クロッシング・ワールド 第四話 修羅との対話

第四話 修羅との対話

燃えさかる市街での四つ巴の戦いは佳境を迎えようとしていた。 先行して出撃したヴィクトールとイーリスに、L&Eコーポーレーションのラウル・グレーデンとデスピニス・グレーデンの二人が協力し、 ガクルクス一門を名乗る手だれ5人の率いる修羅の集団と交戦、 さらにそこへシャドウミラーの残党であるコード・プリーズラク、改修型アシュセイヴァーの乱入と 所属不明の鋸付き量産型ヒュッケバインMkーII改が事実上LFXチームの支援機として参戦。事態が混戦を極めた頃、 シャドウミラー残党の出現から間もなく、LFXチームのユウイチロウ、スフィールが合流した。 そして最後に戦場に現れたのは・・・ 「アルフィン・リギルケント・・・修羅神サレオス、ここからは俺が相手だ!!!」 赤く燃えるような光を体に纏い、構えを取る馬面の修羅神サレオス。 その姿にラウルは先の戦いで戦った修羅の事を思い出したようで、些か同様を見せつつ警戒の色を強めていた。 「L&Eの!そいつは多分あんたの知ってる修羅じゃない!」 上空からイーリスがラウルに告げると、ラウルもわかっているようで通信画面の向こうでうなずいた。 「わかってる、雰囲気が違う。あの視覚化されたオーラはどちらかといえばフォルカの兄貴・・・  アルティスに近く見える・・・けど、機体はアリオンのアガレスに瓜二つだ。  どっちの攻撃方法を仕掛けてくる・・・!?」 そこは先の戦いをくぐり抜けた経験からか、冷静に相手の性質を見抜こうとする。 するとデスピニスも分析結果をラウル他LFXチームにも転送し呟いた。 「彼らの言う覇気・・・エネルギーが上昇しています」 「ああ、フォルカに最初に会った時かそれ以上の重圧感を感じる・・・。まだ声は若そうだけど」 「だが修羅の歪んだ価値観に染まった所詮蛮族だ!若かろうがなんだろうが!」 そう叫び、ヴィクトールがリボルビングランスで突撃する。 すると、ヴィクトールのガーダイド・ナイトとアルフィンのサレオスの間に割り込む影。 巨大な回転鋸で火花を散らしながらリボルビングランスの突撃力をいなし、体でガーダイド・ナイトのチャージを ナナミの量産型ヒュッケバインMkーIIが止めると、次の瞬間ヴィクトールが通過するはずだった路地の ビルの影真横から青い光を帯びながら高速で通り抜ける物体が3つ。 ナナミが止めなければ無防備な真横からの攻撃でヴィクトールは戦闘不能に陥っていた可能性があった。 「チッ」 ビルの上からそれを眺め、飛ばした機影を改修したのはコード・プリーズラク。 ナナミは漁父の利を狙いLFXの一人をつぶしにかかろうとしたその動きをいち早く察知し割り込んだのだ。 「・・・気をつけて。あの男、隙を見せたらやられるわ」 「う・・・すまない・・・っ!!危ない!」 ヒュッケバインの肩越しに、急接近するサレオスに気づき今度はヴィクトールのガーダイド・ナイトがシールドを前面にかまえ 援護防御の態勢を取った。 「はぁっ!!!」 閃光を纏った拳が振り上げられる。 間一髪防御が間に合ったガーダイド・ナイトのシールドは激しい音をたてて腕をもっていかれそうになるが、 さらに闘気を込めようとサレオスが地面を踏み込んだその直後、サレオスは何かの接近に気づいたようで飛び退いた。 「やらせない!!」 スフィールの量産型ヒュッケバインMk-II改・通称・アイスフォーゲルが両手のビームカタールソードで強襲するが、 サレオスは回避する。だが、それでも諦めずにスフィールは着地と同時に腰のニュートロンビームガンを抜き 2丁拳銃で追撃する。 「くっ!!」 「アルフィン!こんな豆鉄砲は俺が!」 「防御力は私が一番だからねぇ!」 速射性のある光弾は威力は低いもののサレオスの装甲を削っていく。 そんな彼を守ろうと、ネイルとマキ、二人の修羅が操る修羅神・スキウスが射線上に割って入ってきた。 「っ!!ネイル!下がれ!マキも!奴はおとりだ!」 「っ!?」 スフィールの射撃に気を取られていたのだろう。 すでに上空にジャンプしていたユウイチロウのゲシュペンストに気がついていたのは この場ではアルフィンだけだった。 「遅い!」 上空からブースト全開で量産型ゲシュペンストMk-II改の全重量をのせた飛び蹴りがネイルのスキウスをとらえた。 反射的に氷の壁を生成し防御を図るも、衝突により瞬時に氷が粉砕され 強烈な一撃がネイルのスキウスの胴体に直撃する。 ネイルの機体は一瞬くの字に機体が曲がったかと思うと 飛び込んできたゲシュペンストの勢いそのままにスキウスごと何本ものビルを蹴り崩していった。 「ぐぅっ!!!!」 その衝撃はすぐ横に居たマキのスキウスも吹っ飛ばし、それは咄嗟にラジムのスキウスが受け止めにかかる。 だが直撃を受けたネイルのスキウスは、胴体にくっきりとゲシュペンストの足跡がついた状態で 瓦礫に半身埋もれながら完全に沈黙していた。 それを見下ろしてユウイチロウは感嘆の言葉を漏らす。 「モーションパターン・アルティメットキックでまだ形状を保っているとは、な」 「くっ!!ネイル!!」 「・・・!!」 アルフィンの修羅神サレオスと、アルギースの修羅神スキウスがユウイチロウのゲシュペンストに迫る。 味方をやられての猛撃にユウイチロウも一旦距離を取ると、アルギースのスキウスが倒れ動かないネイル機を担ぐ。 「アルギース、ネイルとマキを塔へ・・・!」 「・・・大丈夫か」 「俺は大丈夫・・・!殿軍は務める!」 アルフィンのその覚悟のこもった言葉に、アルギースは納得したのか 黙ってうなずきネイル機に肩を貸したままラジムの元へ戻る。そしてラジム機からマキ機を預かると 戦場から撤退していった。そしてさらに、 「フェルナ、ラジム、俺たちも隙を見て撤退だ。 まだここは、命をかける舞台じゃない」 「・・・わかった。アルフィンの言う通りにする」 「しかたありませんね・・・。確かにあなたの言う通り、まだ我らの修羅神も全力ではない・・・」 残る二人にも撤退の指示を出すと、二機のスキウスは先に撤退した三機を追うように市街地を離れていく。 当然それを逃すまいとヴィクトールがガーダイド・ナイトですかさず仕掛けるが・・・ 「ブースト!逃がすかっ!!」 「させるか!」 片腕のフェルナ機をまずは落とさんと、ソニックブーストをかけるガーダイド・ナイト。 だが、最大加速を前に腕を取り動きを止めにきたアルフィンに勢いをそがれ、 ガーダイド・ナイトとサレオスが丁度頭突きをするようにして、つば迫り合った。 「またこいつ・・・!!」 「修羅神サレオス、抜けると思うな・・・!!」 執拗にこちらの動きを妨害するサレオスにヴィクトールが何とか隙を作ろうとするも 手数の多さでは向こうに分があり、超至近距離での攻撃はことごとくいなされてしまう。 その間にもどんどん反応は離れていき、イーリスが追跡をかけようと旋回・上昇、 スフィール、ユウイチロウもヴィクトールがサレオスを抑えている隙に 追撃を仕掛けようと前進した・・・その時だった。 「隙だらけだ・・・!!」 ガーダイド・ナイトに肉薄する修羅新サレオスの腹部に真横から強烈な衝撃が襲いかかる。 「ぐ!?・・・ぁっ・・・!!」 フッとガーダイド・ナイトの武器を抑えていた力が抜け、サレオスはヴィクトールから見て 文字通り真横に吹っ飛んでいく。代わりにそこにいたのは右腕のトンファー状の武器、 オロチブレードによる一点突破の打突を繰り出し、振り抜いたポーズのアシュセイヴァー改修機・プリーズラク。 吹っ飛んで沈黙したサレオスを一瞥し、残る修羅ににらみを利かせるようにした。 「フン・・・修羅のわりにはずいぶん甘い奴だな。 おまけに弱い。  これならこの間まで頻繁に現れてた修羅の方がよほどぶれないし手強いものだ」 「お前・・・っ!」 