クロッシング・ワールド 第五話 迷い、戦い

第五話 迷い、戦い

「再会できて嬉しいよ。しかもこんなところで」 席に着くとアレクセイ・・・いや、アレックスは目の前の黒髪の女性にそう切り出した。 二人が今いるのはシンガポールの高級ホテルにあるレストランの個室。 無論観光目的ではなく、面目上は仕事ということで訪れており、 勿論アレクセイも植物学者としての顔でここにいる。 すると彼女、ナナミも 「私も。 覚えててくれたんだ。約束」 笑みを浮かべ机を指でとんとんと叩いた。 約束というのは、黒海沿岸の町で彼女と出会った際夕食にと約束していたフレンチのことで、 あの時はナナミの急な用事と、そもそも町に修羅が現れたことで、 アレクセイ自身もプリーズラクを駆り、あの戦いに参戦したためお流れとなった。 「忘れるもんか。 あの時は本当に死ぬかと思ったけどね。  君は街を離れるといってたから無事に離れられたことを祈ってたよ」 そう思っていたのは逃げ惑う中ではなく、コックピットの中で、ではあるが。 勿論彼女には自分がアサルトドラグーン「プリーズラク」のパイロットであること、 シャドウミラー残党の一員であることは言っていない。身分は植物学者と告げてある。 もともと植物は好きではあったし、偽りの身分に説得力を持たせるためにある程度の薀蓄も持ち合わせている。 「私も街道でラジオから、あの町で戦闘がおこったと聞いて・・・心配したわ」 「連邦とDC・・・みたいな連中と、見慣れない連中が戦ってて、本当めちゃくちゃだったよ。  でも、君ともう一度会うまで死ねるかって、必死にね。・・・さて、お酒は?」 すでにコースは店側に告げてある。ドリンクメニューを開いてナナミの方を向くと 「アレックスにお任せする。実は私あまりこういうの慣れてないから。  こないだも結局ジャンクフードだった」 苦笑いを浮かべそんなことを言う彼女だが、今日の恰好はあらかじめお店を告げたこともあり それなりに淑女の装いをしている。 楽しみにしていてくれたというのは本当だろう。 アレクセイも承知したとうなずき、ウェイターを呼ぶとちょっといいランクのワインを頼んだ。 やがてオードブルとともに運ばれてきた互いのグラスをもって、テーブル越しにかかげた。 「二人の無事と再会に」 「乾杯」 再会を祝うグラスに注がれた白を飲み干し、二人はしばし料理を楽しんだ。 そして・・・ 「それで、アレックスみたいな植物学者さんがどうしてこんな小さな国で、  それもリゾートでお楽しみなの?」 他愛のない話で盛り上がってフルコースを堪能し、一通り話題が出尽くしたところで ナナミが振ってきたのはそんな話題。 もちろん、アレクセイには裏の顔としての目的があってここにきている。 そしてナナミに関しては、仕事でイランにいて終わったところだというので 次の仕事までもがあるということで、 「楽しみだけじゃないんだけど・・・  東南アジアだけの植物もあるしここは人とお金が集まる場所だからね。  たとえそれはここ近年内乱や異星人の襲来があったとしても。  それなりに元手は必要な稼業だから」 嘘は言っていない。自分がそうだとは言ってはいない。 だがナナミはそれが自分という学者のパトロン探しだと解釈してくれたのか、うなずきながら 「そういうものなのね」 と、運ばれてきたばかりのデザートを一口。 すると目を丸くして口元を抑えるしぐさ。どうやら予想以上においしかったようだ。 店を選んだアレクセイもその反応は素直にうれしくて笑みを浮かべつつ、 パティシエが腕を振るったドルチェをしばし楽しんだ。そして一息落ち着いたタイミングでアレクセイは話題を彼女に振った。 「君も、最近仕事・・・写真ははかどってる?」 「う・・・ん、こっちはちょっと、かなぁ」 「そうなんだ。そういえばどんな写真を?」 「戦争関連・・・かな」 言い出しにくそうに苦笑い気味な顔でナナミは言うと、アレクセイも そのばつの悪さはなんとなく理解して 「やっぱり・・・そうか。 初めて会ったあの場所も、DC残党の活動が多いエリアだったからね」 複雑な表情をして見せた。いや・・・ 先の戦闘で彼女を巻き込まなかったことはよかったが、それでもナナミがそういう仕事をしていれば いつか自分の足元にいるかもしれないという可能性がよぎる。 生業を、職業をとやかくいうつもりもないが、やはりこちらの世界でも カズミ・・・いや、カズミにそっくりなナナミがわずかでも戦争にかかわっていることを知り 複雑な表情に自然となってしまっていたのだ。 カズミがかつてあちら側の世界で消息を絶ったことを思えば、危険な場所では活動してほしくはない。 「仕方がないことか・・・」 「え?」 「いや・・・カ・・・昔付き合ってた人も、戦争で行方不明になってしまった。  自分の職務、責務を全うしようとしてね。 自分のやっていることに誇りをもっていた。  それを止めることは、俺にはできなかった」 「危険だとわかっていても?」 「・・・止めることはできた。でも、この世界から戦いがなくなることはない。  彼女はそんな世界で自分の生きようを示そうとしたのかもしれない。それを俺には止めることはできなかった」 と、そこまで言ってアレクセイははっとして言葉をとめた。 表の顔・・・植物学者アレックス・ハルトマンとしての顔のつもりだったが、 シャドウミラーの目的に少し触れてしまった。 恐る恐るナナミの顔を見ると、 「・・・それじゃあ、私が紛争地帯に取材に行くって言ったら、アレックスはどうする?」 「それは・・・・・・。・・・それは・・・・・・」 ナナミのその言葉が、かつてあちら側の世界でカズミと交わした言葉が重なる。 「・・・それじゃあ、私がベーオウルフを倒しに行くって言ったら、アレクどうする?」 量産型アシュセイヴァーのキャノピーに足をかけてカズミが言う。 タラップからアレクセイはその言葉を聞き、慌ててキャノピーに手をかけて彼女の顔を覗き込んだ。 「無謀だ。奴にどれだけの仲間がやられたのか覚えていないのか」 コックピット横に手をついて、アレクセイは彼女を止めた。 「わ。壁ドン?壁ドンってやつでしょ。これ」 「茶化すな!」 するとカズミは肩をすくめて冗談だと笑った。

