Volume.2 Clumsy people
Volume.2 Clumsy people



「レベッカ、右脚部シリンダーの連動システム、チェック良いか?」

「ハイッ!部品交換完了済み、シリンダー周りにゴミ一つないッス」

すっかりエルズの周りをついて回るようになったレベッカは、

次第にエルズの指示のもと作業をするようになり、

今もまた、ミシェリオンの脚部負荷による交換作業の助手として働いていた。

その天然っぷりから仕事に不安を覚えたものの、やらせてみればそれはまったくの杞憂で

真面目さが前面に押し出された仕事振りはほかの誰よりも丁寧かつ手早い。

エルズもそんな彼女の真っ直ぐな仕事は嫌いではなく、

徐々に信頼をよせるようになっていた。

そんな中…

「よし、動作させる」

レベッカや他の作業員が離れたのを見て、足を動かしてみる。

胴体が固定されているので、右足だけを上げ下げしてその動作を見る作業だが

交換後のミシェリオンの右脚はとてもスムーズに稼動し

動作上のストレスもまったく感じない、最良の出来であった。

それを見てエルズはチェックシートに書き込みながら

「…よし、問題ない。項目LR−13クリア。…」

モニターを眺めてふとある事に気づく。

丁度そこに様子を見にレベッカがコックピットを覗きに来ると、

こちらが思案しているのを見ておどおどと声をかけてきた。

「ど…どうかしたんスか?作業箇所に何か問題でも…」

「いや、ここの連動システム、ミシェリオンとルシフェリオンはリオンシリーズの名前を

 つけられてはいるが、ここも含めほぼ新規設計のシステムなんだ。

 よく知らないはずのシステムで、

 実稼動、シミュレータ動作前なのにここまで精度の高い整備が出来るものかって驚いてる」

おおよその適正値は伝えてはいたし勿論他の技術者もいたはずだが、そこの最終調整はレベッカに任せていた。

この一日で何度も彼女の思わぬポテンシャルの高さに驚かされるシーンはあったが、

この若さでここまでとは、エルズも思わずため息を漏らした。

するとレベッカは

「あはは…月の偽装工場…修理工場やってるんスけど、

 そこじゃあ主に重機の油圧シリンダーとか、船外作業艇のショックアブソーバーとか

 そういった機械を多く回されてくるもんスから」

と、その理由を語った。本人は恐縮しているようだが、

その歳でこれだけの錬度というのはなかなか捨てたものじゃないとエルズも感じていた。

「いや、それを抜いても良い勘、いや、良い仕事をしてる。

 言っておくが、俺はあまり人をほめないんだ」

シロガネ・クロガネでは比較的口うるさい方として知られる。

自負してはいたが、そんな自分が思わずほめた事に、自嘲の笑みを浮かべながら

レベッカにそういうと、レベッカは真っ赤になって照れながら頭をがしがしとかいていた。

何はともかく、能率よく作業は進み、予定より1時間も早く

前から懸念だっていたミシェリオンの重点整備箇所を完了する事が出来た。

あとは通常のメンテナンス項目に沿った形だから、ここのスタッフだけに任せても

大丈夫だろう。

「よし、とりあえず重たい部分は片付いた。

 喉も渇いたし、休憩しないか?」

そう言いながら肩を回して強張った筋肉をほぐし、

エルズはふう、とため息をつくと、

スッと目の前にスポーツドリンクのドリンクパックが差し出された。

「お疲れ様ッス」

いつの間にかコックピットの片隅においておいたクーラーポーチから

取り出したそれをレベッカがエルズに差し出す。

「いいのか?」

「は、ハイッ!まだ冷たいと思うので…」

「ああ、ありがとう。もらうよ」

こういったマイペースなところも、この一日で嫌というほど見たから

いまさらピンク色のファンシーなクーラーポーチを、油臭い世界に持ち込んでいても

何の違和感もなく受け取れる。

作業で流した体の水分と、渇いた喉にスポーツドリンクが染み渡り、

一気に500mlの半分を飲んだところで、ふと、レベッカが何も飲んでいない事に気づく。

「お前のは?」

「あ、あたしは喉渇いてないッスから」

笑いながら手を振り否定する。

だが果たしてそうだろうか。 ドックの中は空調がきいているといっても

整備仕事をしている以上当然汗もかくし疲労は溜まる。

水分とミネラルの補給は必須だが、ひょっとしたら今自分が飲んでいるのは

彼女の分なのではないか。 ふと自然な流れに受け取ってしまったがエルズははたと気づく。

「わ、悪い。これお前のだったんだな」

「あ、そうじゃないッス。 その…エルズさんにと思って、買っといたッス。

 あたしのはっ…そ、そう、その、下に置いてあって」

「じゃあ、下行って休憩するか。

 ミシェリオンの重たい箇所はこれで終わったし」

「そ、それじゃああたし先に降りて、自分のとってきます」

そそくさとキャノピーに手をかけ外に出るレベッカ。

釈然としない思いを浮かべながらエルズもあとに続こうとシートから腰を上げると

目の前のレベッカの背がふらっと揺れたように見え、

そのままフラッと機体を蹴って機体から離れたその時、

エルズは視界に不意に飛び込むレンチのような工具に気づいた。

無重力の中レベッカに真っ直ぐ向かっているがレベッカは気づいていない。

「ッ…あいつ…!!おい、頭を守れ!」

そう叫ぶと同時に思い切り機体を蹴って、レベッカを追う。

勢いがついたエルズがレベッカに飛びつき、その頭と肩を抱いて

飛来物から守ると、勢いがついてエルズの体もまわったその瞬間、

目の前…言葉どおり、目の1〜2cm先を

ヒュンッと工具が通り過ぎていった…メガネを道連れに。

「はぁっはぁ…危なかった…

 おい!誰だ工具を飛ばしたのは!!」

とりあえずの恫喝。すると、道具の飛んできた方向から声がする。

『ご、ごめんっ!俺がうっかり機体を動かして機材バラかしちゃいました!