目の前で相手を横取りされた形のヴィクトールが、プリーズラクを睨みつける。 向こうは余裕の動きでこちらに向き直ると、 「何だ?奴らはお前らにとって敵だろう?」 半笑いを浮かべたような口調で言うパイロットの男は詰め寄るガーダイド・ナイトをオロチブレードで押しのけると、 再び距離をとって数ブロック先の路地中央に立ち止まる。 「さて・・・修羅軍は瓦解・・・次はお前達が闘争の上に果てるか、それとも進化の可能性を抱くか?」 「闘争の上の淘汰・・・まだお前達はそんな事を・・・!」 ヴィクトールはプリーズラクのパイロットがいう闘争が人類の進化を促す世界に批難の目を向ける。 だがプリーズラクは手に持ったオロチブレードでLFXチームを指すと、 「間違ってはいないだろう。終わらない戦争がお前達のようなチームを作り・・・」 次にエクサランスを指し、 「人助けのためと言いながらその実、手にするのは強い武力・・・」 そして鋸付きのヒュッケバインMk-II改を指し、 「出自の不透明な組織が新兵器開発にその戦いを利用し・・・」 最後に倒れたサレオスを指した。 「世界は再び修羅を欲した・・・!  果ての無い闘争が人類を進化させる、その真理を体現する修羅の出現がその証・・・」 「世界がそれを望んだというのか・・・!」 「世界が、そしてお前達が、だ。・・・むっ」 プリーズラクのパイロットがそこまで言ったところで、数ブロック先へ距離を取る。 ヴィクトールらもその理由、横で上昇するエネルギー反応に気づいて視線を向けると そこには大型の砲身を構えた鋸付きの姿があった。 「なら、あなたの居場所はそこにはないわね・・・!受けなさい!ターミナスランチャー!!!ディスチャージ!」 ナナミのその言葉とともに発射されたターミナスランチャーの一撃は、 ビル間を抜けて通りの向こうのプリーズラク目指して一気にのびていく。 だが予測していた分向こうの反応も早かった。 射線とは垂直に移動し、ナナミがそれを追いかけながら砲身を動かすも 元々チャージしていた分のエネルギーでしか撃てないそれの発車時間は数秒と短い。 難なくよけきると、プリーズラクは都市部外郭まで下がり言い放つ。 「戦いが続けられるのは俺の意思ではない。だが、ヴィンデル大佐の描いた理想には導く者が必要だ」 「それを、貴様がするというのか。シャドウミラー首魁・ヴィンデル・マウザーの代わりに」 ユウイチロウがプリーズラクを睨みつけつつ言う。 するとむこうのパイロットもそれに応えるように 「フッ・・・それも世界が望むならな」 と言い残して、戦闘エリア、市街地から撤退していった。 修羅、そしてシャドウミラーの撤退により戦闘は終結・・・ 数十秒前とは比べ物にならないくらい静かになった市街地で佇む数機の機体のうち、 鋸付きのヒュッケバインMk-II改はいつぞやと同じように踵を返すと、 プリーズラクとは違う方へ飛び立とうとスラスターの出力を上げる。 「っ・・・!待って!」 「そうだ、今度こそ話を聞かせてもらうぞ!」 「・・・」 スフィール、ヴィクトールが進路を塞ごうと動く。 だが鋸付きの方が一手早く、急加速で市街地から飛び立った。 「待ちなよ!」 すかさずそれをイーリスのシェイルフィードが追おうとするが、 「待て!セレイル中尉!」 「!?」 「市民の安全確保が先だ。引き続き消火活動の協力に移る」 「そんなの駐留の・・・って、そうか。あらかたやられちまったんだっけ・・・。  ・・・ちぇっ、ASRS使ったね・・・もう追えないよ、ったく・・・」 一瞬追撃しかけたイーリスは大回りで上空を旋回すると、改めて街の様子を確認するように 上空を周回する。その合間に鋸付きをロストした事を告げると、 エクサランスのラウル、デスピニスもLFXチームへ通信をつないだ。 「俺たちも消火、救助活動に参加する。本来それが俺たちの仕事だからな」 「ああ、協力に感謝する。 ・・・あとは、こいつか・・・」 そうヴィクトールが答えつつ視線を向けた先には、動かなくなった修羅神サレオスの姿があった・・・。 数時間後・・・ ーーチベット奥地魔龍の塔ーー 帰還した五魔将、先行したアルギースとネイル、マキから十数分遅れて ラジムとフェルナが帰還した。 すでに塔につくころにはネイルとマキも意識を回復しており、 帰還したフェルナとラジムが二人だけで帰ってきた事で、一時騒然とした。 「おい!!どういうことだよ!!なんでアルフィンが帰ってきてない!!」 ネイルが自身を体現する氷とは真逆のように烈火の如く怒り、ラジムとフェルナに詰め寄る 襟をつかまれ壁に押し付けられるフェルナは、それに対し抵抗の意思を示さずに 甘んじてその恫喝を受けていた。 「・・・アルフィンは・・・殿軍を務めると言って残った」 「っ・・・!それでお前達だけのこのこしっぽ巻いて逃げてきたのか!」 一層強い力で壁に押し付けるネイル。そんな激情の男の肩をつかんでフェルナにかかる手の力を 緩めたのはフェルナと同じタイミングで戻ったラジムだった。 「やめなさい。ネイル。・・・たしかにあなたの言う通りですが・・・  それでフェルナを責めるのは筋違いというものでしょう。  弱き者は討たれる・・・それが修羅のさだめなのです」 「アルフィンは、アレイグ様の一番弟子だぞ!一門の繁栄が我らの望みなら  あいつを生かす事も俺たちのすべきことじゃないのか!それが出来ないばかりか、守られて・・・!」 怒りの矛先はラジムに向く。するとそんなネイルの両肩を後ろから 寡黙な男、アルギースが抑えにかかった。 「アルギース!貴様もか!」 「・・・」 ただ無言でネイルの静止にかかるアルギース。 そんな二人の組み合いを見て、マキが仲裁に入った。 「アルギースは、うちらがもめててもしょうがないじゃんってさ。  そりゃネイルの言う事もわかるし、ラジムの言う事も真理だけど、  とにかくアルフィンが無事に帰る事をまず考えるべきじゃないかな」 「マキ・・・くっ・・・!」 「・・・それと、アレイグ様が呼んでるから。あたしら5人お呼び立て。  アルフィンも心配だけど、あたしらがまず生きていられるかね」 マキは言葉の内容程に緊張感が無いような口調で、ただ表情は焦りをうかべつつ 塔の上部へ上る階段を指差した。 その頃・・・ 時刻は夜10時すぎ・・・ 連邦黒海沿岸基地に停泊するナハティガル・・・ 街の消火・救命活動もL&Eコーポレーションの協力や近隣の基地からの支援により 少しずつ戦いの残り火が収束しつつあった。 連邦の応援部隊が到着し、正式に対策本部が敷かれた事で民間のL&Eコーポレーションは ひとまずお役目終了となり、次にLFXチームも本来特務を受けているチームであり 先の市街防衛戦は成り行き上の参戦だったことから、街の復旧作業は 到着した部隊に引き継がれ、メンバーは一時の休息時間をとることとなった。 そんな中で・・・ 「・・・収容したあれってどうなったんだ?」 アカリがブリッジで先の戦闘レコードをまとめていると、 不意に扉が開いてヴィクトールがそう言いながら一緒に来たオーレンに尋ねていた。 整備データの準備を終えたオーレンもフロレンツへ渡すための診断ディスクを手で弄くりながら 「機体拘束してあるけど、コックピットはどうやら俺たちじゃ入れないみたい。  とりあえずこれ、修理・補給用のレシピ。  フーちゃんお願いできるかな」 「はい!お預かりです!」 手渡すと、とてとてとオーレンに近づいたフロレンツは両手でそれを受け取り、 自分でコンソールへ挿入して自分の席へと収まり作業を始める。 アカリはそんなやりとりに一旦自分の方の手を止めて、 「・・・でも、パイロットは出てきたんでしょ?出てきたっていうか、吐き出されたっていうか」 と尋ねる。 