「わかってる。アクセル隊長を迎えに行くだけ。ベーオウルブズ本隊に会わなければ、  極端なことを言えばベーオウルフに会わなければ、その他のゲシュペンスト部隊なら  なんとかなるもの」 「だが、最近のベーオウルブズの僚機も練度が上がっている。しかも一律にだ。  そう言って分隊にやられた奴らもたくさんいる」 やがて対処しきれなくなり、シャドウミラー首脳陣はプランEFを実行することを決めた。 特殊部隊上がりが多いシャドウミラーとはいえ、ベーオウルブズはそれほど脅威なのだ。 「私は大丈夫。油断なんかしないから」 「だが・・・それならせめて、お前のヒュッケバインの整備が終わってからでも!」 「そうしたいけど、あれはレモン様も時間をかけて調整したいって言ってたし、  ラーズやエルシュナイデみたいにあっちの世界に持ち越しよ」 そんなことは言われずともわかっている。少しでも慰留できたらとアレクセイは言葉を選ばなかった。 「それに、今できることをしないで後悔するぐらいなら、  やってみて、あー、だめだったかーって言いたいな」 「く・・・」 そういうだろうことはわかっていた。そういう性格なのだ。 だが今回はそれこそ命に関わる。 だめだった時は死ぬのだ アレクセイがそう言いたいのは彼女もわかっているのだろう。 さっきまでのあっけらかんとした笑みから、少し優しい笑みに変え、 アレクセイの頰に軽いキスをした。 「心配しないで。青い狼に会ったら全力で逃げるから。  もし敵が来たら、骨折してるところ悪いけどアレクはレモン様と研究所を守って。    ギャンランドやネバーランドが落ちたらそれこそおしまいだもの。  私も同じぐらいシャドウミラーにとって大事なアクセル隊長を無事ここへ送り届けてみせる」 「カズミ・・・」 アレクセイはそれ以上彼女に何も言えなかった。 カズミはそのまま出撃し、アクセルの迎えと護衛任務にあたり そして彼を追撃するゲシュペンスト部隊を抑えるために殿軍となった。 その結果は、もうなんども夢で繰り返した、彼女のいない時空転移。 敵を足止めするためアクセルを見送り、その後アクセルが研究所に到着して間もなくベーオウルブズ本隊が到着したということは そういうことなのだろう。 もう、彼女が自分の名前を呼んでくれることはない。 「・・・ス・・・アレックス・・・」 「アレックス?ちょっと、大丈夫?」 「えっ・・・あ、ああ」 黙考に入ってしまったところを、ナナミの声で引き戻される。 彼女と同じ顔、彼女と同じ声、彼女と同じ温もりの。 ナナミの手が自分の手を取り揺さぶっていたのに気づくと、 その手の感触がカズミと瓜二つなのに気づく。 そっとその手にもう片方の手を重ね、 「君の仕事を尊重している。きっと君も誇りを持っているだろう。けど・・・」 死に急ぐような真似はしないでほしい。その言葉は独善とも思えたのでアレクセイは飲み込んだ。 だが、そんな吐き出すような心情を綴った言葉に、ナナミも少し響いたものがあるのか、 心配そうだったナナミはあの時のカズミのように優しい笑みを浮かべて、さらにその手に手を重ねて 「・・・大丈夫。私はここにいるよ」 一瞬逡巡が見えた気がするが、それは彼女の仕事がそれなりに危険があることを意味しているのだろう。 それでも、万一の時に思い出し、思いとどまってくれればそれでいい。 アレクセイはそれが自分のエゴだとわかってはいたが、カズミと瓜二つのナナミに あの時失ったものを求めていた。 そのまましばらくナナミはアレクセイの手を握り、二人は互いの手から感じる鼓動に生を確かめていた。 「・・・」 一つだけのルームライトがほのかに照らすスイートルーム。 ベッドから一人起き上がったその影は、床に脱ぎ捨てられた服を拾い上げ手早く身にまとった。 シャツとスラックスにジャケットを羽織り、ネクタイや襟元のボタンは外したまま ラフに着こなすと、静かに靴を履いてふとベッドの方を振り返った。 「・・・」 静かに寝息を立てる黒髪の彼女の口元に垂れる一筋の髪を軽く指ですくい、 一瞬それに反応するも、すぐに同じような寝息をたてる。 アレクセイはそんなナナミの呑気な寝顔に軽く笑みをこぼして静かに部屋を出た。 時間は深夜3時。 部屋を出るとアレクセイは2階下のフロアに階段で降りて、別の客室の前で足を止める。 そして今一度振り返り追っ手がいないことを確認すると あるリズムでドアをノックし、携帯端末を開いた。 すると程なくしてメールが送られて来た。そこには何も書かれておらず アレクセイはそれに対して端末から一つの添付ファイルを返信する。 それはそれだけでは何の役にも立たない、一部でも読むことができない分断されたファイルだが ある特定の規則をもって書かれており、いわゆる割り符のようなもので それをまず渡すことで次にはドアの下から一枚のカードが差し出された。 それは別の部屋のカードキー。確認が取れたということだろう。 アレクセイは次に送られてきたメールに書かれた番号の部屋へ行き、 そこでそのカードキーを使い部屋に入った。 部屋は真っ暗で、テーブルのところに一つだけ明かりがついているような状況だった。 人の気配は部屋の四方にする。おそらく武器も持っているだろう。 だがアレクセイは臆することなくそのテーブルに着くと、窓際にあった人影が近づいてきた。 「ずいぶん回りくどいな。相変わらず」 皮肉っぽい笑みを浮かべそう言ってやると 向こうはこちらとの会話を楽しむつもりもないのだろう。 淡々とした言葉遣いで、 「社長からの伝言です。 先日のデータは有意義なものだった。 次も期待している、と」 そういうので、 「今回のはなかなか見ごたえがあるとおもうぜ。 もっとも、相手もなかなか面白かったがな。  そう社長に伝えてくれ」 と言ってメモリーカードをテーブルの上においてやると、相手は無言で頷いてカードを一枚差し出した。 アレクセイもそれがなんだとわかっていて端末に読み込ませると そこには0がたくさんついた額が表示されている。 「・・・今回は少し多いな。 ボーナスか?」 「それは前金です」 「・・・?何のだ」 そうアレクセイが尋ねると、突然部屋のテレビがついてそこに何者かの姿が映った。 何者か、というのはその薄暗い部屋で点いたテレビでも、さらにその向こうは暗闇に薄ぼんやりと 人影が写っているような映像でその姿は判別することは難しい。 わずかに口元に光が当たっているのを見る限りは女性だ。 「言葉通りの意味でしてよ。 あなたが持っているあちら側のバニシング・・・。  持て余してるのでしたら、その額の50倍で買い取らせていただきますわ」 「・・・」 その言葉を聞いた瞬間、アレクセイの表情からも緩みが消える。そして、 「どこで仕入れたか話かは知らんが・・・何のことかわからないな」 と、返してやる。 だが向こうもその答えは読んでいたようで、薄ら笑みを浮かべながら返した。 「個人登録されているとか?私たちならそれを解除するだけの設備を所有していますわ」 「・・・あとで前回の金額以上の分については返金する。  次の戦闘データは来月の同じ日に、場所は追って連絡する。  新しい試作兵装はいつも通りのルートで6日後だな」 これ以上の会話は分断し、アレクセイは淡々と部屋の出口へ向かった。 そんなアレクセイの背中にモニタの向こうの女性は 「お返し頂かなくて結構よ。 活動資金というのはいくらあっても困らないでしょう?  前金というのも忘れていいわ。・・・今はね」 「・・・・・・」 憮然とした態度のまま、黙ってアレクセイは部屋を出た。 そしてさっきの連中だろうか背後に人の気配を感じつつ、 歩きながらすぐに資金を複数の口座へ転送すると、受け取ったカードをへし折って中のICチップを エレベータホールの大理石の床で踏み砕き粉々にして適当に散らすと、 カードもゴミ箱へ放り込んだ。 そして少し遅れてきたエレベーターに乗りこむと、アレクセイは誰にというわけでもなく、 いや、先ほどのモニターの向こうの相手を思い浮かべながら、誰もいない空間に向かって 「女狐が」 と吐き捨てるように呟いた。 一度ロビーフロアに降りて売店に寄ったアレクセイは 蒸留酒を一つ購入し、ナナミの待つ部屋へと戻った。 張り詰めていた感覚を一度解き、アレクセイ・ノーヴァからアレックス・ハルトマンへ。 部屋の前で一度深呼吸し、自分の部屋のカードキーで開けて薄暗い部屋に入った。 