、タイミングでいずれはスレイプニールを預けたい…そう思うところだったが… 「このタイミングでミシェリオンを戦力から外すのも難しいか…  いっそ如月のルシフェリオンをダブルユニットにして、一樹を真のスレイプニールと連携させて  というのも悪くはないけど…」 こういうところはパイロットとしての観点が役に立つ。 そういった構成での運用も面白そうだとおもいながら ふと集まり始めた技術員を見渡していると、その中荷物を撒き散らし、 "お店を広げて"いる一つの背中に気がついた。 「ええと…スパナに電磁チェッカーに、ドライバーセット、バールのようなもの…あうー  なんで工具セットにパスタトングが入ってるッスかぁ…」 もう今にもブリーフィングが始まろうとする中、床…というか、無重力の為 自分の周りにふわふわ工具を、さながら見本市のように浮かせながらチェックする背中が一つ。 その背中にポンと手が乗っかる。そして、 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫ッス!完璧ッス!ノープロブレム…ッス?」
エルズが声をかけた矢先にビクッ!と肩がはねて、あわてて振り返ったのは ぼさぼさの黒髪を後ろで二つに束ねて、前髪は桜色の両わけ。 頬にはちょっとそばかすが見える、見た目にはさほど気をかけた感じのない、 十代後半の女の子。 髪よりも明るい色の桜の花のような飾りのついた髪留めが 彼女的唯一のおしゃれポイントだろうか。 口調はまるで部活の後輩が使うような感じで、エルズも思わず言葉を失い お互いきょとんとしてしまったが、いつまでも見つめあうもんでもないと エルズは口を開いた。 「え…あ、ああ。俺か?俺は、エルスタッド=リィズマン。  通りすがりの…メカニックだ」 「あ…こ、これはどうもご丁寧に…  レベッカ…レベッカ=ヨシノ技術士ッス」 「じゃあヨシノ技術士。一つ聞くがこんな所で何してるんだ?  商売道具のフリーマーケット中か?」 冗談交じりにそうたずねる。 すると彼女はあわてて道具をかばんにしまいこむと 「ち、ち、ちがっ…今日はヴァールハイト本隊の補給と全体整備ということで  入念な道具チェックを…」 「そうか。それは大事だな」 どうにも空回りな感じの、そんな態度が面白くて ククッ、とエルズも思わず笑みをこぼしてしまう。 いそいそと広げた荷物をしまうレベッカの後ろに並んでエルズも整列して立つと、 「あ、あれ?リィズマンさん、ここの班ッスか?新しい人…ッスか?」 「エルズでいい。みんなそう呼ぶ。で、俺の所属は…」 その問いに、エルズは顔を上げるとふと資料の確認を終えた雀と目が合う。 エルズは彼女に対し手を振り、その人差し指を下に向け指差す。 『俺は、ここで、話を、聞く』 ジェスチャでそう告げると雀も笑みを浮かべ頷いた。 そして同様にジェスチャを返してくる。 「何々…しめ鯖と、ラッキョウは、最高の食べ合わ…あ、違う?  ああ、OKってことか」 了解、と頷いて返し、 然る後、頭一つ低いレベッカの方を再び向いて 「ここでいいらしい」 「は、はぁ」 そういうと、二人はそのまま始まった説明を聞き、奇しくかはたまた雀の気の利かせか、 ミシェリオン、ルシフェリオン、そしてスレイプニールのメンテナンス担当として クロガネドック内の作業現場へと向かった。 スレイプニールのところへ到着すると、 各技術員がそれぞれ補給資材やメンテナンス機材を配置する中、 エルズは他でもない自らの機体、スレイプニールのコックピットへと飛び、 キャノピーにつかまると反動をつけてコックピットへ飛び込んだ。 シートに腰を下ろし、メインシステムを起動させ メンテナンスモード、ログ表示などを始める。 と、その時だった。 「エルズさんっ!わわわっ」 「ちょっ…」 一瞬レベッカの声が聞こえたかと思うと、キャノピーにつかまり損ねたのか 姿が見えた瞬間再び視界の外へレベッカの姿が消えてしまう。 エルズは全天モニターを表示させ、頭上に飛んでいくレベッカを スレイプニールの手を伸ばして捕まえると、 そのままコックピットの方へ引き寄せ、エルズ自身で今度は彼女の手を捕まえて コックピットへ招き入れた。 「なんだ、どうした?」 