自分もブリッジからドックエリアの映像ごしでしか見ていなかったが、 その機体を収容したところ、コックピットらしきハッチが開きそこから銀色の長髪が出てきたのを 見たのを記憶している。 そしてそれは気絶しており、ひとまず艦の医療設備にて診察を行うこととして、 一旦イーリスが看るという流れになった。 それがヴィクトールには面白くないらしく、 「さっさと息の根を止めれば良かったんだ。 起きて暴れだしたらどうするんだ」 そういいはなつと、彼がその相手・・・というか、相手の種族を恨む事情も知っているものの そんな彼をなだめるようにオーレンが肩をぽんぽんとたたいた。 「まあ・・・無抵抗な、というか気絶した相手をってのも寝覚めがわるいでしょ」 「取り調べもしないとだしね・・・、あっ」 と、そこまで言ったところでブリッジの扉が開き イーリスとスフィール、リュカ、ユウイチロウが入ってきた。 メンバー全員がこれでブリッジにそろった形だ。 イーリスが来たという事は収容者の診察が終わったという事も意味する。  「そろってるか。皆」 「そろそろ出発ですか?」 「あー・・・それなんだが、明日朝まで延期になった。  復興作業は引き継いだとはいえ、防衛戦力の方まで避ける程充分な人と機材がまだないらしくて、  少なくとも明日の朝、北欧方面軍からの援軍がくるまでの間で良いので  この場にとどまって有事の対応に備えてほしいとの依頼がこの基地の暫定司令部からあってね」 リュカが困った様子で、だが仕方のないことともいうような微妙な表情で言うと それにまず反発したのはヴィクトールだった。 「そんな、俺たちだって任務があるんじゃないですか」 「・・・だが、民間人の安全、生命を秤にかけていいものでもない」 ユウイチロウがその主張を跳ね返す。 そう言われてはヴィクトールも返す言葉もないが、 そんな中でスフィールがおずおずと手を挙げてこの場の皆に質問をなげかける。 「ちょっと質問なんですけど・・・この船に収容してるあれをねらって修羅が来たりしないですか?」 「確かに、その可能性はあるね・・・向こうがあの機体を察知できればこの船を  狙ってくるかもしれないが・・・う、うーん。どうしよう」 「え、考えてなかったんですか・・・」 「いや、この基地に今あれをどうにかする余裕があるわけじゃないし、司令からの任務柄  我々が預からなければいけない事案である事は確かなんで、こうしている事は間違ってないはずなんだが・・・」 リュカは危険性というところになるととたんに不安になったのか、頭をかいたり 視線をあちらこちらにむけたりと余裕がなくなったような表情を見せた。 それに対し、オーレンは相変わらず落ち着いた様子で現状の課題を再度洗い出す。 「またここが戦場になる・・・そうなると、困るのは街の人たちだよね」 自分たちが今度は敵を呼び込む火種になりかねない。 その危険性もあるということだ。 するとリュカが、パンと手を叩き皆の方を見渡す。 「う、うむ。で、そうだ。考えていたんだが、明日の朝までこのエリアの防衛戦力が不足しているというのは  事実な訳だが、何も街にほど近いこの基地に停泊してなくてもいいのではという  考えもあってだな・・・」 「街が襲われたら急行し、我々が襲われたら街から出来るだけはなれる・・・か。  位置取りが難しいところだが、良い案じゃないか。艦長」 「そうだろう?なのでこの基地のドックから黒海海上をそのまま数km南下して、  人口の少ない郊外近くの沿岸にて停泊、明日支援部隊が到着するのを確認して  我らは任務に戻る、ということとしたい」 ユウイチロウに支持され少し調子が上がってきたリュカは方針を固めると、 それを聞いたメンバーもそれには特に異論は無いのかうなずいた。 それとは別に、というようにイーリスが控えめに手をあげると、リュカは扇子でイーリスを指し、 「セレイル中尉?」 「で、結局あの荷物はどういう扱いにするんです?  私らの任務が修羅の調査ということなら、うってつけだし  持ってたら持ってたでおそらく修羅が寄ってくるんでしょうけど・・・」 「一旦インジリスク基地へ引き上げになるだろうな・・・さっきムスタファ司令と会話もしたけど、  この件については情報部が動くかもしれないとの話が出ている。  現状で接触禁止の命令は出ていないが、明日朝までに帰投命令が出ると思う」 「了解、ま、手に余る荷物かもしれないしね。  なんせ、生きた修羅と修羅神を鹵獲したって話は他ではどこでも聞いた事がないからね・・・」 イーリスは納得した様子で、疑問はこれ以上無いと両手を顔の高さに上げてみせた。 そしてその後いくつかの業務連絡を終えると、ナハティガルは一旦街近くの基地から離れ 沿岸を南下し交代で休憩をとりつつ、明日の援軍到着までこの場で待機することとなった。 「・・・」 一人きりの・・・いや、正確にはフロレンツが作業中なので一人と一体のブリッジで、 一通りのレポートも終わり、一人休憩していたアカリは、 ふと今日の戦闘の事を思い返していた。 とはいえ、艦に戻ってからのそれは特にいつもとかわるということはなく、 むしろその前、遅れて艦に戻ろうとしたときに起きた事件・・・ 電気の落ちたパネルに突っ伏して、あの時の光景を思い返していた。 「・・・あの機体・・・やっぱりどう思い返しても・・・」 ランドリオンに狙いをつけられたその時、どこからとも無く現れた馬面の修羅神が ランドリオンを倒し、さらにはアカリとスフィールに対し、この場から逃げるよう 火の手と瓦礫の少ない方を指差して戦場に向かっていった。 それはどう思い返しても、二人の命を救ってくれたとしかおもえない。 「・・・修羅・・・なのに・・・。あいつらって、破壊と戦いが大好きないかれた連中じゃないの?」 ヴィクトールがよくそんな事を言っているので、少なからず否定的なイメージが ついてまわるが、その後の戦闘でも見せた仲間をかばう様子などを見て、 しっかりとした仲間意識や、民間人や非戦闘員に対する感情も持ち合わせているんじゃないか・・・ アカリはそう考えていた。 もっとも全員がそうだともおもえず、であれば最初からこんな市街地で戦闘等は行わないだろうし、 伝え聞いたところでは、以前別の修羅が日本北海道に現れたときには、 民間人を人質に取っていた事もあったなどと聞いている。 「・・・話・・・きいてみたいな」 アカリはぼそっとそう呟くと、数秒の逡巡の後 席を立ち上がり、医務室へと向かって歩き出した。 そこまで広くない艦内を数十秒歩くと、すぐに医務室の前に到着する。 前にはスフィールが、腰には拳銃を携えて携帯椅子に腰掛けて雑誌を読んでいた。 「や、おつかれ。フィー」 「あ、アカリさん。どうしたんです?」 ファッション雑誌だろうか、表紙にモデルの写真を使った大きめの雑誌を閉じて 立ち上がって軽い敬礼をしてくると、アカリも顔の高さに手を挙げて挨拶した。 「ん・・・中、どうなってるかなって。見張り?」 「まだ目覚めた様子ないみたいですけど・・・一応行動部隊持ち回りで警戒だっていって、  今の時間は私が。 2時にはユウ大尉と交代ですけど」 「そっか。じゃあ安心だ。  ちょっと中入るよ」 アカリは壁のパネルを操作して室内の様子を確認し、まだ対象がベッドで横になっているのを見て 部屋の鍵をあけて自動扉を開いた。 「あっ、特に入室の制限はないですけど、気をつけてくださいね。  一応電磁コイル式の手錠でベッドに拘束してるから普通の大人の力じゃまずとけないはずですけど・・・」 「修羅は生身でも戦えるかもってんでしょ。了解。  ちょっと修羅って初めてだから、話聞いてみようかなっておもっただけ」 「・・・それって、さっきの街での事ですか?」 「・・・とかね」 スフィールもあの場に居た。 