 エルズ!?怪我ない!?』
 
「ティエルか!?整備中は必要箇所以外はロック外すなって言っただろ!!」

メガネがないためぼんやりとだったが、リオン・フィンスタリヒトのシルエットが見える。

ティエルのうっかりは今に始まった事ではないがそれで怪我人が出ては笑い話にもならない。

すかさず近くのモニタからリオン・フィンスタリヒトに繋いで、怒鳴りつけた。


「お前はどこの素人だ!それでも元管制士かバカ!!  けが人ないか確認しろ!機体はロックをかけて、担当メカニックに…この場にいるみんなに謝れ!  …まったく……レベッカ、大丈夫か?」 抱えたままのレベッカにそこでようやくエルズは声をかけると エルズの胸に顔をうずめたままのレベッカは、フルフル震えながらゆっくりと顔を上げた。 「は、はう…あ…あ…ありがとうございます」 「怪我はないな。 まったく、お前もお前だ。宇宙空間の整備はこういう危険性もあるって、  今時基本中の基本だぞ」 「すいません、なんか頭くらくらしちゃって…」 ぼんやりとした表情のままのレベッカが言うが、何処か様子がおかしい。 「…?お前水分足りてないんじゃないのか?汗もかいてないぞ?」 「え…」 「そうだよ、お前休憩ろくにとっていないだろ。これ、半分残ってるから飲むんだ」 「え、ええっ?それエルズさんの…さっき飲んでた…」 急に慌てだす。だが自分の周りの作業で怪我人病人が出るのも困る。 エルズはドリンクパックのストローを出してふらつくレベッカの口元へ寄せた。 「いいよ、俺は足りてるから」 さっきふらついていた時もそうだが、脱水症状の初期のような状態だ。 あわててさっきレベッカからもらったスポーツドリンクを飲ませ、 壁伝いに床に下りると、電磁石付きの靴でもってもふらふらと足元が定まらない。 まさか、今日の作業開始からずっと休みなし、給水無しで働いていたのだろうか。 エルズは各機体の指示にまわりながら、合間で休憩はとるようにしていたが、 少なくともミシェリオンのところへきてから1時間半、レベッカを見かけて以降 休憩をしている所を見た記憶は無い。むしろ周りよりも小さな体で 周り以上に働いている姿を見てきたぐらいだ。 遠慮深い性格と愚直なまでのがんばり屋、悪く言えば要領の悪さが ろくな休憩も水分補給も取らず、彼女を働かせていた。 ただそれでも仕事の内容に不足や妥協がないあたりは、改めてエルズをうならせた。 もう一度、残ったスポーツドリンクを飲ませて、 しばらく休ませてやると、レベッカはようやく落ち着いてきたのか、 ふらふらしていた視点もさだまってきた。 「…大丈夫か?」 「は、はい…」 大丈夫かとの問いかけに肯定でこたえるが、顔は何処か赤い。 左右に分けているとはいえ前髪が長いので顔を覗き込むと、その赤さはぱっと見て取れるほど。 「熱っぽいのか?具合でも…」 「だ、だ、大丈夫ッス!ご馳走様ッス…」 「…? おごって貰ったのは俺なんだが。  …ていうか本当はあれは、お前のだったんだろ?…正直に言え」 飲んでしまってから言うのもアレだが、そう問いただすと レベッカは目も合わさずにそおっと頷く。 エルズは何故、そういう代わりにため息をついて次の言葉を待った。 「…その…今日一本分しかお金なくて」 「あ…?」 「ご、ごめんなさい、エルズさんも汗かいてたし…喉渇いてるって言ってたんで…つい」 思わず言葉を失った。 だが、すぐに我にかえると、首を横に振って 今度はレベッカのおでこにチョップを食らわせた。 「はうっ!」 「それで自分が脱水症状だって?マイペースも程ほどにしろよな。  俺に気を使ってくれたのはありがたいが、それで怪我されちゃ逆にたまらないんだ。  ただでさえ危険と隣り合わせの仕事だし…ましてやお前は女の子なんだ。 もっと安全に気を使え」 苦言ではあるが、それが彼女の為でもある。 先ずは何事もなく良かった。そういうように、ぽん、とレベッカの肩に手を置いて 怒っているわけではないのだと少し笑って見せてやる。 