起こさないように足音をたてず、そっとスピリッツを机の上に置くと 小さくガラス同士がぶつかる音がなった。 すると、ベッドの方から軽く呻く声が聞こえたかと思うと、 大きくシーツが動いて薄暗い中こちらを見る表情が見えた。 「どこ・・・行ってたの?」 「ん・・・?ああ、ごめん。起こした?」 アレクセイはベッドに腰を下ろし、顔を上げるナナミの額にキスをして軽く頬を撫でた。 「ちょっと目が覚めちゃって、飲み直そうかなっておもったんだけど、  ミニバーに好きなお酒がなくてね。下まで買いに行ってた。飲む?」 思わず癖になるそのしっとりした黒髪を撫でながら聞くと、 ナナミも眠そうにフカフカの枕にばふっと顔を突っ伏して首を横に振った。 「アレックスの勧めるお酒強いんだもの」 「でもだいぶあったまってたよな」 「馬鹿」 「おっと」 鼻から下を大きな枕で隠しながら、別の枕を投げてくるので アレクセイはそれをキャッチしてまた彼女の頭の上の隙間に押し込む。 そして着崩していたシャツとスラックスも脱いで再びベッドに戻ると、 上半身を起こしたまま二の腕にナナミを抱いた。 そのまま手にサラサラの黒髪の感触を感じつつ撫でていたが、ふと思い起こしたのは さっきの取引の一幕。 ある軍需産業から武器と資金を供与される見返りに、それを使用しての実戦データとレポートを上げる。 そしてその戦闘相手はその軍需産業が武器や機動兵器を提供している連邦軍。 新しい兵器で既存の兵器を超えることができればよし、さらに連邦軍に下ろした兵装がそれにより破壊されれば またその企業への注文が増えることになる。 需要と供給をコントロールしていると言うのだろう。 だがやり方は汚いと言える。 それでもアレクセイたちのような残党にとっては渡りに船であるし、向こうもこちらを利用していると言うのを 納得の上でその取引に応じている。いずれ利用価値がなくなれば見切られるだろうことも。 だがその前に、理想とする世界を作る。戦争がコントロールされる世界がくれば、その需要と供給の イニシアチブも逆転する。それまでの辛抱・・・。いつまでも好きな顔はさせてはおかない。 アレクセイがそんな事を考えていると、ふとじっと自分を見上げる視線に気づいた。 「・・・どうしたの、そんな怖い顔して」 「え・・・あ・・・いや、そんなに怖い顔してたか?元々・・・こんな顔だと思うが」 「・・・・・・・・・別にいいけど」 一度はあげた顔を再びアレクセイの胸に預け、ナナミが少しつまらなそうに言った。 「・・・、ごめん。ちょっと仕事の事考えてて。  ここからは他の事考えない事にする」 そう謝罪しながら頭に軽くキスして、髪を撫でた。 そして翌日・・・、 シンガポールの鉄道駅で、ナナミはアレックスと二人電車を待っていた。 チケットは一枚。ナナミの分だけ。 「ごめんね。ここまでの交通費と・・・この先の現場までの分まで出してもらっちゃって」 「たいした事ないよ。それより目的の列車のは買えた?」 「ん?うん、まあ、なんとか」 一瞬言いよどんでしまったのは、実は次の長距離列車の券は買っていないからだ。 自分のPTとコンテナを積んだ輸送機をとめた、隣の町の港に向かうための一駅分のチケットだけをポケットに押し込み 笑顔を作ってアレックスに返すと、 特に向こうも不思議に思う様子もなく、おもむろに時計を見たので 「アレックスこそ、次があるんじゃないの?忙しいんでしょ。仕事」 「いや、こっちはこのあと飛行機で移動でね。まだしばらく時間はあるからどこかで時間潰そうか考えてたところ」 「とかいって、真昼間からお酒なんか飲みに行っちゃだめよ」 「??ダメか?」 きょとんとした顔で言った後、冗談、と笑みを浮かべるアレックスに ナナミも笑って、軽く背伸びをしてアレックスの唇を奪った。 「っ、ナナミ・・・」 「ん・・・今朝は大丈夫ね。次会ったらまたこんな感じで呼気アルコール検査するから」 「おいおい、違反したらなんかされるのか?」 「お仕置き考えとかないとね」 「怖いな。楽しみにしてよう・・っと」 ナナミがゆっくり放ったパンチをアレックスは手のひらで受けて、軽くパチンと音がなる。 「それじゃあ」 「また」 最後は簡単な挨拶で別れを告げ、ナナミはキャリーバッグを引きながら改札へと向かった。 アレックスもこちらの姿が見えなくなるまでその場で見送ってくれていて、 こちらがホームに向かうため曲がる際に、再度手を振ると向こうも返し、それで別れた。 そのまましばらく歩いていると、携帯通信機につないだイヤフォンから着信を知らせる音が鳴る。 ポケットの中で受診を押すと、そこから新たな命令文が聞こえてきた。 「・・・ラボは仕事開始時間ですかっと。2日の休暇も終われば短いものね。  次の目的地はインド・・・目標は・・・っ・・・!」 一方的に送られてくる音声メッセージを聞いていてナナミは一瞬言葉を失った。 そして落ち着いてその続きのメッセージに耳を傾けると、最後まで聞いたところで ナナミの表情には戦慄が浮かんでいた。 「危険度Aのターゲット・・・トーチカ的には最重要撃破目標・・・。  ・・・アレックス、ごめん。いきなり危険なとこいくかもしれない。  けど、死なないから許してね」 そう呟いて、目的地へと急ぐべく歩くスピードを速めた。 2日後・・・ ーー北インド、農村地区ーー 山中、森林を縫って進む機人の影。 修羅、アルフィンとその修羅神サレオスはまっすぐ魔龍の塔を目指さずに 彷徨うようにして、各地を転々としていた。 ナハティガルを脱出して一週間のことである。 その間はサレオスに備えていた非常用の燻製肉や山々の果物、水などを食し、 ただ何をするわけでもなく、何より闘争に身を投じるわけでもなく 考える日々を過ごしていた。 『いい?みんながみんな、修羅みたいに顔を付き合わせればどこでも誰とでも戦うわけじゃない。  この地球にはあの街みたいに、平和を望んで静かに暮らしている人たちが住む場所がたくさんある。  あんたのしてることは、あんたの屋敷を襲った謎の集団と同じことなんだよ!?』 アカリの言葉が度々脳裏をかすめる。 そしてこの数日間、アルフィンは人里に近づくとサレオスを降りてこの世界の人々の生活を見て回った。 アカリの格好を見て気づいたことだが自分のいでたちはこの世界では若干浮くことがわかったため 遠目で眺めるだけにすぎなかったが、 するとそこには一日、農業に勤しむ人々、人々と何か紙や小さな金属を交換し品物を渡す人々など 色んな人達が過ごしていた。そしてそのどれも共通しているのは、およそ機動兵器の類に縁のない人々は いずれも修羅のような闘争には身をやつしていないこと。 何事もなく平穏な一日を過ごすことに、笑顔すら浮かべているそんな光景だった。 「・・・平和な・・・世界・・・。闘争を望まない人たちの住む世界・・・か」 それは自分にとっては未知の世界とも言える。 だが常々、師匠であるアレイグは広く世界を見よとも言っていた。 それはもちろん修羅として、今の己に慢心せずまだ見ぬ世界の強者との戦いに備えよとのことだが、 今はそれはアルフィンにとって、別の意味・・・ある意味、言葉通りに 純粋な視線で自分の知らない、修羅とは違う世界を見る・・・そんな言葉に置き換わって感じていた。 