馬面の修羅神に助けられたあの場に。 だからアカリの行動も理解してくれたのか、うなずいて部屋の方を掌で指してくれた。 アカリも軽く笑みを浮かべ、医務室の扉を開けて中に入った。 医務室といってもそこまで広いものではなく、簡単な処置はできるだけの広さは確保されているものの 一般船室よりやや広い程度のものしかない。せいぜい六畳間程だろうか。 そんな部屋の中央奥にある、表面は低反発素材でその下には金属製のボードが埋められており、 例えば今回のような捕虜を拘束する場合には両手足に電磁石を入れた腕輪足輪を装着させ、 電磁力でベッドに固定させる。 無論その腕輪足輪も金属ケーブルで壁からつながっており、 そっちはむしろ給電用途やバイタルチェック、投薬用の目的が強いが、それのおかげで 仮にベッドから降りれても部屋の外までは出れない仕組みとなっている。 もっとも、今気を失い眠っているこの相手ではその心配も無く、アカリは顔の見える位置に 椅子を持ってきて腰を下ろした。 細く文字通りシロガネの色をした長い銀髪が照明に映え、さらりとした前髪の向こうでは 穏やかな寝息をたてていたのはまだ十代のあどけなさの残る、少年と言っても良いような年頃の寝顔。 収容時はブリッジに居て顔は見ていなかったので、ここで初めて顔を見る事になったが、 アカリは予想とは違うそのビジュアルに思わず言葉を失った。 「・・・っ・・・奇麗な髪・・・」 思わず目元を隠す前髪を指でなでてどかすと、よりよく見えるようになった顔立ちに 暫く見入ってしまう。 「・・・修羅って・・・もっといかついやつ想像してたけど、普通の人みたい・・・」 「う・・・ん・・・」 「っ・・・気がついた・・・?」 「姉・・・さん・・・」 まだ寝言だろうか、首をもたげながら眉をしかめ呻くようにして聞こえた言葉は”姉さん”と聞こえた。 そして目尻にはうっすらと涙がこぼれる。 何か家族に関する夢を見ているのか、そしてそれは、きっと明るく楽しいものではないのだろう・・・ アカリはそんな事を考えて目の前の少年の様子を見ていた。 すると・・・ 「・・・う・・・っ・・・!ここはっ・・・!」 微睡みの中から我に返り、起き上がろうとしたものの拘束具により両手両足がベッドから上がらずに 上半身を起こした段階でベッドに押し込められるように、再び横になる若い修羅。 「大丈夫?」 「女・・・誰だ・・・?ここはどこだ・・・俺はなぜこんなところに・・・」 「ちょっとちょーっと・・・一個ずつ落ち着いていこうよ。  君だって戦闘で気を失って運び込まれたんだからそんなにいきなり動き回ったら体に良くないよ」 アカリはとにかく落ち着かせようとそう言うと、若い修羅は とにかく起き上がりたいのか、肩を動かしたり腕や足に力を込めたりして何とかこの拘束を解こうとする。 驚くべきは手も足も少し上がる事だ。なんとかその後磁力によりひきもどされるが、 もう少しで電磁拘束は意味がなくなるという手前まできている。 「はなせっ・・・!」 そんな彼を少しでも落ち着かせようと、アカリは若い修羅の肩に手を置いて、ぽんぽん、と2回叩き 「・・・落ち着いて。 私女の子だしさ。君みたいな戦う人に暴れられるとかなわないから  それでこうやって動かないようにしてるんだけど・・・暴れないって約束してくれたら、手足軽くしてあげるから」 「・・・・・・」 「・・・それで、ちょっと話を聞きたいんだ。・・・いいかな」 諭すように静かに言った。というより頼んだ。 すると彼も、少しずつ頭がはっきりしてきたのか、軽く深呼吸して 「・・・・・・わかった」 十数秒の沈黙の後、ため息とともに承諾の言葉を吐いた。 アカリもそれに笑顔でうなずき、壁のコントロールパネルから電磁コイルのスイッチをオフにして、 ベッドと両手両足を固定させる効果を取り除く。 まだ腕輪と足輪はついているが、それでも大分自由度は増した。 彼は軽くなった手足を見ながら、上半身を起こし、自分の手を握ったり開いたりとを繰り返した後、 再びベッドに横になった。 「・・・楽に・・・なった・・・」 「そか。よかった。  ・・・じゃあさっきの続き。誰だ・・・の自己紹介からかな?私はアカリ。 如月灯。 君の名前は?」 「・・・アルフィン・リギルケント」 それは前の戦闘レコードで録音された名前と同じ・・・やはり、ノイエDC残党との戦いで乱入した修羅は彼だった。  アカリは続けて問いかけた。 「アルフィン・リギルケント・・・どっちが名前でどっちが姓?普段なんて呼ばれてるの?」 「アルフィン・・・」 「アルフィン、か。アルって呼んでいい?」 「っ・・・!」 ヴィクターやフィーのように、話しやすくするため愛称でもとそんな軽い気持ちで言った言葉だが、 その名を呼んだ瞬間アルフィンの表情が変わった。 「え・・・なんか変な事言った?気に入らなかった?」 アルという愛称に何かあるのか。恐る恐る心境の所在だけ聞くと、 「・・・その名は・・・すまないが、やめてもらえるか・・・・・・」 顔を背け理由も言わず、アルフィンはそれだけ言って黙ってしまう。 機嫌が悪くては話も出来ないと、アカリはすぐに折れて 「わかった、了解。じゃあ、アルフィンって呼ぶ・・・それならいい?」 「・・・ああ」 コミュニケーションは継続できそうだ。アカリはほっと胸を撫で下ろした。 一瞬気まずい空気が流れたので、アカリは一度咳払いをしつつ、 先ほどのアルフィンの言葉を思い返しながら、ゆっくりと口を開いた。 「・・・それじゃあ・・・二番目、三番目の質問に答えると、  ここは地球連邦軍属の空中空母・・・まあ今は黒海って海に停泊してるけどそこの医務室。  ・・・君は戦闘の中で気を失って、この艦に収容されたの」 「軍・・・だって?・・・そうか、俺は負けて・・・  ・・・・・・わかった・・・殺せ」 「は!?なんでそうなるの?・・・って、そうか、修羅ってそうなの?」 話には聞いていたがここまで極端とは。 修羅に関するレポートはそこまで多くないが、その中でも戦闘民族というところは クローズアップされており、生きるために戦い、敗者は死ぬという掟に従い生きる そういう種族だという。 だがこちらとしても殺すために捕まえた訳でもないし、 こと今のアカリの立場からすれば、個人的な興味の方が強くもある。 ここでそんな要求をされても叶えるわけにもいかないのだ。 「・・・あの、ちょっと落ち着こう。アルフィン・・・。  私たちは別に必ずしも勝ったからって相手に死んでもらいたい訳じゃないし、  負けたからってイコール死ぬって決めつけてるわけじゃない。  別に今ここであんたの命まで奪おうなんて、おもっちゃいないよ」 「っ・・・・・・」 その言葉に少し驚いたようで、訝しげにこちらを見ると、 少し視線を外してから天井を仰ぎ見た。 「・・・おかしな奴だな」 「いやいや、おかしいのは・・・っていうか極端なんだって。  修羅って、強ければ生き、弱ければ死ぬってそういう社会なの?」 「・・・ああ」 「ってことは、君は一度も負けた事がない?生まれてずっと?」 当然の疑問だ。普通に考えてそんなはずはない。 それがまかり通ってしまえば、あっという間に彼らは滅亡するだろう。 文化が形成され且つ仲間、コミュニティが形成されている以上例外は存在するはず。 そんなアカリの推測通り、アルフィンは目をつぶり首を横に振った。 「・・・修羅神を与えられる一人前の修羅になるまでは・・・  それに当然仲間との組み手もある・・・」 負ける事もあったのだという。 「一人前・・・じゃあ、君は大人なんだ。歳はいくつ?  ・・・世界違うからこっちの感覚とは一年の感覚がちがうかもだけど」 「16・・・俺の国では15の歳に成人の儀を終えた」 「15で成人、旧世紀の元服みたいね。