すると、レベッカは少し目に涙を浮かべながらこちらを見上げ、つぶやいた。 「…あたしのこと、心配してくれるッスか…?」 「当たり前だ」 でなけりゃこんな事しないし、あんな事も言わない。 その言葉に、レベッカはまだ赤い顔をおさえながら、 「…うれしいッス」 そう言って、再び顔を落とす。 とりあえず落ち着いた、その様子にぽん、と頭を撫でてやる。 するとふと気がついたように 「…あっ…そういえばメガネ…  ごめんなさいッス!すぐ全部返すのは厳しいッス…けど、  何ヶ月かかっても弁償するッスから…」 と、エルズの顔を再び見上げる。 エルズもそういえば、と顔を上げるとちょうどそこに見覚えのあるものが 見覚えのない状態で漂ってくるのが見えた。 手を伸ばしてそれをキャッチすると 高速で工具が掠って行った愛用のメガネはレンズが割れ、フレームも若干ゆがんでしまっている。 だが、これがもし頭にでも当たっていたら大惨事。逆にこれだけの被害ですんだのは幸運だろう。 そう思いながら苦笑いを浮かべ 「いいよ、済んだ事だ。いうほど高いもんでもないし」 「でも…」 心のそこから申し訳ないというような顔だ。 捨てられた子犬のような目、とでも言えば良いだろうか。 そんなものを見て「金払え」など、とても言えた気分になるわけもない。 おまけに飲み物を買う金も気を遣う程の赤貧ぶり。 正直、俺の眼鏡に金を出すくらいならもう少し自分に気を遣えといいたい。 「戦闘で壊れたものと思えば、他に怪我しなかった分安いもんだ。お前も無事だったし。  部屋に帰れば予備もあるしコンタクトもあるから気にするな。それにこれは4年は使ってるし丁度良いといえば良い」 「じゃあ、それ捨てちゃうんスか?」 「え?ああ…そうだな。フレームのゆがみだったら自分で直しても良いが  流石にレンズは眼鏡屋いかないと駄目だな…。  行くタイミングも時間もないし、あきらめるさ」 「そう…ッスか…」 捨てるという問いかけに肯定すると、レベッカは黙り込んでしまった。 自分のために眼鏡を壊してしまった事を気にしているのだろう。 だが、それはもう過ぎた事だし、工具をすっ飛ばしたのはティエルのせい。 彼女が脱水症状気味になったのもレベッカのせいというよりは 生真面目な性格が災いしただけで責めるべきところでもない。 そこの認識を間違われると、この娘の事だ。それでもなんとか弁償すると言い出すか、 ともかく後々ずっと気にするに違いない。 「あ…、なんなら弁償ならティエルにさせるから本当に気にするなよ。  あいつ、前もマハトに突っ込んでたりしたらしく、とにかくそそっかしいんだ」 「あ、あれあの人だったんスか?前、別のチームの人ッスけど、  レストアした直後にどこのどいつだって怒ってたッス」 「ホントか?会わせてやりたいな」 「昔気質のおやっさんなんで、多分会ったらしこたま絞られるッス」 「フ…、じゃああいつには良い薬かもしれないな」 そんな他愛の無い話でようやくレベッカの顔にも笑みが戻る。 エルズもほっとして、壊れた眼鏡を燃えないゴミにしようと、 ポケットに入っていたビニール袋へ入れると再びレベッカの視線がそれに向けられた。 「あ、あのっ…それ、もし捨てるなら…」 「ん?」 「もし捨てるなら、も…もらえないッスか…?だ、駄目ッスか?」 これまでで一番おどおどした様子で、壊れた眼鏡を要求するレベッカ。 一瞬こちらも言葉につまると、レベッカはさらにたたみかけてきた。 「その、あの、エルズさんの持ちも…じゃなくてそのっ、  今守ったもらったッスから、今後もお守りになるかなって…」 「…、」 それは精一杯勇気を出して言った言葉なのだろう。 真っ赤になりながらそういう彼女に、苦笑いしながらエルズはこたえた。 「ご利益、とてもあるとは思えないけどな」 「あ、ありがとうございますっ!!」 エルズは、手に持った壊れた眼鏡をレベッカの手に持たせ、 それにレベッカの視線が落ちた時、ふと彼女の前髪を止める髪留めに目が留まる。 桜の花を模した飾り。 彼女の桃色の前髪に自然となじむと同時にアクセントになっていた。 