そしてもう一つ・・・ここ数日感じていた修羅神サレオスの違和感。 いや、違和感というよりは安定感といったほうがいいだろうか。 これまでアルフィンがサレオスを駆り戦いに出るとほぼ間違いなくはげしい体力・覇気の消耗を強いられた。 それは降りると立っていられないほどひどい時もあった。 だが、ここ数日の放浪の間は体力の消耗どころか、休息中は移動の合間の疲れを癒すかのように 心地よい空気に包まれている感覚すら覚える。 まるでサレオスも今のこの状況を心地よいと感じているかのようだった。 「・・・そういえば、父上や母上も・・・」 そっと内壁を撫で、亡き父の記憶を呼びさます。 幼い頃のわずかな記憶の中で、アルフィンは父親と修練の合間に 時々川や森、野原へ出かけ、魚や果実を取りのんびりと過ごす時間があったことを覚えている。 厳しい父だったがその時は誰よりも優しく、アルフィンの事を見守ってくれていた。 修羅神は其の者の命ある限り一人の操者しか認めない。 故にアルフィンもまた父と共にこのサレオスに乗ったことはなかったが ここには確かに父の、そして母が父のためにしつらえた母の温もりも感じた。 体力の消耗がわかっていながらもアルフィンがサレオスの中が好きなのはそのためもあった。 「・・・争いのない・・・世界・・・。  父上・・・母上・・・姉上・・・  そんな世界で、果たして俺は・・・生きていけるのでしょうか」 亡き家族への問いかけ。もちろん誰からの返事もない。 だが、その代わりに自分を包むサレオスが教えてくれたのは、何者かの接近だった。 いわゆる殺気という感覚、ざわつく感覚をアルフィンは感じるが、 それは同時に自分に向けられたものではないということも感じた。 「この気配は・・・、町の方か!」 木々の向こうでよく見えないが、サレオスが増幅してくれた敵意は肥大化し アルフィンに戦の気配を伝えていた。 「戦いが・・・町で・・・!!」 一瞬の逡巡、だがその直後に町の方角から爆発音が聞こえてきた。 「っ!!」 アルフィンは、サレオスは立ち上がり町の方角を見た。 そこには巨大な物体・・・機動兵器が町を襲っているのが見える。 容赦なく放たれる火線は家を焼き、道を裂き、人の命を脅かす。 それを目の当たりにしたアルフィンは、先の自問自答もそこそこに 無意識にその場を飛び出していた。 「こいつらは・・・この世界の人間の兵器か・・・!だが何故同胞を襲う!」 アルフィンの前に立っていたのは、前回湾岸都市で戦った時に アカリの部隊を率いていた男の機体・・・ゲシュペンスト。 その動きには人間の匂いが感じとれず、だが生物臭くはある、そんな動きを見せる。 無論そんなアルフィンの問いかけには答えることもなく 町の襲撃を邪魔するアルフィンの修羅神を新たなターゲットに据えて 合計3体のゲシュペンストは襲い掛かってきた。 「来るか・・・!!」 動きは緩慢、振り払うは造作もないこと。 左腕の三本の杭が発光し振り抜かれるゲシュペンストのジェットマグナムが アルフィンのサレオスを襲うと、苦もなくアルフィンはそれを避け 避けたその流れで敵の背後に回り込むと強烈な回し蹴りをお見舞いする。 するとまともにそれを受けたゲシュペンストは畑を一度バウンドし、 民家へと吹っ飛ばされていく。 その時不意ににアルフィンの脳裏に、この数日見守っていたこの町の人々が浮かび 次の瞬間には、最高速度で相手の前に回り込んで貫手で相手に止めを刺すと同時に 民家への直撃を避けていた。 「っ・・・はぁ・・・危ない・・・。 ・・・でも畑が・・・・・・・・・、・・・いや・・・俺はなぜ・・・」 家を守れたことの安堵から畑の心配、そしてふと我に帰るアルフィン。 数日前には気にも留めなかったことが、今は最も守るべき対象として自身の行動を左右している。 アルフィンがそんな自分の行動に戸惑っていると、 アルフィンが止めを刺して動かなくなったはずの、腹部・・・おそらくコックピットがあるだろう 位置を貫通された状態のゲシュペンストが、ギ、ギ、、、と音を立て動きを再開する。 「っ!!?」 「シン・・・カ・・・・・・アタラシイ・・・カコト・・・ミライ・・・」 「何を言って・・・ぐっ!!」 機体を通して響く何者かの声、それはヒトならざる者の声のようで、 アルフィンがそれに戸惑いを覚えたその瞬間ゲシュペンストの胸部から飛び出した ツノのような突起物がサレオスの肩をかすめた。 とっさに貫手を抜いてアルフィンとサレオスが身を翻すと、腹部に大きな穴が空いたままの ゲシュペンストは何事もなかったかのように地面に着地し、他の2体も従えて 再びアルフィンの前に立ちふさがった。 「なんだ・・・こいつらは・・・ぐっ・・・?」 一瞬アルフィンを頭痛が襲う。 動きの止まったサレオスにゲシュペンストは近づきながら、さらに言葉を続けた。 「ウシナ・・・ワレタ・・・カコ・・・・・・ハカイ・・・ ツクラレタ・・・ゲンザイ・・・・・・」 「それがお前たちの・・・言いたいことか・・・?いや・・・それとも・・・」 一部の言葉の符合は偶然か必然か、自身の境遇にも似ているようだった。 破壊によってアルフィンの過去・・・家族は失われた。 だがそれは符合するにしてもそのあとの文章は当てはまらない。 だとすれば奴らが、奴らの体験が言葉として紡がれているのか。 何れにしても正常に意思疎通ができる相手ではなさそうで、加えてアルフィンを始め この町の住人に被害をもたらすものである事は先だって証明済み。 ともなれば、修羅として戦いで排除するにいささかの迷いもなし。 アルフィンは今一度息を整えて、構えをとって見せた。 それに呼応するようにゲシュペンストがサレオスに距離を詰めてくると 猛烈な勢いだったがアルフィンは冷静にその吶喊を回避、 相手の背後に回り込むと一瞬で10数発の拳をその背中に叩き込んだ。 土煙を上げて倒れこむ敵機。よろめきなら起き上がろうとする敵に アルフィンは警告を発する。 「尚も仇なすと言うのなら・・・!!」 実力差は見えている。この程度の手合いであれば見逃したとしても修羅の矜持には 触れないはず。アルフィンはそう心の中で呟きながら示威行動をとると 不意に起き上がったゲシュペンストに不穏な気配を察した。 「!!」 無意識に距離をとると、ゲシュペンストたちが一箇所に集まり 次の瞬間、銀色の触手が関節部から伸びて互いに結合を始めた。 「何っ・・・!?これは・・・!」 機動兵器と思っていたところへまさかの有機的な敵の挙動にアルフィンは度肝を抜かれる。 その間にもゲシュペンストは所々に牙や蔦のようなパーツを発現させて、 中心部には赤いクリスタルのようなパーツが現れる。 「これは・・・この星の人間の兵器なのか・・・!?」 それはこれまで見てきたこの星の兵器とは明らかに異質の存在だった。 融合前の意匠こそ、ナハティガルで見た機体と似ていたが今はもう見る影もない。 無論そのアルフィンの問いにその敵が答えるはずもなかったが・・・ 「・・・残念ながら、違いますの。・・・今となっては」 「!!」 突如耳に飛び込む嫋やかな少女の声。 不意に自分にかかる影に気づき顔を上げると、そこには今言葉を発した主だろうか、 赤い鬼面の機体が音もなく浮かんでいた。 そして次の瞬間、ズン!