「はぁ…はぁ…すいませんッス…  っていうか、だめッスよ。勝手に動かしちゃあ…」 「? だって総点検前に機体をメンテナンスモードにしなきゃ、だろ?  低電圧モードになっているかどうか確認しないと危ないからな」 「そ、それはそうッスけど、点検票の確認もまだ…ほら、未記入だし。  よくあるんス、パイロットの人も疲れてて点検シートに署名がなかったりとか…」 「ああ…まあ、こいつに関しては俺が一通り見るつもりだからその時で良いかなと思ったが…  ルールは守らないといけないな。じゃあ…」 そう言いながらエルズはシートの脇に差し込んであった点検シートに サラサラッと記入を始める。それを見ると今度はレベッカは青ざめて、 「なななっ、か、勝手に書き込んじゃだめッス!」 「えー…最後に署名、とレコードシートか。これでいいか?」 止めようとするレベッカを無視するようにコンソールを操作し、レシート上のレコードシートを出力させて それを点検シートに挟み込む。 そこには登録済みのパイロットの名前や運用データが事細かに出力されている。 それと署名が見えるようにしてレベッカに手渡すと、 レベッカは半ば怒り気味に、分捕るようにして 「よ、良くないッス!それホントはパイロットの人が書かなきゃ駄目なんッス!エルズさん滅茶苦茶ッス」 「そうか?」 「そうッス。 この機体はちゃんとほら、このレコードシートに登録されてるパイロットの人、ええと、  エルスタッド=リィズマン曹長に承認をもらってから、正しくメンテを…」 「エルスタッド=リィズマン。エルズだな」 「そう。エルズさんッス。だからエルズさんのサインをエルズさんが書いちゃ…  …あれ?」 「俺、エルズさんッス」 「…?」 処理能力の限界を超えたらしい。 完全にフリーズしてしまった彼女の所作に、エルズは笑いをこらえられなかった。 「く…くくく…」 まだ再起動は出来ないらしい。 するとそこへまた一人の小柄な女性がやってきて、コックピットを覗き込んで声をかけてきた。 「ごめんなさい、エルスタッド=リィズマン曹長、ですよね」 「くくっ…あ、ああ、あんたは?」 笑いを抑えながら覗き込んできた女性に声をかける。 するとそのまあるい眼鏡をかけた女性は朗らかな笑顔を見せながらお辞儀して名乗った。 「神道マリア、といいます。隣の隊の一応チーフやってます」 「神道…一樹の嫁さん?」 「あ…はい。一樹さんがいつもおせわになってます。  話をうかがってて、一度ご挨拶に…」 少し照れ気味に笑みを浮かべる彼女。 前に一樹に写真を見せてもらったが 写真よりも殊更スレンダーに見える。 まるでこいのぼりのよう…とは、本人を前にも 一樹を前にも言えない言葉だ。 だが、浮いた話の無かった学生時代の事を考えれば、友も成長したものだと なんだか不思議な老婆心のような気持ちが浮かんでくるものだが、 そんな感想を飲み込んで、エルズは目の前の硬直中の物体を指差して 「ところで、これ、どうにかならないかな」 「レ、レベッカちゃん…彼女が何かしました?  すいません、真面目な娘なんですけど…」 逸話は数限り無しか。 マリアの一言でそれが思い浮かべられると 今回は自分にも非があるのだと、首を横に振って答える。 「いや、俺が意地悪しただけ…。  ほら、いい加減気づけよ」 肩を揺さぶって気付けをしてやる。 「は…ハッ?」 「悪かったな。面白くって悪ノリした。  改めて、俺は連邦軍極東支部所属第2独立機動戦隊、通称  シロガネ パーソナルトルーパー隊所属、エルスタッド=リィズマン曹長だ。  メカニックとして入隊したが、パイロットの減少と試作機の実地調整の為  今はパイロットをやって、その合間にメカニックのサポートをしてる。  その後なんだかんだで、今はこのクロガネに主に居座ってるところだ。  ちなみに、このスレイプニールは俺の設計。その他、質問は?」 「え…えええ!?」 まくし立てるような自己紹介に、やはり彼女の中で処理に時間がかかったのだろう。 説明終了からおよそ5秒後、 そこまで広くはないスレイプニールのコックピットに、 一人のメカニック少女の叫びがこだました。
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