「桜…昔、一樹の家で絵を見た…日本の春を彩る綺麗な花だな。 好きなのか?」 「あ…これッスか…あの…笑わないで欲しいッスが…良いッスか?」 なんだろうか、藪から棒に。 とりあえず聞いてみたいので肯定に頷いてみせると、 「私…ハーフで…。で、もひとつ名前が…あるんスけど…」 「ああ」 「それが、サ、サクラって言って…レベッカ=サクラ=ヨシノがフルネームなんス…」 「そうか…じゃあ、サクラって呼んでいいか?」 親しみを込めて、そういうつもりで提案すると レベッカは顔を赤くして、 「や、やめてくださいッス!恥ずかしいッス!」 「そう…か?良い名前だと思うが。俺も好きなんだ。桜」 せっかく教えてくれたのだし、何より素直にそう思った。だからそうこたえてやると、レベッカは 節目がちに言っていたのからバッと顔を上げて、 「ほ、ホントッスか…?  その名前をつけてくれたお祖母ちゃんが地球育ちで、小さい頃から庭の小さな桜を見てきて、  あたしも桜は大好きなんッス。 うちは兄弟多くて貧乏だったんスけど…  桜のように人を笑顔にできるような、清らかな、綺麗な心に育つようにって…  あたしのこともサクラちゃんサクラちゃんって呼んでくれたッス。  あたし…それがとっても嬉しかったッス…。  お祖母ちゃんはもういないけど、誰かのために何か出来ないかって必死に勉強して…」 レベッカはそう言って、これまで見た事ない穏やかな笑顔で言葉を続ける。 家族の想いが、今のこの多少天然ではあるものの何よりも素直な心を、 そしてこの歳で本当の仕事というものをを、すでに身に着けさせている… その秘密が少しわかった気がして、エルズは黙って彼女の言葉に耳を傾けた。 するとレベッカは少し表情を曇らせ、 「でも…大きくなるにつれて、名前負けしてるんじゃないかって、思うようになって…  奨学金で通っていたミドルスクールやハイスクールでも、  周りが華やかなのに、私だけ地味で、おまけに可愛くもないからいじめられたりもしたし…」 それで、ミドルネームを隠していたのか。 ただ、祖母への想いと自身の矜持の為、ひそかにこうして桜のモチーフを身につけている。 その髪留めに視線を落とすと、エルズはため息をついて口を開いた。 「…下らないな」 「えっ…」 「下らない。 そんなのはそのいじめてた連中のヒガミに決まってるじゃないか  祖母ちゃんの想い、ちゃんと今のお前に繋がってる…そう思う」 「ほんと…スか?」 「俺はお世辞が嫌いだっていったろ。  …誠実な仕事ってのは、真っ直ぐな心、曇りなく綺麗な心で打ち込むことで成せると俺は思ってる。  そして、俺はそういう誠実な仕事をする奴が好きだ。パイロットであれ、オペレーターであれ、  …勿論、メカニックであれな」 「っ…本当…ッスか? はぐっ」 いい加減疑心暗鬼でたずねるレベッカにデコピンをお見舞いしてやる。 だがそれも色々な過去を経ての事なのだろうから一概に彼女を責められたものではない。 そう思ってエルズはフォローもしようとして… 「しつこい奴も嫌いだ。   …だいたい、別に身の丈以上に化粧やお洒落をするだけが可愛さじゃないんじゃないか?  一所懸命で、感情にストレートなお前は、俺は可愛いとおも…う…」 「……」 きょとんとしてしまうレベッカ。 だが次第にその顔が紅潮してくると、 自分でも今言いかけた台詞があまりに直球過ぎて、つられて赤くなりながら慌て言葉を続ける。 「う…あ…っと、とにかく、その自信なさげな所をどうにかしろ。  もう少し自分の仕事、自分自身に自信を持て。  いいか?いいな、わかったな、わかったら返事をしろ」 「は、は、ハイッス!すいませんッス!わかったッス!大丈夫ッス!」 「よし…ったく、何を言わせるんだお前…」 いまさらだが自分の言った事に照れてしまう。 そんな照れ隠しのつもりでもないが、ふと思いついた事があり、 エルズはレベッカの前髪からピッと 桜の花の飾りのついた髪留めを外した。 「あっ…」 「これから俺も作戦なんだ。