という重たい音を立ててアルフィンの背後に降り立つ サレオスより倍ほどある身の丈の、蒼い機械巨人の姿があった。 そして響き渡る、若い男の声・・・ 「・・・やれやれ、全てあの時死滅させたと思ったが、まだ僅かに細胞が残っていたか。  思ったより厄介な代物だな、こいつは」 「おそらく・・・あの時連邦の特殊部隊が戦ったとき、回収された機体にわずかに  細胞が残されていたんじゃないかと思いますの」 「クライウルブズか・・・。・・・東に感じた不穏な気配というのはこいつか?」 「そうではありませんの・・・そっちはもっともやもやっとしてて・・・  場所ももっとも〜っと遠く・・・具体的には極東、浅草のあたりですの」 「えらく具体的だな・・・浅草なら極東支部か、たしかそれこそ浅草に特機を隠しているやつもいたな。  そいつらに任せるという手もあるが・・・  まあいい。それよりも・・・」 強い意思の力を感じる男の声。 言葉を聞く限りはこの怪物を見知って、そして敵対している者のようで、 男はサレオスに気づくと、外部音声で呼びかけてきた。 「そしてこんな田舎でイェッツトの雑魚とどんな奴が戦っているかと思えば まさか修羅とはな。 ソーディアンの転移から取り残されたか?」 「イェッツト・・・それがこの怪異の名・・・ソーディアンとは?」 「それって地球の呼び方で・・・  修羅の人はたしか・・・転空魔城とか呼んでらしたような気がいたしますの  でもあなた・・・どこかあの城にいた修羅とは違うかんじがしますの」 再び鬼面の娘がいう。 その言葉からアルフィンは、彼らがかつてこの世界に現れた修羅と関わりがあった事を察した。 「そうだな・・・。あの戦いで見かけた馬面の修羅神はもう少し軽薄な男が乗っていた。  マジメそうではあるが、まだやつよりは未熟なようだ。これがな」 蒼い巨人の男が言う。すると、そんな会話に割り込むようにゲシュペンストの融合した、 もう原型は半分ほどもとどめていない異形の怪物が、青い巨人も敵とみなして襲い掛かってきた。 「アクセル」 「ああ、わかっている」 後ろを向いたままの青い巨人は裏拳で、とびかかってきたイェッツトゲシュペンストを迎え撃つと 顔面を殴られる形となったイェッツトゲシュペンストはたまらず仰け反った。 そしてようやく機体をそちらへ向けると、 「修羅とこいつらとはセットで関わる決まりでもあるのか・・・  修羅にはアインストが望む何がしかの因子でもあるのか?アルフィミィ」 「イェッツトの思考はもう私には読めませんの・・・。でも、状況的には  どちらかというとあの方の方がイェッツトに絡んだように思えますの」 と、二人・・・アクセルと呼ばれた男と、アルフィミィと呼ばれた少女の視線がアルフィンに向いた。 「・・・だそうだが、お前の目的を聞いておこうか。なぜこんな連邦の基地もない田舎でうろついている?  ソーディアンに置いて行かれて野盗に成り下がったか?」 そういいながら村を指す。 要は村を襲うためにここにいるのかということだろう。 それにはアルフィンは外部音声で否定の態度を示す。 「そうじゃない、俺は・・・戦いを、闘争を日常としない人々とはどういうものか・・・ただ見ていただけだ」 「ほう・・・修羅が、それを見てどうする?」 アクセルと呼ばれた男は興味深げな声色で再び訪ねてきた。 だがそれこそアルフィンが探している何か、その答えで、アルフィンは言葉に詰まる。 「・・・フッ・・・修羅は闘争に生きると聞いた。だがお前はそんな生き様、生きる目的を疑っているようにも見える。  己が何のために生まれ、何になろうとしているか・・・まるであいつのようだな」 「あいつ・・・?」 「・・・こっちの話だ。こいつはな。  まあいい。 状況的に飛び出しただけで、こいつがなんだとわかってちょっかいを出したわけではなさそうだな。  邪魔をしないのなら退いていろ。 いくぞ、アルフィミィ」 裏拳を受け身じろいでいたイェッツトが再び動き出そうとするのを見て、アクセルが・・・そしてアルフィミィも 戦闘態勢をとる。そして・・・ 「了解しましたの。・・・あら?」 「・・・この怪異は・・・修羅にも・・・いや、人そのものに仇をなす存在とみた・・・!俺も戦う!」 アルフィンもまた、二人に並び構えをとった。修羅としてではなく、一人の人として。 それを見て、男は笑みをこぼして 「・・・勝手にするがいいさ。貴様、名は」 「・・・アルフィン・リギルケント」 「私はアルフィミィですの」 「俺はアクセル・アルマー・・・好きにやらせてもらうが、巻き込まれるなよ!」 そう言ってアクセルの機体、ソウルゲインが両手から放つ青い波動砲がイェッツトゲシュペンストに直撃すると 蒼い巨人、ソウルゲインと赤い鬼面、ペルゼイン・リヒカイトと、アルフィンの修羅神サレオスと イェッツトゲシュペンストの戦いの幕が下りた。 『グァァァァウ!』 爆炎にのまれながらも、煙の中から咆哮をあげて飛び出すイェッツトゲシュペンスト。 腕は六本あったが今の一撃で一本が吹き飛び、五本腕の怪異が細身のサレオスに襲い掛かってきた。 「来るか・・・!だが遅いっ!!」 気を発し幻像を作り出すと、幻をその場に残してアルフィンは敵のサイドへ回り込む。 「はぁっ!!」 鋭いフック気味の拳がイェッツトゲシュペンストのボディをえぐる。 だが芯を外した一撃は外装を削った程度で、即座に反撃の肘鉄が上から襲ってくると 三機分・・・いや、途中から元の質量よりも巨大化しているように見えるその体躯から 想像される攻撃力を受けきるため、アルフィンは回し蹴りをその肘に合わせて繰り出した。 「ぐっ!!止めた・・・!はっ!!」 勢いが止まったところでバック転して一瞬だけ距離をとる。そして今度こそ芯に一撃を加えるべく、 着地と同時に地面を蹴ってイェッツトゲシュペンストの胸部めがけ拳を構え、繰り出した技は必殺の一手。 「魔朧・・・烈火百裂拳!!」 炎となった覇気を纏わせた無数の拳がイェッツトゲシュペンストの胸部に次々とヒットする。 たまらず敵はそれを振り払おうと腕を振るうが、すでに数十発は叩き込まれた後。 ダメージは決して少なくないはず。 距離をとったアルフィンが手ごたえを感じて再び敵を見ると、目を疑う光景が飛び込んできた。 「っ・・・!!修復・・・していっている・・・!?」 「元となった細胞はそんなに多くないようだが、こいつも再生機能は有しているか。  なら今度こそ完全に消滅させる必要があるな。だとすれば・・・む・・・?こいつは・・・  ・・・そういうことか。ついてくるならこい、修羅の小僧!」 「っ!?」 体躯ではこの中で唯一敵と張るソウルゲインにエネルギーが高まる。 そして勢いよく飛び出すとイェッツトゲシュペンストの胴体を掴みそのまま勢いよく押して行った。 「なっ・・・」 「ここで派手に爆発させたら町が危ない・・・アクセルってば思いやり屋さんですの」 「そう・・・か・・・」 戦い慣れしている。おまけに思慮深い。アルフィンが感慨にふけっていると アルフィミィのペルゼインがトンッとサレオスの肩をたたく。 「それはあなたも同じですの。さ、ぼうっとしてると置いて行かれてしまいますの」 「あ、ああ・・・!」 アルフィンとアルフィミィも急ぎアクセルの後を追った。 「・・・来た!」 