でも16・・・なんとなく、歳の感じはこっちと同じぐらいかな」 それは顔立ち背丈を見ても、地球人の16歳とあまり変わらないように見える。 自分より一回り近く年下である事もわかり、気持ちの余裕ができた。 そこまで聞いて、アルフィンに言いたい事があったアカリはその話を持ち出す事にした。 「・・・あのさ、実は君に言いたい事があってここに来たんだよね」 「言いたい事・・・?」 「・・・さっき、戦場にやってきた時の事、覚えてる?  いつからいたかはわからないから、市街地に入った時の事」 「・・・」 こちらを見たまま無言でうなずく。話の続きをしろという視線だ。 アカリも応じてうなずくと話を続けた。 「あのとき私も街に出ててね。 急いで船に戻ろうとしてたんだけど、中々近づけなくて、  そんな時にノイエDC・・・あ、私たちがこの世界で戦っている敵の、ランドリオンが  私たちの方を撃とうとしたとき・・・君の修羅神がそいつを倒したんだよね。  ・・・覚えてる?」 「・・・覚えている」 「倒しただけならまあ、敵が居たから倒したのかななんて思ったけど・・・  その後逃げろって街の外を指差してくれたでしょ。  だから、助けてくれたんだなって・・・。・・・そのお礼を言いたくて。  君のおかげで死なずに済んだ・・・命拾いしたの。  ありがと、アルフィン」 どうしても言いたかった事。それを言えて、 アカリはすごく気持ちが晴れやかになった。 そしてそれを言われた側のアルフィンはというと、少し困惑した様子だった。 そんなアルフィンに、アカリは次の疑問・質問をぶつけてみた。 「で、思ったんだけど・・・修羅のルールじゃ、私たちって弱い存在なわけじゃない?  だから、あの場ではきっと死んじゃう場面だったんだと思うわけ。  でもアルフィンは、名前も知らない私たちの事を助けて、安全なところへ逃げろって言ってくれた。  ・・・どうして、助けてくれたの・・・?」 そう質問すると、返ってきたのはしばしの沈黙だった。 だが、その沈黙がアカリに一つの答えの可能性を持たせていた。 恐らく、彼自身修羅でありながら修羅の掟に完全に従っていないという仮説だ。 勿論修羅のルールをすべて把握している訳ではない。 だが、味方を守るならまだしも、侵略する相手の顔も名前も知らない相手を 視界に入ったところでわざわざ助けるだろうか。 強き者が生き弱きものが死ぬ、そんな弱肉強食の世界で、 さきほどのアカリ達のような者はすぐに淘汰される側なのだろう。 だがそうはならなかった。 それが掟の例外なのか、それとも彼自身の尺度なのか・・・。 この沈黙が、それを後者ではないかと推測するに十分な根拠のように思えた。 そして、これ以上追求する事は可哀想だとも思い、アカリは彼の肩に手を置き首を横に振った。 「・・・ごめん、答えにくいなら答えなくていい。  そんな悲しい眼をするんだもの・・・。アルフィン、過去にものすごく辛い思いをしてるんだね」 「っ・・・」 それも恐らく図星。アルフィンは少し驚いた顔でこちらを見る。 その眼は遠く深い、過去を覗くようで、アカリも少しだけ胸が痛くなる。 「・・・アカ・・・リ?」 「ん・・・?私の事?」 先ほど聞いた名前が合っているかの確認か、自信なさげに名前を呼ぶのでそうだと答えてやると、 向こうも少し安心した様子で言葉を続けた。 「・・・アカリ・・・は・・・俺の心を読んでいるのか?」 「え?いや・・・そういうわけじゃ・・・っていうか、そんな勉強もしたことないしね。・・・ただ・・・」 「ただ?」 「人の心の動きには、ちょっと敏感なのかもね。言葉にしにくいけどわかる、感じるって感覚かな。  ぼんやりと・・・人の喜びや怒りや、哀しみや楽しみが」 「・・・」 アルフィンはその言葉を聞き、目を瞑って黙ってしまった。 拒否の反応ではなかったが、少し何かを考えた様子で再び目を開けるまでには一分ほどの 沈黙が必要だった。 「・・・・・・俺が・・・人の死に敏感なのは・・・否定しない」 「・・・、」 アルフィンが話を続けてくれたことは意外だった。アカリは一瞬驚いたが、邪魔をして話をやめてもらいたくもないので そのまま黙って耳を傾ける事にした。 「過去に辛い思いも・・・あった。  ・・・まだ十もいかない歳の頃・・・俺は弱かった・・・。  俺には・・・両親、そして姉がいた」 いた・・・ということは、今はいない、そう言う事だろう。 アカリも過去の悲しい思い出のありうる選択肢として想定はしていたが、 実際口にされるとやはり重たい。 アカリは神妙な表情で話を聞き続けた。 「・・・父上、母上、そして姉上は強い修羅だった。そんな父上達を慕って  一家一門に集う修羅達も多く居た。・・・修羅界では、そうした集団がやがて国になる事も珍しくない。  ・・・だが、戦が常の修羅界・・・我こそが強者という者同士はやがてぶつかり合う。  父上も、例外じゃなかった・・・」 「それじゃあ・・・」 「・・・ある夜、屋敷が謎の集団に襲われた。相手は次々と一門の弟子達を殺し、  母上、父上、そして姉上・・・俺も・・・」 そこまで言うと、アルフィンの言葉が詰まり、 アルフィンは少しだけ自由になった手で服の胸元の襟をぎゅっとつかんだ。 その隙間から少し胸元の肌が見え、一部周りとは違う色になった古傷のような跡が見えた。 「・・・目が覚めたら、あの方がそばに居た。  父上の知己であり、旧くからの好敵手でもある方だ・・・」 「・・・じゃあ以来その人が君を?」 「・・・ああ・・・アレイグ・ガクルクス・・・様・・・。  お師匠様は、父上の異変に気づき駆けつけてくださり、賊を討ち滅ぼした。  それから、俺はお師匠様の元で武術を習い、一門門徒と共に武を磨いた」 アルフィンは目を瞑り追憶にふける。 アカリはここに来て初めて修羅のコミュニティについて話が出た事で、 さらに疑問をぶつける事にした。 「そのお師匠の一門は、お互いに戦ったりはしないの?いわゆる、修羅・・・同士の」 「勿論組み手はする・・・が、一門はいわば家族・・・  ガクルクス一門を名乗る限りは、主のため技を磨き、命をかける覚悟で武門を脅かす者と戦う」 それは別の修羅一門だったりするのだろうか。 確かに先に現れた修羅の集団も、王や将軍など上下関係があったりなど それなりのコミュニティが形成されていたと聞く。 では、修羅の根源的な掟についての質問はどうだろうか・・・アカリは問いかけを続けた。 「じゃあもう一個質問・・・。  例えば戦場で味方がやられそうだったらどうするの?  ・・・強ければ生き、弱ければ死ぬ、その負けそうな味方は、ある意味掟に従って  淘汰されるということなの・・・?」 「それは・・・。・・・それが掟だという・・・者もいる・・・」 「も・・・?アルフィンは?」 その答えは予想できていた。 だがあえて問いかけてみる。 「・・・俺は・・・・・・。  ・・・・・・・・・・・・俺は・・・手の届く範囲で仲間が死に瀕していたら・・・」 そこまで言って言葉に詰まってしまった。 言葉に出そうとした時点で、掟との矛盾で言葉が出てこなかったのだろう。 要はそう言う事なのだ。修羅の掟に従えば負けた者は弱き者、死して屍拾うもの無し。 しかしそれでは世界は成立しないだろう。 修羅界の開闢からどれほどの年月がたっているのか 想像もつかないが、少なくとも何十何百何千何万もの世代の移り変わりがあったはず。 そしてその中では友情も愛も、人としてのあるべき感情があったはずだ。 そうなったら、侵略する戦いもあれば当然守るための戦いもあるはず。  友、仲間、愛する者・・・いや、少なくとも彼に関しては、 武の覚悟を持たない者においては災厄から救おうとする心、 修羅である前に人として持つべき感情を持ってそれに従ったというのがわかった。 