俺の眼鏡…それがお前のお守りなら、  俺のお守りに、お前の髪留め借りていいか?ちゃんと返すって約束するから」 「で、でもあたしなんかのでお守りなんてそんな…」 また彼女の恐縮する癖だ。 「それは俺も言った」 それでもレベッカは自分の眼鏡をお守りだと言った。 だから、自分もそうする。 そういうように、左胸のポケットにレベッカの桜の髪留めをとめて、 それを見たレベッカも、ゆがんで割れた眼鏡をきゅっと胸元で握り締め、 どちらからというわけでもなく、二人笑みを浮かべた。 「これで終わりよ」 冷たいその言葉と共に金色の不死鳥が火を吐く。 イグザリオンのバスターキャノンから発射されたエネルギーが、 エルズの目の前で一樹のミシェリオンの胴体と頭部を打ち抜き、 同時に機体中央から発射されるレールガンが制御を失ったGインパルスウェポンや 手足を蜂の巣にしていく。 そして… 「っ…!」 二筋の光がイグザリオンの翼にそって輝き、それがミシェリオンのシルエットと 交差した次の瞬間、ミシェリオンはいくつもの破片へと姿を変え ボディ下部から爆発が起きてコックピットブロックごと吹っ飛ばされてしまい それを目の当たりにしてエルズは声を荒げた。 「一樹っ!一樹!!!」
あの一樹がまるで子ども扱い。 一樹も勿論学生時代よりも遥かに腕は上達し、実戦も経験している。 今では機体のアドバンテージが相当ないと勝つ事はかなわないだろうというほどの ヴァールハイトの中でもトップクラスの腕を持つパイロットのはずだが、 上位の次元という物を思い知らされた思いだった。 それもアーマードモジュールが戦闘機にサシで負ける…。 人型機動兵器が戦場の主役に取って代わって以降、ありえない光景だった。 勿論戦術的に多数の戦闘機で掃討戦ということもあるが、 一対一となった時、直線的動きになりがちな戦闘機では フレキシブルな機動を可能とするアーマードモジュールに一手遅れるのが定石。 だがこの目の前にいる金色の不死鳥は、ある程度ロートルというハンディも 持ちながらも、その類稀な操縦技術とそれにより真価を発揮できる 他を圧倒する機体のポテンシャルにより、カスタムアーマードモジュールを撃破するに至る。 「化け物が…っ!よくも一樹を…  …っ!?生体反応!? 奥歯をかみ締めかけたその時、ふとレーダーに熱源、ばらけたミシェリオンのボディ部分に 人間大の生体反応がある事に気がついた。 「一樹!!」 まだ無事の可能性がある。コックピットブロックが生きていれば… その一縷の想いにかけ、慌ててそれを確保にかかる。 そしてミシェリオンのコックピットブロックにスレイプニールの手が届きかけた時… 「っ?」 コックピットの中…目の前を、ピンク色の小さなものが通り過ぎるのに気がついた。 それを目で追うと、それは出撃する前、コックピットの操作パネルの端っこに 挟んで固定しておいたレベッカの髪飾り。 それがいつしかはずれ、右から左へ流れていく。 それは不思議とまわりの時間全てが止まったような感覚の中で、 それまで一樹のミシェリオンにばかり集中していた意識に、 次第に何か別の音が聞こえてくるのを気づかせてくれた。 「…熱源警報!?」 『エルズ!後ろを!!』 続けて通信機ごしに聞こえる京の声。 それらを複合して、今自分に何が迫りつつあるのか、 それを冷静に判断している時間は無い事は直感的にわかった。 とにかく一樹の安全を確保するべく、コックピットブロックを守るように機体を屈めさせ、 それと同時に真後ろから来る熱源にたいして角度をつける事で、 直撃のダメージを最小限に減らす。 それを脊髄反射的に行った直後、すさまじい衝撃が機体を襲った。 「ぐぅっ…あっ!!!」 イグザリオンの主砲の直撃。 戦艦の主砲並のそれを、直撃とはいえ僅かに被弾角度をそらして クリーンヒットは避ける事に成功した。 だが、それでもダメージはひどく、スレイプニールの稼動は完全にストップし、 コックピット内にはエマージェンシーを示す赤い照明と警報が光り、鳴り響いている。 