アルフィン達のいた戦闘エリアから北に数q、湖のほとりで DFCスーツに身を包んでそれを待っていたナナミは、手元の端末に現れた反応に 急いで降着姿勢の機体に乗り込み、愛機量産型ヒュッケバインMk−II改をスリープモードから復旧させる。 数秒で機体は稼働状態へと戻り、立ち上がると脇に置いてあったターミナスランチャーを手に取った。 やがて山影からもはやゲシュペンストと呼べない代物となった怪物とそれを押すマスタッシュマン、ソウルゲインが 視界に入ると、ナナミはソウルゲインに専用の通信コードを使って呼びかけた。 「ソウルゲイン、アクセル・アルマーですね。応答を!こちらはナナミ・ナナセ少尉、  エリック・ワン博士の指示であなたを支援します」 ここでナナミは自らのミッション・マスターであるエリック・ワンの名前を出す。 暗号通信なのでほかには聞かれていないのと、この相手、アクセル・アルマーが博士と イェッツト退治に際し、一時的に協力関係にあったことは聞いている。 そしてその博士から、2日前指示があり、優先目標の殲滅指令が届いたのだ。 その目標を探す中、たまたまアクセルの反応が近くにいたことから、合流し支援を仰げと指示が来たのだが すでにアクセル達の方が先に敵と会敵していたのは好都合というかなんというか。 すると、ソウルゲインとイェッツトゲシュペンストが湖面に激しい水しぶきとともに着水すると同時に、 ナナミのその呼びかけに、ソウルゲインから応答が入る。 「さっき送り付けられた通信で言ってた増援というのはお前か・・・。・・・ん?貴様は・・・」 アクセルはナナミの顔を見た瞬間、何かを言いかけて言葉を止めた。 「あの・・・どうかしましたか?」 「・・・いや、なんでもない。戦うのは構わんが、死んでも知らんぞ。  イェッツト、こいつの本体と戦ったときは腕利きなんだろうが特殊部隊が一つ壊滅している」 それはアルベロ・エスト少佐率いるクライウルブズのことだろう。 ナナミはそれも聞いている。 だが、ナナミの機体はそのプロジェクトの発展途中の武装を積んでいる機体。 当然イェッツト戦の反省も活かした武装もある。 とはいえあまり過信するつもりもないので、 「善処します!」 と控えめに答えると、敵と距離をとったソウルゲインの横に並んだ。 すると、その直後アクセルが何かに気付いた様子で、ソウルゲインの顔を来た方に向けると 「・・・来たか」 「えっ?これはっ・・・!」 戦闘エリアに接近する二つの熱源反応、そのうちの一つはアクセルと行動を共にしているといわれる レッド・オーガ・・・ペルゼイン・リヒカイトだったが、もう一つの反応は 実際にナナミも遭遇してデータベースに自ら情報を登録した存在だったことに驚きを隠せずにいた。 「レッド・ホースヘッド・・・!修羅!!」 バッと地面を蹴り、着地した修羅神サレオスと距離をとってターミナスランチャーを構える。 アルフィミィはその様子を見て 「あら・・・あらあらあら?アクセル、この方は?アルフィン・・・あなたのお知り合い?」 「お前は・・・」 アルフィン、そう呼ばれた馬面の修羅神を駆る男は外部音声でレッド・オーガの問いかけに反応を示す。 どうやら向こうもあの黒海での戦いでこちらを覚えていたようだが、どこか様子がおかしい。 撃つか、それとも・・・そんなナナミの逡巡に気付いたか、射線上にソウルゲインの巨躯が割り込み ターミナスランチャーの銃口を下におろす。 「事情は知らんが、この化け物とやりあうつもりでここにいるなら、  そいつとのいざこざは一旦後にするんだな」 「っ・・・この修羅神は敵ですよ!?」 「そうは思えんがな、今はな」 アクセルは少し笑いながらそう答えると、 「アルフィンだったか。お前もこの連邦兵とやりあうつもりならこいつと一緒に余所へ行け。  町を守るため化け物退治をする気なら・・・俺に続け!」 と言い放ちイェッツトゲシュペンストへとびかかり、 その言葉に呼応するようにレッド・オーガことペルゼイン・リヒカイト、 レッド・ホースヘッドこと修羅神サレオスはソウルゲインの後を追ってイェッツトゲシュペンストに向かっていく。 「どういうこと・・・?町を・・・守る・・・?  ・・・く・・・とにかく今は・・・!」 ナナミは状況を理解できずにいたが、少なくとも今は最優先で撃破するべき対象が指定されている。 すでに戦闘が再開されている湖上に、イェッツトゲシュペンストを叩くべくナナミも急いだ。 「紅蓮・・・っ衝・撃・脚!!」 水しぶきを上げてそれを隠れ蓑に上空へ飛び上がったサレオス、 空中で一回転すると炎のような闘気を纏ってそのまま滑空脚をイェッツトゲシュペンストへ繰り出した。 相手は防御姿勢。だがいくらか華奢な部類とはいえ全重をのせた一撃は 腕のガードを打ち破り、イェッツトゲシュペンストを大きくのけぞらせた。 「効いている・・・!このままっ!!」 『グォォォォッ!!』 「!!?ぐっ!!!」 視界の外、ガードに回っていなかった腕が真横から襲ってくるのにアルフィンは一瞬対処が遅れた。 電光が光る一撃がサレオスの肩に叩き込まれ吹っ飛ばされると、 入れ違いにイェッツトゲシュペンストへ向かう影に気が付いた。 「馬鹿みたいに直進するから・・・!だからあの時も痛い目を見るんです!」 そういってイェッツトゲシュペンストへ攻撃を仕掛けたのは、先ほどアルフィンに敵意を向けた 地球の軍隊の機体、湾岸都市では乱戦となったが基本的には敵対行動をとっていたはずのそれは 今はイェッツトゲシュペンストによるアルフィンへの追い打ちを遮るように間に入り、 腕の鋸状の武器を高速回転させて、共通の敵への攻撃を繰り出していた。 「受けなさい、サンダースピンエッジッ!!」 アルフィンを吹っ飛ばして油断していたのだろう。 まともにナナミの攻撃を受けて咆哮を上げる怪異。 するとさらにそこに天空から光の柱が降り立ち、イェッツトゲシュペンストを焼いた。 「ライゴウエ・・・追い打ちですの」 アルフィミィのペルゼイン・リヒカイトがいずこからか呼び出した2体の巨鬼。 それが放つ膨大なエネルギー量の波動がイェッツトゲシュペンストを飲み込み、 湖面も同時に激しい爆発を起こして敵の姿を隠してしまう。 するとナナミは少し慌てた様子で、 「熱量センサーもこれじゃあ・・・ダメっ・・・相手を見失う・・・!」 アルフィミィの攻撃は軽率だった。そういうように周囲を見渡すと、 アルフィミィは落ち着き払った様子でその言葉に応じた。 「大丈夫・・・気配は、消えていませんの」 そう、アルフィンも先ほどから増大しつつもある怪異の邪悪な気配は感じている。 まだ進化、まだ強化せんと貪欲に思念を高めるそれに アクセルもまた、すでに行動を起こしていた。 「霧に隠れても無駄だ!青竜鱗!!!」 一帯を薙ぎ払うように、ソウルゲインの両手から放たれる巨大なエネルギー砲が 霧を裂いてイェッツトゲシュペンストに着弾する。 たまらず霧から飛び出したイェッツトゲシュペンストは、両肩から無数の スプリットミサイルを発射して反撃に出た。 「その程度なら・・・!」 想定範囲とでもいうのだろう、ナナミのヒュッケバインMk−II改は試作型マシンガンポッドを 巧みに操りおよそ半数を迎撃。 残るミサイルもアルフィミィのペルゼイン・リヒカイトが召喚した巨鬼が防ぎ切り、 ダメージらしいダメージはゼロに抑える。 