アカリはアルフィンの頭に軽く手をあて、なでてやりながら 「・・・ごめん、色々知らない事だらけで。困らせるつもりはなかったの。  でもよかった。君が、アルフィンが思ってた通りの人で」 「っ・・・どういう・・・?」 「ん?自分のためだけじゃなく、誰かのために戦える人、かなぁ」 「誰かのために・・・戦える人・・・」 アルフィンはアカリの言葉を反芻するように繰り返した。 アカリも意外な程にコミュニケーションの成立する相手に、嬉しくなって もっと話をしてみたくなった。 「仲のいい仲間、友達とか居るの?」 「一門の皆は、全員家族みたいなもので・・・。  ・・・そうだな・・・特にあげるなら・・・ネイル、フェルナ、マキ、ラジム、アルギース・・・  五魔将の五人は普段もよく行動を共にする・・・」 「五魔将・・・」 アカリはその名前をさきほどの戦闘レコードで録音されていた音声から聞き覚えがあった。 五魔将の話題が出ると、アルフィンは天井を仰ぎ見て 「・・・みんな、無事帰る事ができただろうか・・・」 と、呟いた。 それを聞いて、アカリはふと彼らがどこから来たのか、先日まで現れていた修羅が消えた後、 彼らは一体どこから戦力を送り込んでくるのか、ここで初めて個人的な興味より軍人的認識が先に立った。 「あの・・・アルフィン達は、どこからきたの・・・?  地球に拠点があるの?」 「・・・・・・」 そこで初めてアルフィンの言葉が止まった。 アカリもしまった、と目を泳がせたが時既に遅し。 だがアルフィンはしばしの沈黙の後、アカリの顔を見て1分ぶりに口を開いた。 「・・・・・・魔龍の塔。・・・それしか言えない」 「・・・、ありがとう。ごめん、ちょっと今のは・・・違った」 これは正式な尋問ではない。 勿論修羅に同じ認識があったかどうかは定かじゃないが、あくまでこの場は個人同士の会話のつもりだった。 アカリも最初はそうしていた。だが、思わず聞いてしまった事にアカリも後悔しながらアルフィンに謝った。 するとアルフィンは、 「・・・フ・・・」 不意に視界のはずれで笑みを浮かべたような気がして、アカリはあわてて顔を上げた。 「・・・いま、笑った?」 「・・・さあ」 「笑ったでしょうよ、ねえっ」 「さあ、どうだったか覚えてない・・・」 そうやって視線をそらしはぐらかす表情もまた微笑んでいたが、アカリもむきになってつっかかる。 あくまでしらを切るアルフィンは、その外した視線を手足の拘束に向けて、 「・・・ただ、喋らせたいなら手段などいくらでもあっただろうに  これがこっちの世界の尋問なのか?だとすれば、温いな・・・」 それは純粋な疑問なのだろう。 少なくとも向こうが尋問を受けるに近い立場であることを認識していたというところは少し残念だったが、 拘束しておいてはそれも仕方のない事。 アカリは後方天井の監視カメラを気にしながら、アルフィンの左手を取った。 「命の恩人に尋問だ拷問だするわけないじゃない。   言ったでしょ。 君には言いたい事があった、話してみたかったって」 初めて触れた手は、やや幼さの残る顔立ちとは裏腹に良く鍛えられた芯の固さが感じられる手だった。 一瞬驚いた様子のアルフィンだったが、今度は少し困ったような表情で視線を他に向けて 「すま・・・ない。 アカリは・・・そういう謀をするような人じゃない・・・  それは、アカリに感じる気でなんとなくわかっている・・・」 「そうなの?私はどういう気なの。オーラとかそういうやつ?」 その手のスピリチュアルな話が嫌いじゃない女子は多い。アカリもテレビ等でやっていれば 多少は気にしてみたりもする。 手を両手でつかんでまるで占いの結果を聞く時のように前のめりに聞くと、 アルフィンはまた少し驚き、困ったような・・・というよりは少し照れた様子で 「その・・・よどみが無くて、強く・・・・・・」 「うん、うん」 「き・・・・・・そ、そのっ・・・手を、そんな風に強く握られると・・・集中できなくて・・・」 何か言いかけて、我慢が限界に来たのかアルフィンが手を顔の高さまで上げて言うと、 アカリも思わずテンションが上がってしまったと握った手を解こうとした、その瞬間、 アルフィンの表情がさっきまでとは一変、驚き・・・愕然としたような表情で自分の手を見ているのに気づく。 「アルフィン・・・?」 「どういう・・・事だ・・・?  体が軽い・・・」 「・・・?そりゃあ、手枷はついてるけど電磁ロックは外してあるし・・・」 今更何を。彼が見つめる自身の手を、にぎにぎして言うと アルフィンは同じ表情のまま、 「そうじゃない・・・サレオスに乗ったのに、体力の消耗・・・覇気の消耗がほとんどない・・・」 「どういうこと?あれ、そんなに体に悪いの?」 「修羅神はみな、搭乗者の覇気・・・生命力を吸い、それを力と変える。  サレオスは特にそれが顕著で・・・どういうことだ?俺に何かしたのか?」 その疑問はこちらに向けられた。だがイーリスやフロレンツの報告からは 点滴や栄養剤などの投与は聞いていないし、手元のモニターを見てみたが 脳波心拍など標準的なヘルスチェックをしたほかは処置無しと書いてある。 アカリは首を横に振ってアルフィンの疑問を否定すると、 「・・・サレオス・・・どういうことだ・・・?」 「ちょっ・・・何してるの?ダメよ、それ外れないよ」 アルフィンは居ても立っても居られないのか、手かせ足かせを外そうとするが 当然ロックがかけられているし拘束具もかねているので大人の力で強引に引きはがす事も難しい。 するとアルフィンはアカリの方を見るが 「っ・・・だめだめ、外せないって。 アルフィンは命の恩人だけど・・・」 己の責務がある。諦めてもらうしか無いと手かせに手を添えるが、 アルフィンはそのまま右の手で持った左手の枷を強引に力を込めて引きはがそうとする。 「ちょっ・・・無理だよ、やめなってほら」 「くっ・・・!!うううっ!!」 右手で引きはがそうと引っ張る左手は枷に強く押し付けられ皮膚にすれて血がにじむ。 年齢の割に鍛え上げられた二の腕が血管を浮かばせ、ついには金属製のロックがきしみをあげると それを見たアルフィンはすぅっと息を吸って一気に両腕を左右に開いた。 「はぁっ!!!」 バキンッ!とそれほど大きくはないが鈍い音を立てて左手の拘束が解けた。 それにはアカリも唖然としたが、アルフィンは今度は左手を右手の枷にかけて再度力を込める。 そこでアカリもようやくハッとしてアルフィンの腕に手を添えた。 「ちょっ・・・無茶しないでよ!」 「だが無理じゃない・・・俺は・・・ここを出る」 「負けた相手にはおとなしく従うんじゃないの?」 「・・・だが、命は取らない。修羅にとってそれは侮辱だ。  だからそれをされた修羅は次は命をかけてその恥を雪ぐ」 故に、ここを出るというのだ。改めてLFXチームと戦うために。 「そんなの・・・」 せっかく話ができた。アルフィンの中には戦わないという可能性すら感じたのに、 彼の目は再び修羅に戻ろうとしている。 「ダメ・・・従いなさい。ここを出たら、また街を襲うんでしょ?  だったら行かせられない。 人を・・・呼んで今度こそ君を拘束する」 「・・・街・・・さっきの戦場か」 「戦場じゃないっ・・・。戦場じゃないんだってば。  いい?みんながみんな、修羅みたいに顔を付き合わせればどこでも誰とでも戦うわけじゃない。  この地球にはあの街みたいに、平和を望んで静かに暮らしている人たちが住む場所がたくさんある。  あんたのしてることは、あんたの屋敷を襲った謎の集団と同じことなんだよ!?  そう、それがわかってるから・・・私達を助けてくれたんでしょ・・・?」 本当はアルフィンだってわかっているはず。