『リィズ…曹長!』 通信機からは自分を呼ぶ仲間の声が聞こえる。 「こちらエルスタッド=リィズマン!何とか生きてる!  回収を…っ!くそっ!通じてないのか!?」 こちらからの呼びかけには応答がない。 さらに悪い事に、機体は今も尚相当のスピードで主戦場から遠ざかっていた。 イグザリオンの攻撃により加速がついて、抵抗の無い宇宙空間で流されていたのだ。 「くっ…」 何も出来ない。その事実を突きつけられエルズはキャノピーを殴りつける。 そしてふと、目の前を再びあの髪留めが流れてくるのに気づき、 おもむろにそれを手に取った。 「…」 不意に脳裏に浮かぶのは、レベッカの屈託の無い笑顔。 死の際に瀕して浮かぶのが女の顔とは、我ながら女々しくなったと 思わず自嘲の笑みをこぼすが、 あの刹那、この髪留めのおかげで、破砕されたミシェリオン以外への意識を取り戻す事が出来た。 もしあのままミシェリオン…一樹を確保してホッとしていたら 間違いなく直撃も直撃、真後ろから垂直にあの戦艦並みのビーム砲を受けて、 ミシェリオン共々粉々にされていただろう。 一瞬の気づき、一瞬の判断力を取り戻させてくれたそれに素直に感謝の気持ちを覚え それをまた、コンソールの、通信機横の隙間に挟み込んだその次の瞬間、 『エルズ…エル…』 「っ!」 一樹の声が聞こえた。 接触回線で非常に音質は悪いものの確かに一樹の声だ。 急いでマイクの音を入れて、エルズは一樹に呼びかけた。 「一樹!大丈夫か?」 『なんとか…でも、機体は…みたいだ。エアもある』 「そうか…よかった。怪我は?」 『衝撃で体が痛いよ…でも、重傷…ない』 「そいつは何より。  先ずはお互いの機体に残ったエアを大事にするぞ。  なんとしても、生きるんだ。  無事を信じてくれているやつの為にも…」 仲間達の顔、一樹の身を案じるマリア。 そして、自身の身を案じてくれたレベッカの顔が 続けて脳裏に浮かび、呼吸を増やさないよう静かに目を閉じた。 「う…」 それからどれだけの時がたったのだろうか。 いつしか気を失っていたエルズが目を開けると、 そこはスレイプニールのコックピットの中ではなかった。 シャトルの医務室…そのような所のベッドに、エルズは浮かないよう固定されていた。 「ここは…っ」 そしてふと、自分以外の気配に気づいて首を傾けると、 そこには膝を曲げてふわふわと漂い眠るレベッカの姿があった。 「レベッカ…?おい…っく…」 頭痛が走る。酸欠状態によるものだろうか、 くらくらする頭をおさえながら、漂うレベッカに手を伸ばし、 それがふと肩をかすったところで、レベッカは気がついた。 「ふぁ…?」 「レベッカ…どうしてお前、ここに…?」 「っ…え、エルズさん…目ぇ覚ましたッスねっ」 パァッと笑みを、だが何処かなきそうな顔をしたレベッカが 天井を蹴って思い切り胸に飛び込んでくる。 全身でぶつかってきた重みで思わず嗚咽をこぼしながらエルズはレベッカを受け止めた。 「ぐぁ…お、おい、怪我人だこっちは…」 「ぐすっ…ごめんなさいッス…でも、よかったッス…」 無重力にぼろぼろと文字通り珠のような涙をこぼしながら レベッカはエルズの無事を喜んだ。 見渡すとそこは、雀の部隊が偽装する民間シャトルの中。 小さいが医務室もあり、エルズはそこに運ばれていた。 エルズはまずレベッカに何故ここにいるのか、それをたずねた。 「どうなってる?俺はなんでここに…?一樹は?」 「月に先行して戻る途中の私達部隊に、  お二人が壊れた戦艦のところで漂流していると組織上層部の連絡係の人から連絡をうけたんス  神道隊長はすでに気がついて、後部デッキのところにいるッスよ」 「そうか…上層部って?」 「秘匿回線ッス。 勿論正式なコードッスけど、初めて見たのでそれで  エルザム少佐に照会したら、本物だって」 「…なるほど、やはり統合府の穏健派がバックボーンにいたか…」 「えっ!?そうなるッスか?」 独立義勇軍というわりには組織がしっかりしている。資源の供給にしてもそうだ。 