だがその合間にも距離を詰めてきたイェッツトゲシュペンストが、胸部の赤い宝玉から 高出力のエネルギー砲・ハイストレーネを発射して試作型マシンガンポッドを一基破壊する。 「しまった・・・!でも!!」 返す動きで腰にマウントしたメガビームライフルを左手で抜き、発射口を狙う。 アルフィンもそれに呼応して、敵の攻撃を回避しつつ様子をうかがうナナミとは逆サイドから イェッツトゲシュペンストに距離をつめて両手に炎の覇気を纏わせ繰り出す無数の拳、魔朧烈火百裂拳を叩き込む。 「はぁぁっ!!」 ナナミに気をとられていたからか、さっきよりもクリティカルヒットは多い。 確かな手ごたえを覚えながら打ち込んでいくと、ナナミから通信が入った。 「今よ!退いて!」 「!!」 “仲間”の指示に、アルフィンはすぐに退くと アルフィンが損傷させた装甲の穴を的確にナナミの機体が放ったメガビームライフルの射撃が貫いていく。 「やったか・・・!」 苦悶の叫び声をあげる怪異に確かな手ごたえを感じた。 だが、次の瞬間イェッツトゲシュペンストの頭部が縦に割れ、大きな砲口が顔をのぞかせると それはアルフィンに狙いを定めて即座にこれまで以上に強力なビームを発射してきた。 「なっ・・・!!・・・くっ!!」 アルフィンは両腕を前に組んでそれを受けきった。 サレオスを支点にビームは拡散し、やがて粒子も霧散すると ようやくガード姿勢を解いた。 戦いには支障をきたすほどではないが、それなりのダメージを受けていたアルフィンは 大きく息を吐いて気を整えると、再び臨戦態勢をとる。 と、そんなアルフィンにナナミが 「何をしてるの・・・!避けられたタイミングでしょ!?」 というが、アルフィンはその理由を答えなかった。 すると上空から降りてきたアルフィミィが、 「あのまま避けていたら・・・射線上にあったいくつかの建物が吹っ飛んでましたの。  誰かいるってわかってましたの?」 と、アルフィンに言った。 ナナミも言われてそれに気づくと、アルフィンの言葉を待った。 「・・・わからない、けど、いたかもしれないし、耐えてくれると・・・耐えると信じていた・・・」 「・・・あなた本当に修羅・・・?」 ナナミは唖然としてアルフィンの行動を評した。 一方そんなアルフィンの行動に、アルフィミィは笑みを浮かべて 「あなたもまたイレギュラーなのかもしれないですの。何かが変わった、何かを変える・・・。  アクセル、そろそろおしまいにした方がいいかもしれませんの」 「指図は受けん・・・が、このまま消耗戦も面白くはないな。こいつは。  だがその前に・・・小僧」 捻くれた回答をしながらおもむろにアクセルがアルフィンに呼びかける。 「なんだ・・・?」 戦闘の途中に・・・そう訝しげに問い返すと、アクセルは・・・ソウルゲインは サレオスをまっすぐ指差して 「アルフィミィ、少しの間そいつを頼む。  貴様・・・この期に及んで何を迷っている?」 「迷ってる・・・?」 アクセルの言葉にナナミも不穏な表情でアルフィンを見る。 「立場はどうあれお前は守ると決めたのだろう。この土地の人間たちを。  なら少なくとも今この場においては迷いを捨てろ。  生きる、目的を果たす、目の前の奴を倒す、そういう強い意志を持つ者が  最後まで立っていることが出来る。  それが少しでも相手より劣れば、お前に待っているのは・・・死だ」 「っ・・・」 「アクセル・・・アルマー・・・」 気づけばナナミもその言葉に聞き入っている。 アクセルはさらに言葉をつづけた。 「死にたくなければ、そして誰も死なせたくなければ戦え。  だがそれは次なる闘争を生むための戦いではない。  お前達修羅の生き方のように、戦い、争い、次なる戦いを生むために戦う道を選べば  やがて世界から排除される。そして逃げ延びた先でもまたその世界に阻まれる。  どうやらそういうもののようだ。これがな」 「なぜそう言い切れる・・・?」 「見てきたからさ。お前たちの道、修羅道の果てをな」 その言葉には不思議な重みがあった。アルフィンは言葉を失い、立ち尽くす。 だが同時に心の奥にしみ込むように響いたアクセルの言葉は、アルフィンから返す言葉を奪うとともに、 体の芯に何か熱いものを残したようにも思えた。 「・・・っ」 「フッ・・・しゃべりすぎたな」 アルフィンが、サレオスがその握った拳に力を込めたのに気付いたかアクセルは再び敵の方を向くと、 その隣にペルゼイン・リヒカイトが下りてきて敵を抑え込んでいた両肩の鬼面を自身の元に戻した。 「ボーイズトークはおしまいですの?何なら枕投げとか、夜消灯時間の後好きな子を言い合うとか、  そういう事しても良いですのよ」 「意味の分からんことを言うな。次で決めるぞ、アルフィミィ。  俺たちが機先を制する・・・お前たちはその長得物と炎の気でやつを焼き払え、いいな」 「りょ・・・了解!」 「わかった・・・!」 アクセルの指示に呼応し、まず先にソウルゲインとペルゼイン・リヒカイトが飛び出した。 迎撃するように放たれたハイストレーネは巨鬼が防ぎ、反撃の光の雨が2匹の鬼面の目から イェッツトゲシュペンストの動きを止める。 「アルフィミィ、この間言っていた攻撃パターンを試すぞ」 「ラブラブアタック、ですのね」 「・・・気に入らん物言いだな・・・。まあいい、遅れるな!」 そういうと、ペルゼイン・リヒカイトは左手に収めた刀を抜き、ソウルゲインも肘のブレードが伸びて 懐に飛び込んだところで交互に連斬を繰り出した。 それは変幻自在なペルゼイン・リヒカイトの斬撃と、重たく抉るようなソウルゲインの斬撃二種類のコンボで 一気に相手を追い越したソウルゲインが背を向けたまま敵を迎えると、強烈な肘打ちで ブレードをイェッツトゲシュペンストに突き立てて動きを止める。 そこへすかさず刀を垂直に構えたペルゼイン・リヒカイトが、イェッツトゲシュペンストのコアめがけ突き刺し、 ぐいぐいと押し込むように抉った。 「マブイエグリですの・・・そしてここから・・・」 ひとしきり抉ったのち、抜いた刀を回して刃に相手を乗せたペルゼインはそのまま上空へ跳ね上げた。 「ここだ・・・!麒麟・真・極!!!」 力を溜め、上昇とともに繰り出したソウルゲインのブレードがマブイエグリによって抉られた中心を通り抜けるように 斜め一文字に斬り裂く。 「今ですのっ・・・」 「了解・・・!ターミナスランチャー・・・ターゲットロック、ファイアっ!!!」 浮かびあげられた空中の静止点をターゲットにナナミの量産型ヒュッケバインMk−II改が 虎の子のカートリッジ式の携行兵装、ターミナスランチャーのトリガーを引く。 メガビームライフルとは比べ物にならないほどのエネルギーの奔流がイェッツトゲシュペンストを飲み込むと、 ナナミはトリガーを緩めることなく、視線を敵に向けたままアルフィンに向けて声を放った。 「カートリッジが切れるまであと10秒!畳み掛けて!」 「!!!」 いまだ光にのまれたままの目的めがけ、サレオスが飛び上がる。 途中降下してきたソウルゲインとすれ違うが、不意にサレオスの足の裏を ソウルゲインの手が押したのに気付いた。 「再生する暇をやるな!玄武金剛弾!」 ドンッ!!と足元が破裂したような感覚とともに、サレオスはさらに加速する。 