アカリも怒気を交えて言葉を荒げたものの 途中でそれに気づいて、アルフィンの心に今一度問いかける。 アルフィンはその言葉に、視線を落として腕に込める力を緩める。 アカリはそっとそんな彼の血のにじむ腕に手を添えると 「だから、アルフィンが修羅として戻るなら・・・わたしを殺して行きなさい」 「っ!?」 その言葉にさすがにアルフィンも驚いたのだろう。 これまで見なかったような表情でアカリを見る。 だがアカリもここまで来ては引けないとその視線にわずかも譲らず目を合わせ続けると 先に根負けしたのはアルフィンだった。 「・・・それは・・・・・・・・・・・・できない」 「じゃあ・・・」 脱出を思いとどまってくれた。アカリも表情を緩める。 だが、アルフィンは悲しそうな眼差しではあったが、強い決意もたたえた瞳で アカリを再び見ると、 「・・・でも、やはり戻らなければ・・・  ・・・・・・あそこは、俺の家族・・・家だから・・・。  ・・・約束する。街は、襲わない・・・襲わせない。戦わない人たちは攻撃しない・・・。  それで・・・帰してくれるか・・・?」 これまでにない、弱い語気での懇願・・・。そう、力で相手をねじ伏せることを善とする修羅が 言葉で自分よりも弱い人間に頼んでいる。 それを聞いて、やはりアカリは修羅が聞いたようなただの戦闘種族じゃない、 血の通った人間、掟と心情の間で揺れる弱い人間だということ、 彼の言葉に偽りがないことを、感覚で感じ取った。 「・・・・・・」 「・・・アカリ・・・」 「・・・・・・うー・・・ん・・・  ・・・あーーーっ、もう・・・わかった、わかったから・・・。  そんな目で見ないでよ・・・。こっちが意地悪してるみたいじゃない」 根負けしてそう返してやると、パァッとアルフィンの表情が明るくなった。 だが、アカリは困ったように笑ったもののすぐに自分の言ったことの難易度を思い出して 難しい表情になった。 「・・・さて・・・どうしたものか。・・・ベタな手だけど、これしかないかなぁ」 「・・・?」 「・・・アルフィン、狂言は得意?」 きょとんとするかわいい共犯者に、アカリはカメラから見えない角度で作戦を伝えた。 「・・・」 アカリが部屋に入ってからどれくらい経っただろうか。 ちょっと話を聞いてみたい、と言っていたがそれにしては長い気もする。 もっとも気を失ったまままだ目を覚まさないだけかもしれないし、 持ち場は離れるべきじゃないと、スフィールは小銃を握り直して軽く肩を回して柔軟をしていると、 不意に目の前の扉が開き、そこにいたアカリと目があった。 「あ、アカリさん。終わったんで・・・っ!」 アカリの背後に揺れる銀色の長髪。 さらにはアカリの腕が後手に捻られ、彼女の首にも賊の手がかかっている。  とっさにスフィールがアカリの陰にいる男に銃を向けると、 「動くな!・・・動けば、アカリの首を折る」 「ば・・・っ・・・フィ、フィー・・・ごめん、油断しちゃって・・・銃を降ろして・・・」 「なんで・・・手錠は!?」 一瞬アカリが背後の男に何か言いかけたがすぐにスフィールにお願いをする。 もちろんだからといって簡単に銃を降ろすわけにはいかない。 撃ちはしないもののアカリ・・・の向こうの賊に銃を向けたままスフィールが尋ねると アカリは自由な方の手で室内を指し、 「あっというまに手枷を強引に引きちぎって・・・捕まっちゃってロックを解除させられたのよ。とほほ」 見ると確かにアカリの首を掴む男の手首には血がにじんでいる。 そして金属製の手枷のロックを、機械式とはいえ強引に引き剥がせるだけの腕力握力があれば 首の一つを折る・・・少なくとも窒息させることは容易だろう。 賊の男はアカリをつねにスフィールとの間に立たせて廊下側へ回ると、 「そうだ。そこで動くな」 「く・・・っ」 「ごめん・・・フィー・・・っ」 首と腕を掴まれていたらこっちの合図で身を翻すのも困難だろう。 彼女が賊との間にいる限り、スフィールは銃を撃つことができない。 その要求にも結果従わざるを得ず、アカリと修羅の男はそのまま廊下の角へと姿を消すと スフィールも急いで廊下の角へ追いすがった。 その間、7、8秒だろうか。自身も廊下を曲がるとそこには二人の姿がなかった。 「っ!?えっ・・・どこ!?」 ここは次の角まで一本道のはず。間に部屋もなにもない。 忽然と消えてしまったアカリと修羅にスフィールは狐につままれたような気分で立ち尽くしてしまった。 「・・・行ったかな。いいよ、喋っても。ここなら隣にいなけりゃ空調音で  ほとんど外から聞こえないから」 壁の向こうでスフィールの足音が消えたのを確認して、オーレンが口を開く。 薄暗く狭い通路とも呼べないようなパイプスペースで、ようやく口を開くことを許可されたアカリが まずはオーレン・・・そしてオーレンと一緒にいるフロレンツのこの所業について問いかける。 「オーレン・・・それにフロレンツも?どういうこと?」
アカリが不審に思ってそう尋ねると、 オーレンはジトっとした目つきでアカリを逆に睨みつけ、眉間に人差し指を突き立てた。 「中尉こそ、なーにやってんだか。 この船を型落ちのレイディバードかなんかと勘違いしてない?  マイハニー、フロレンツが完全管理する最新型のキャリアシップなんだぜ?  捕虜がいる医務室のモニターなんて当然やってるに決まってんじゃん」 「か、カメラは気にしてたわよ・・・」 「音声も!ちゃんと拾ってるっつーの。  まったく、フーちゃんが気を利かせて俺にすぐ知らせてくれたからよかったものの・・・」 だがモニタリングされていたということは記録もされているはず。 そしてそれはやがて戦闘隊長であるユウイチロウや部隊司令であるリュカも知るところとなるだろう。 蒼白になるアカリに、オーレンはそのまま額を指で小突いてきて 「早とちりしなさんなって。 俺が慌ててフーちゃんのデータ管理してる時に  間違って消しちゃったよ。念入りにバックアップまでね。うっかり!超偶然!」 「さすがに映像データはまるっと消えているのが不自然だったので消せませんでしたけど・・・  音がなければ、うん・・・なんとかごまかせそうな感じです」 文字通り脳内再生余裕だというのだろう。再度記録の中を今この瞬間も確認しながら フロレンツがフォローした。 「あとは、頃合いを見計らって直しに行くふりしてマイクを壊して・・・  ああ、壊れてたんで音はとれてなかったって言えば、まあなんとかなるんじゃないの。わかんないけどさ」 つっけんどんな言い方ではあるが、兎にも角にも彼の行動が アカリにとって何事よりもありがたいことにはかわりはない。 「オーレン・・・フロレンツ・・・ありがとう」 色々気になるところはあるが、まずは出てきた言葉は感謝の気持ちだった。 アルフィンも今彼らがアカリのためにしたことは、ひいては自分のためだということを理解すると 同じように会釈をして 「・・・すまない。 何か・・・俺のために・・・」 謝意など述べるのだ。 それが思いの外素直に出てきた言葉だったのでオーレンも面食らったんだろう。 少し戸惑いながら 「と・・・とにかく、あのまままっすぐ格納庫行ってたら入り口近くで張ってる  ヴィクターに鉢合わせてた。 ヴィクターってば修羅を忌み嫌ってるから  脱走なんて目の当たりにした日には躊躇なく引き金をひくよ」 「・・・おまけに今はフィーさんが知らせて、格納庫には隊長と  イーリスさん、フィーさん、ちょっと離れたところに艦長と5名揃い踏みです」 「脱出しづらい状況ね・・・」 アカリは親指の爪を噛みながら思案を凝らす。 確かに格納庫に見張りがいることは想定できたが、何か妙案があったわけでもない。 前方のヴィクトールなり誰かを意識すると後ろから追ってきていたフィーに 今度はアルフィンが背中を向けることとなる。 