また、統合軍の最新の巡回コース等の情報が早すぎることから、 エルズは前々からエルザムの地盤を武器に、今でも統合府上層部と 太いパイプを維持していると考えていた。 「あからさまに、というわけじゃないが、いくらか考える要素はあったさ。  少なくとも、その存在を黙認してる程度の支持は最低あるはずぐらいのこともな」 「でも、具体的な支援もしてくれるッス。  軍で開発した最新式のスラスターモジュールと  ショックアブソーバーを月の工場に搬入してくれるそうで、  用途は任されてるッス」 「そうか…。…ところで、その格好は?」 そこでやっと、エルズは目の前のレベッカの格好にツッコミを入れた。 前とかわらない作業服、前と変わらない髪型、前と同じ笑顔に 前と違う小物の存在。 彼女の顔には先日壊れたエルズの眼鏡がかかっていた 「あ…ふ、フレームの歪みは自分で直したッス。  レンズの所は透明プラスチックでレンズの形に作って…」 要は、伊達眼鏡に改良したのだという。 それをかけてはにかんだレベッカだったが、 どうにも、ほんわかしたノリの彼女には吊り型のシャープなエッジの利いた眼鏡が 若干ミスマッチに思えて、それでもがんばって着こなそうとする その姿が思わず可愛いと思えて、おもむろにその頭を撫でてやった。 「可愛いんじゃないか。 微妙にもてあまし気味なところも」 「褒められてるんだか貶されてるんだか微妙ッス…  でも、うれしいッス」 少し口を尖らせたが、それもこっちの台詞が皮肉屋なりの褒め文句だとわかってくれているので すぐに頬を赤くしてはにかんだ。 と、そこへパシュッと扉が開く音がして、一樹が医務室に入ってくる。 すかさず目が合って、一樹は一瞬固まると 「あ…お、お邪魔しました」 と、ドアを閉めようとするので 「ま、待て。いいから」 慌てて呼び止めた。 一樹は少し遠慮がちに振り返ると、すぐ神妙な面持ちになって話をはじめた。 「大丈夫?…そう。  …ヴァールハイト上層部の人と話したよ。  それでエルズ、君に頼みがあるんだ」 「頼み?」 やけに改まっての頼みだ。 こちらも不真面目には聞けないと、ベッドから腰を上げる。 そのままふわっと上がりそうになった体をレベッカを支えに立ち上がった。 「さっき様子を見てきたらスレイプニールの損傷は軽微とは言わないまでも  修復が可能なレベルだと思うんだ。  それに引き換えミシェリオンは、修理用の部品さえそろえば何とかなるとはおもうけど  再建には多分スレイプニールの数倍の時間とコストがかかる…。  政府筋の情報だと統合軍は連邦との決戦を急いでいる。  近いうちに決戦が起こるのは避けられ無さそうだ。…それで」 一樹はそこで少し言葉に詰まる。 こちらの感情をうかがうような、そんな視線を向けてくる。 だが、それに対してエルズは笑みを浮かべ、一樹の言葉を途中でさえぎるように返した。 「スレイプニールを、お前仕様にすればいいんだな」 「…いいの?」 思いのほか驚いた様子を見せる一樹。 やはり忘れていたのだろうか。 まあ何年も前の口約束だ。 無理も無いといえば無理も無いが、少しだけ癪に障ったので軽くにらみつけると 「いいのもなにも。 忘れたのか?俺はお前に最高のマシンをくれてやるって言ったんだぜ。  そのかわり、お前は俺に最高のパフォーマンスを見せる。 そういう約束だったろうが」 「あっ…」 「元より、あれはお前のために作った機体だ。  でも再会した時、お前にはすでに相棒がいた。  横恋慕するほど野暮じゃないし、俺にもまだスレイプニールを真の完成へ近づける為の  調整期間が必要だった。 けど、もう良い頃だろう」 ヴァールハイトでの戦いはデータ収集には最高の環境だった。 一機体への要求が高く、また個性豊かな機体が揃う中で 個々の役割が明確になりやすい。そうした中で、スレイプニールに求められるものが 机上からは導き出されなかったものでいくつも見つかった。 そして同時に、それが今の一樹のセンスと融合した時、 学生の頃想像した以上のものになるという確信も生まれた。 