そしてターミナスランチャーのエネルギーが途絶えた瞬間、アルフィンの眼前には 焼けただれたイェッツトゲシュペンストの姿があった。 「今こそ放つ・・・!奥義!」 覇気を最大限に高め、炎の闘気を全身にまとったサレオスがもう一体相手の背後に現れる。 そして二体の周りの炎は火炎の竜巻となり、激しく回転しながらイェッツトゲシュペンストを 巻き込みながら灼熱にのみ込み、連続で竜巻がすれ違う合間に閃光のような連撃を繰り出した。 「焼き尽くせ!」 今一度覇気を最大限に高め、二つの竜巻が相手を飲み込んだまま一つとなると その中心上空に飛び上がったアルフィンのサレオスが、一気に竜巻の中心を全身で貫いた。 「魔朧・・・焔閃殺!!!!」 技の名を呼ぶと同時にサレオスは竜巻により露出した湖底に着地すると、 サレオスの全身で粉砕されたイェッツトゲシュペンストはその細かいパーツのすべてが 炎の竜巻で焼かれ、空中爆発を起こして消滅した。 そして・・・ 「・・・完全に気配は消えましたの」 赤い鬼面の機体から顔をのぞかせたのはまだ年場もいかない幼さの残る少女だった。 アルフィンがそれに驚いていると、ソウルゲインのパイロットであるアクセルもその機体の手に乗りながら アルフィンを見下ろしていた。 「だ、そうだ。 ご苦労だったな。お前達」 「・・・あの化け物を、知っているようだったが・・・あれはいったいなんなんだ?  それにあんたたちも・・・そっちの娘も・・・どこかさっきの怪異と似た気すら感じる」 人知を超えた異形、それと似た気配を感じた娘と、見た目の年齢以上に歴戦の雰囲気を漂わせる男の 不思議な組み合わせに対しアルフィンは尋ねた。 するとアクセルは 「質問は一つずつ・・・といいたいところだが、こちらも時間がないのでな。  掻い摘んで説明はしてやるが・・・要は、人が神を手に入れようとしてその怒りに触れたといったところだ。  俺はそこの連邦兵の上司に不本意だが借りがあってな・・・。  それをさっきの化け物を倒すことで返したというわけだ。  そしてこいつについての詮索は無用だ。説明したところで納得はできんだろうしな。こいつは」 と、そこまで言い放つとアクセルは再びソウルゲインに、アルフィミィもペルゼイン・リヒカイトに 吸い込まれるようにして搭乗すると、 「さて、あとは勝手にしてくれてかまわん。 もっとも、戦う理由があればの話だがな」 「それではごきげんよう。私たちはこれから東に参りますので」 「余計なことは言うな。 いくぞ」 赤と青、アンバランスな二人はアルフィンとナナミを残して、言葉通り東の空へ去って行った。 そしてアルフィンはじっとこちらを見ているナナミの方を向く。 先日の戦いでは混戦の中にあったとはいえ、敵対していた間。 それがあの化け物という共通の敵を前にさっきは一時的に協力したに過ぎない。 だが、アルフィンには不思議と今からこの相手と戦おうという意識は芽生えていなかった。 「・・・で、どうする?」 判断をゆだねる。それが相手にとっても意外だったのか、 警戒していたのか機体に乗ったままだったナナミも、胸の高さに持ってきた機体の掌に降りて その姿を見せると、上から見下ろしたまま言葉を返した。 「あなたは・・・修羅・・・なの?本当に」 「・・・そうだ」 「・・・この間、沿岸都市で連邦の特殊部隊や私と戦ったわよね」 「その鋸付に見覚えはある」 と、お互い見知った相手だと、そして確かに拳を交えたことがあると再確認する。 だがそういうとナナミはさらに困ったような様子で 「ちょっとよくわからない・・・この前地球に現れた修羅の軍勢だって、こんな・・・  誰かを守る戦いなんてしなかった。 弱者を守るなんて価値観、持ってるなんて私聞いてない」 というと、アルフィンもそれには考えさせられてしまう。 強ければ生き弱ければ死ぬ、それが修羅の掟。 生きるためには強くなければいけない。強きものがまた強きものを生み育て、 果てなき闘争の歴史を刻んでいく。それが修羅の宿命。アルフィンもそう教えられてきた。 だが、誰かを守る戦いが・・・、自分のためじゃなく、誰かのための戦いが 少なくともここにはある。そしてアルフィンにとってそれは少なからず心地のいいものですらあった。 「・・・他の修羅は知らないが・・・俺は・・・  戦わない人々の平穏な暮らしを脅かすつもりは・・・ない」 「それを信じろと?なら軍人である私となら、戦うの?」 ナナミは畳み掛けるように尋ねる。 だが語気とは裏腹に、ナナミにも迷いがあるように見えた。 それに対しアルフィンは偽らざる気持ちで答えよう。すくなくともこれを主題とする問答においては。 アルフィンはアカリとの対話を経て、そう考えるようになっていた。 「・・・お前が無益な闘争を望むなら。・・・だがそうでないのなら、俺も戦わない」 「無益有益と・・・修羅ってそういうのを戦いに持ち込むものなの?聞いていた話と違うわ」 「・・・どう聞いていたかは知らないが・・・わが武門においてもこの考えは異端・・・だろう。  でも・・・不思議と俺は、この感情を・・・否定したくはない」 と、キッパリと言い放った。 それから数十秒の沈黙が場を支配し、アルフィンはただ自分を見下ろす相手を見据えじっと信を問う姿勢を貫き やがてそれに根負けしたように、ナナミは頭をガシガシとかきながら コックピットに下がって行ってしまった。 そして外部音声で響く声。 「・・・そういう策略をつかうような連中じゃないらしいし・・・  何よりさっきの戦いもあるし。ひとまずは信用してあげる。  こっちも手持ちの駒がないから抵抗されたら私ひとりじゃ捕まえきれないかもだし。  でも修羅以外でも戦いが人の段階を上げるとか標榜している連中もいるんだから  根っからのあんた達がいつまたそう思い直すかもわからない・・・。  次会う時、この間みたいにまた闘争に身を任せるようだったら今度は容赦しないわ」 「了解した。・・・感謝する」 自然と出た、理解に対する感謝の言葉。これも言ったアルフィン自身が驚いたが ふと笑みをこぼして自身も修羅神に乗った。 そして踵を返しいよいよ魔龍の塔への帰路へつこう。そう思った時、不意に背中に投げられるナナミの声があった。 「ちょっと、、、これからどうするの」 「・・・皆のもと・・・仲間のもとへ戻る」 「戻ってどうするの。 戻ったところでお仲間は闘争大好き連中じゃないの?」 「ここは修羅界とは違う・・・それさえわかってくれれば」 勿論その確信はない。修羅の掟に染まっていた時間が長ければ長いほど、その考えは変えにくい。 だがそれ以上にアルフィンも彼らのことを知っている。 きっとわかってくれるはず・・・生きることもまた戦いだということを。 アルフィンはそれを訴え、再び東の空を向いた。 「・・・ではいずれ・・・。願わくば、いくさ場以外の場所で」 そう言葉をかけ、その場を立ち去った。 それを見送ったナナミは、ふと去り際のアルフィンの言葉を振り返った。 「戦場以外の場所で・・・か。 ほんと、変な修羅」 すっかり毒気を抜かれた気分で思わず笑ってしまうと、 ふと周りを見渡しそこかしこに戦闘のあとがあるとみて、地元の部隊の警戒に引っかかっては これはまた難儀だと早々にそこを立ち去ることにした。
第五話