前後両方にアカリを盾にすることができない以上はジリ貧確定ともいえたはずだ。 もっともオーレンのおかげで考えを巡らす時間は得られたがものの同時に拠点防衛側にも 時間を与えることとなるので、いずれにしてもそれほど時間はない。 「とにかく、前を気にすればいいだけになったんだから・・・  また私を盾にして・・・」 「待った待った、人の話は最後まで聞く」 「え?」 「ここ、ちょっと狭いですけど進むとちょうど修羅の人の機体のすぐ後ろにあるメンテナンス用  ハッチに繋がってるんです」 そんなご都合主義な。とはこの際贅沢は言えない。 だが、そんなもの向こうにもわかってるんじゃないのか。アカリがそんな疑問を口にするより前に オーレンがその解を返した。 「乗組員用の艦内マップには記載されていないメンテナー向けのやつでさ。  今この船でそれを知ってるのは俺とフーちゃんだけ。   タイミングを見計らえば、ローリスクで機体にたどり着けるよ」 「そんな道が・・・」 「注意深く見てれば中尉も気づいたはずだけどね」 「お父さんから図面は送られてたと思いますけど・・・」 ここでいうお父さんというのは、フロレンツの製作者でありいわゆる生みの親、如月戒博士。如月灯の実兄である。 もっともアカリはそんな兄とは違い、機械へは普通のオペレーター業務として必要なレベルに詳しい程度だ。 戦艦の図面など見てもその詳細まで理解はできていないというのが正直なところだ。 「き、機械工学は専門外なの」 「フーちゃんの面倒みるなら多少は・・・ねぇ。  って、駄弁ってる場合じゃないか。 俺とフーちゃんで元の通路から行ってみんなの気をひくから、  その間にこの先のD-2パネルから出ればすぐ少年の機体・・・修羅神だっけ?の足元だから」 「助かる・・・」 「そう思うならどこも壊さずお行儀よくさっさと出て行ってくれよな。  中尉は一緒に出て行かないほうがいいかもよ。 言い訳しづらくなるだろうし  どうせ人質にされてるって体裁ならもともとこの通路を知ってて案内させられたとかにしておけば」 「そう・・・だね。わかった」 「じゃ・・・俺たちいくから。さ、いこっか。フーちゃん」 アルフィンには多少の悪態をつきつつも、オーレンはフロレンツを連れて元のパネルから外に出て行く。 アカリはそんな思わぬ協力者の背中に、 「オーレン、・・・ありがとう」 と言葉をかけると、オーレンは一度こちらを振り返ってひらひら手を振り 無言でパネルの外に出ていった。 アカリもオーレンが好きで手伝ってくれたわけではないのはわかっていたので、 巻き込んでしまったことに悪いと思いながら、アルフィンの方を向く。 「・・・アルフィン、手筈はわかった?」 「・・・」 「アルフィン・・・っ?」 不意にアカリの両肩を包む両腕に、アカリは言葉を失う。 力強く、だが華奢な女性を気遣う力加減でアカリを抱きしめるアルフィンは、表情こそ見えなかったが アカリの耳元でそっとつぶやいた。 「迷惑をかけて・・・すまない」 「・・・そう思うなら行かないでよ」 自分でも思わぬセリフだったが、アルフィンはその言葉をじっと噛みしめるように わずかにアカリを抱く手を強めて、 「アカリに会えて・・・よかった」 「今生の別れじゃあるまいし。 次捕まえたら逃がさないから覚悟しときなさいよ」 「・・・・・・」 それには答えづらかったのだろう。わずかに笑みをこぼし、 アルフィンはアカリを離すとパネルをずらし、外を見た。 そしてオーレンの声が聞こえたのと同時にパネルを蹴破り飛び出していった。 それからのことはアカリは見ていなかったが、 オーレンの報告によれば、修羅神にあっという間に飛び乗ったアルフィンを止めるすべはなく、 格納庫を壊されないように止むを得ずハッチを解放、修羅神サレオスは夜闇に消えていった。 アカリは、修羅アルフィンに人質にされ、艦内カメラのないこの通路を案内させられ、解放された。 この通路は前もってフロレンツから聞いていて知っていた。 医務室のマイクはオーレンが調べたところ壊れており、音声は残っていなかった。 カメラ映像ではいささかアカリが対象に近づきすぎていたが、逃すような手引きをしたと断ずる証拠にはなり得ず・・・ 「・・・君には厳重注意と、始末書提出処分を命じるしかないな」 翌日情報部から出向いてきたチームリーダー、ギリアム・イェーガーが困ったような表情でそう言うと、 アカリも処分は受けたものの想定の範囲では最も軽い沙汰に胸をなでおろした。 「・・・か、寛大な御処置、ありがとうございます。少佐」 取り調べ結果を聞きに来たリュカも帽子を取り、教導隊出身で歴戦の英雄でもあるギリアム相手に緊張しながら礼を述べた。 ギリアムも書類をまとめ、側で調書を打ち込んでいた癖っ毛茶髪の青年に渡して 「とはいえ、新たに現れた修羅の情報を聴取できた功績は相殺されたがね。  玲、フォルカ・アルバーグの情報ファイルと今回の内容を照らし合わせて関連性を調べてくれ」 「わかりました。 それにしてもよく無事でしたね。修羅って格闘家みたいなもんなんでしょう」 玲と呼ばれた青年は資料とノートパソコンをカバンにしまいながら、任務は一区切りついたのか私語をこぼすと ギリアムの傍でじっと立って聴取に参加していた眼力の強い黒髪の青年が 「しかし女性を人質に脱出するとは・・・許せん」 聴取内容を真に受けたのだろう。 もっともアカリとしても真実味を出すよう何度もシミュレーションして話した結果だ。 信じてもらえてなければかなり厳しい。 「だが無事だった。結果誰も傷つかなかったのは事態の割には出来過ぎだよ。玲、光次郎。  もっともそれは敵・・・アルフィン・リギルケントも含めてだが」 ギリアムは含みを持ったような言い回しで光次郎と呼ばれた黒髪の青年にいう。 するとさらにこの中では一番年配だろう眼鏡をかけた壮年の男性が 「少佐の言う通り・・・しかし、運悪くマイクが壊れているものですな」 一番苦しいところとされていたところをやはり指摘してきた。 この辺り経験が一番豊富だというのか、思考を読むかのごとくメガネの奥の鋭い眼光がアカリを見据えていた。 それは監督としての立場たるリュカも、真実は知らないながらもその空気に落ち着かない様子で それが逆にアカリに自身は冷静にあらねばと落ち着かせてくれていた。 「それは・・・彼に質問をする前に確認しておくべきでした」 「そうだな。 ・・・とにかく、壇、とりあえずこの件は話には矛盾がなかった。  彼女の軽率な行動は問題だが、被害も少ない。情報を持ち去られた形跡もない。処分としては妥当だろう」 壇と呼ばれた男性よりはギリアムは年下に見えるが、このチームはギリアムが少佐で立場が一番上。 最も年齢以上に言葉に重みのあるギリアムは諌めるように彼にそう言うと、 「少佐がそういうのであれば、しかたないですな」 壇も容易に引き下がった。 そして彼ら四人が荷物をまとめ、カバンとコートをとって立ち上がると 「お、お送りします。アカリくんはここを片付けておいてくれ。では、みなさんこちらへ」 「ああ、頼む」 まだ緊張しているリュカにギリアムは笑みを浮かべて答え、先導するリュカの後を彼の部下が先に出て行く。 そして最後にギリアムが部屋を出て行く際、アカリの方を振り返ると 「最後に一つ・・・彼は理解者になりえそうか?我々・・・いや、君にとってと言ったほうが正しいか」 「!!」 その言葉に、アカリは背筋に冷たいものが走った。 そして直感した。全ての事実・・・それだけじゃない、アカリの心中すらも見透かしていることを。 だが、ギリアムはそんなアカリの感情の動きも読んでいるのだろう。 笑みを浮かべて 「彼がフォルカ・アルバーグのような、良き隣人であることを祈るよ」 そう言い残し船を去っていった。
第五話