もはやスレイプニールのシートに愛着はあれど未練は無い。 エルズはポケットに入っていたスレイプニールのキーを取り出すと、一樹に向かって放り投げた。 「っ」 パシッ、と小気味良い音を立てて一樹の手に収まるフラッシュメモリー大のキー。 手に収まったそれを見る一樹に、エルズは口の端を上げて笑みを浮かべると、 「覚悟しろよ。 本域のスレイプニールは相当なじゃじゃ馬だぜ」 「…それぐらいじゃなきゃ、張り合いが無い」 向こうもだんだん調子が出てきたのか、笑みを返してそういうと、 エルズは傍らのレベッカに視線を向けて尋ねる。 「レベッカ、月のドックへはどれくらいでつく?」 「一日もあれば…って、エルズさん機体の改修をするつもりッスか?  駄目ッスよ、エルズさん怪我だってしてるのに…」 「俺じゃなきゃ、あいつの面倒は見れない…。頭と両手が動けばどうにでもなる」 「でも…」 「頼む。お前も協力してくれ。真のスレイプニールは今に輪をかけてピーキーなマシンなんだ。  その調整のためにはお前の正確、精密な仕事が必要だ」 それは世辞でもおべっかでもなかった。 彼女の心のこもった仕事に感銘を受けたのは本心で、自分で設計していても 絶妙の調整が必要になるだろうと予想されるスレイプニールの本当の力を解放するには 彼女の正確な、丁寧な仕事が必要だった。 レベッカはそんなエルズの言葉にしばらく言葉を止めるも、 おもむろに顔を上げて、 「…わかったッス…。でも!絶対無理をしないって約束するッス!  指示してくれれば、あたしがエルズさんの手足になって働くッスから!」 「ああ、頼む…。ってお前も無理をするなよ」 よほど無茶をするのがレベッカのほうだ。 そういうように額を指で押してやるとレベッカは照れ笑いを浮かべ、 一樹も僅かに笑みを浮かべると扉を開けて、部屋を去ろうとした。 「それじゃあエルズ、月に着くまで  システムのデータ見させてもらうよ」 「それはかまわないが…そうだ。みんなに無事の連絡は?」 「…してない」 「っ…してない?」 思わず聞き返してしまった。 部屋を去ろうとしていた一樹は再び振り返り、こちらを向くとさらに言葉を続ける。 「僕らが漂流していたコースはヴァールハイト首脳と出資者が  統合軍から身を隠す為のベースのすぐ近くなんだ。そうでもなければ  なかなか人も寄らないスペースデブリエリアで、  もしどこからかそこで誰かに助けられらと漏れれば、  その人たちを危険にさらしてしまう」 「それはっ…じゃあ、せめて彼女に連絡ぐらいはしたのか?」 数日共に過ごしたこのレベッカですら、目を覚ました時は泣きそうな有様なのだ。 聞けば仲むつまじい二人だというが、 そんな二人が戦争で引き裂かれたとあれば、その胸中察するに苦しいものだろう。 なら、少しでも早く安堵させてやるべきだ。そういうエルズに 一樹は非情に徹するといわんばかりに首を横に振る。 「っ…お前」 「…あっちには京もいる。 マリアと幼馴染の京なら、  僕の代わりにはなってくれなくても、少しは支えてくれると思う。  …でも、時が来れば必ず彼女に生存を伝える。僕にとって彼女の代わりはいないから」 それは本人にとっても非情の決断なのだろう。 思えば冷静に諭すのは自分だったはずが、気づけばこの場で感情的だったのは自分だったと気づくと エルズは一樹の決断に納得は出来なかったが理解を示した。 「…わかった。  だけど約束しろ。決戦がいずれにせよ近いといったな。  その時までには俺が必ずスレイプニールを完成させてやる。  だから、その時までには必ず彼女に無事を伝えろ。いいな」 「…わかった。ありがとう、エルズ」 朴念仁な友に、それだけ約束させると、 二人はしばし休息の為互いの部屋に別れ、月への到着を待つ事にした。 だが、その時心なしか、一樹の表情にどこか救いの笑みが浮かんでいたのを エルズはなんとなく感じていた。
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